第二十二話 鈴の音だけ残して
夏祭りの夜、山のふもとの小さな神社にだけ聞こえる音がある。
それは、“鈴の音”。
人混みの隙間、屋台の明かりの裏、ふと立ち止まったその瞬間――
耳の奥に、ころん、と、転がるような軽やかな音が響く。
だが、その音の正体を知る者は、もういない。
灯守は、その鈴を拾った。
祭の終わり、参道の片隅。誰もいない境内で、落ち葉に埋もれていた小さな金の鈴。
手に取った瞬間、背中にひやりと風が走った。
鈴は、揺れていないのに――音だけが、鳴っていた。
ころん、ころん。
空気の中で響くのに、音の出どころが存在しない。
それは、“音だけが残った何か”だった。
「……見つけてくれたのね」
声がした。
振り返ると、そこに“巫女”が立っていた。
紅白の衣。足は裸足。手首には同じ鈴がついていた。
だが、その身体は、光に透けていた。
「わたしは、あの音とともにいた者。
でも、音だけが残って、わたしは“忘れられた”の」
かつてこの神社では、夏の終わりに“鈴の儀”が行われていた。
神前で巫女が鈴を振り、五穀豊穣と病気平癒を願う古い舞い。
けれどある年、祭の最中に巫女が忽然と姿を消した。
舞の最中、風が吹き、提灯が倒れ、境内がざわめいたその瞬間。
彼女は、音だけを残していなくなった。
「音って、不思議よね。
形もないし、すぐに消えてしまう。
でも、心に残ると、“わたしの全部”みたいに思えてくるの」
「わたしは、音のなかに沈んで、ずっと鳴り続けていたの。
誰かが気づいてくれるのを、ずっと――」
灯守は、鈴をそっと揺らした。
ころん。
その音が、夜の境内に落ちる。
すると、巫女の輪郭が、少しだけはっきりした。
「わたしの名前は、“結鈴”」
「それだけでも、誰かに“言って”もらいたかったの」
灯守は、山を下りたあと、祭りの実行委員に頼み、翌年の祭で“鈴の儀”を復活させた。
簡素な舞台。誰も結鈴のことを知らなかったが、鈴の音は夏の夜に確かに響いた。
その年の夏の終わり、灯守のもとに手紙が届いた。
差出人不明、文面はたった一行。
「わたしを、もういちど世界に連れてきてくれてありがとう」
手紙の中には、細い紐に結ばれた、金の鈴がひとつだけ――入っていた。
今でもその神社では、夏祭りの最後に、ひとつだけ“誰が鳴らしているかわからない鈴の音”が響くという。
それは、忘れられた音に宿った、ひとつの命の名残かもしれない。
(第22話・了)




