表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/102

第三十三話 蝋燭の階段

 町の外れ、小高い山の中腹に、ひっそりと建つ古寺がある。


 その寺へと続く石段は、ちょうど百段。


 地元では「送り火の階段」とも呼ばれている。


 毎年八月十三日の晩、百本の蝋燭に火を灯しながら、故人の想いを一段ずつ送り出す“百灯供養”が行われるのだ。


 その夜、灯守ともりは、山の麓に立っていた。


 手には、一本の蝋燭と、短く折られたお経の紙。


 蝋燭の名札には、見覚えのある名があった。


 「佐久間緋子さくま・ひこ


 ……灯守がまだ少年だった頃、隣に住んでいた老婆の名だった。


 静かに微笑み、時折手鞠を編み、夜には昔話を語ってくれた人。


 しかし、灯守が中学へ上がるころ、突然の火事で命を落とした。


 誰にも看取られず、最後に誰を想っていたのか、誰にも伝わることのないまま。


 百段の石段は、思ったよりも急で、長い。


 蝋燭の火を手に、ひと段ずつ昇っていく。


 途中、風が吹けば火が揺れ、過ぎた声のような囁きが耳を掠める。


 階段の左右には、すでに灯された蝋燭たちがずらりと並び、それぞれの名と記憶を淡く照らしている。


 「おかえりなさい。

 お茶、まだぬるいけど――どうぞ」


 ひとつ目の段で、幼い頃の灯守が呼ばれていた記憶がよみがえる。


 「喧嘩した子の顔、ちゃんと覚えておきなさい。

 仲直りしたときのために、忘れずにいるのよ」


 二十段目、緋子の声がまたよみがえる。


 三十段、五十段、七十段――


 灯守は、緋子が人生で残した言葉を、灯火とともにひとつずつ辿っていく。


 それはまるで、過去に歩んだ日々を逆からなぞるようだった。


 記憶の灯りは、時間を遡る舟になる。


 そして、九十九段目。


 蝋燭の炎がひときわ強く揺れた。


 そこには、緋子の最後の言葉が記された小さな札が置かれていた。


 「ありがとう。わたしは、さびしくなかった」


 最上段に立つと、目の前には、夜の闇と静かな山寺。


 石段に並ぶ百本の火が、夜空の星々に呼応するように、凛として灯っていた。


 灯守は最後の蝋燭を、緋子の札の横に添えた。


 火は一度、ふっと揺れ――そして、穏やかに灯った。


 その瞬間、遠くの空から、一筋の流れ星が降りた。


 蝋燭の火がその方向へと吸い込まれるように揺れ、そして――ぴたりと静止した。


 翌朝、階段の蝋燭はすべて消えていた。


 けれど、百段目の火皿には、手鞠細工の小さな飾りがひとつ、そっと置かれていた。


 あの人が最後に編んだであろう模様が、朝日を受けて、静かに光っていた。


(第33話・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ