第二十六話 幻灯の金魚
夜の縁日に、灯りの向こうから現れるものがある。
紙灯籠のなか、浮かび上がるのは――泳ぐ金魚。
けれど、それは水にいない。袋にもいない。
空気のなかを、ふわふわと漂う、光の金魚。
それを見た子どもたちは、笑いながら指を差す。
でも、大人たちは、誰も気づかない。
灯守は、その金魚のあとを追った。
商店街の奥、今では閉店したままの古い店。
ひび割れた看板には、かろうじてこう読めた。
「金魚 若林商店」
シャッターの隙間から、光が漏れていた。
灯守が近づくと、ふと、誰かの鼻歌が聞こえた。
「赤いのが好きって言ったくせに、すぐに青いのに浮気するんだから」
中にいたのは、少女だった。
黒髪を後ろで結い、白い割烹着姿。
手には小さな金魚鉢を抱えていた。
そのなかには、金魚ではなく、光が浮かんでいた。
「……あれは、うちの子たち。売れ残った金魚たちが、成仏できなくてさ。
夏の終わりにだけ、こうして“幻灯”になって戻ってくるのよ」
「子どもたちに買われて、すぐ死んじゃう子もいた。
お祭りで捨てられた子もいた。
でも、それでも、“楽しかった”って言ってる子もいるんだよ、不思議とね」
若林商店は、兄妹で営んでいた。
兄は職人気質で、金魚の手入れを誰よりも丁寧にしていた。
妹は接客が好きで、金魚すくいのときはいつも子どもたちの笑顔を見ていた。
だが、兄は数年前に亡くなり、店も閉じた。
妹はそれから、誰にも知られないまま、ひっそりと金魚の“幻灯”を灯し続けている。
「ほんとは、わたしももうこの町にいないの。
でもね、兄が言ってたの。“金魚は夏の命。
夏が来れば、きっと戻ってくる”って」
その夜、商店街の祭で、かつてのように金魚すくいがひとつだけ復活した。
水槽もすくい網もない。
ただ、提灯の光のなかを泳ぐ、光の金魚。
子どもたちが指をさすと、それはくるくる回って笑うように光った。
祭の終わり。
若林商店の前に、ひとつの金魚鉢がそっと置かれていた。
なかには、小さな“光の魚”が一匹、静かに眠っていた。
そして、鉢の底には短冊が貼られていた。
「来年も、泳げますように」
(第26話・了)




