第十九話 かさなる足音
廃駅には、音が残る。
人の声、列車の汽笛、風の走る音――そして、足音。
誰かが通った気配だけが、時間の奥に焼きついたように、消えずに残っている。
灯守がその駅を訪れたのは、旅の途中だった。
地図にはもう載っていない。地元の人すら「もうやってないよ」と首を振った、小さな無人駅。
しかし、ホームは今もそこにあった。
草が伸び、時計は止まり、線路の上には枯れ葉が積もっていた。
けれど、灯守の耳には、確かに聞こえた。
――こつ、こつ、こつ。
誰かの足音が、ゆっくりとホームに響いていた。
その夜、灯守は近くの宿に泊まり、もう一度駅へと向かった。
月の光だけが照らすホーム。列車が来るはずもない、静かな場所。
そのとき、彼の隣に“誰か”が並んで立っていた。
少年だった。中学生くらい。制服の袖はほつれ、顔は薄く霞んでいた。
「……乗り遅れたんだ」
そう言って、少年は視線を線路に向けた。
「誰かを、見送りに来たの?」
「いや、違う。“見送られるはず”だったんだ」
少年は少し笑った。
「でもさ、約束の時間に、誰も来なかった。
だから俺、いつまでもここにいる。
だって、あいつ、ちゃんと“また会おう”って言ってくれたんだ」
灯守は、ポケットから旅程の地図を取り出した。
「ここ、昔は学生の通学駅だったらしい。山の上に分校があって――」
「うん、そこに通ってた。
たぶん、あいつも……もう、どこかで大人になってると思う」
「でも、待ってる?」
「うん。足音が聞こえるたびに、“もしかして”って思う。
だから、何十年もこうして――」
少年の声がふと止まった。
遠く、ホームの反対側から、別の足音が聞こえてきた。
こつ、こつ、と、小さく、けれど確かに。
影が、ホームに現れる。
それは、ひとりの青年だった。
スーツ姿、肩にカバン。
そして、少年と同じ顔をしていた――少し年を重ねた、その姿。
「……おまえ、まだここにいたのか」
少年は目を見開いた。
「やっと、迎えに来たな」
「遅れてごめん」
ふたりの足音が、重なる。
そして――静かに、ひとつになった。
灯守の目の前で、ふたりの姿がふわりと光に包まれ、やがて空へと消えていった。
あとに残ったのは、ふたつ分の足音だけ。
こつ、こつ、と、最後の一歩まで。
翌朝、駅のホームには、新しい足跡が刻まれていた。
古い木の板の上、ほんのわずかにへこんだ二人分の形。
灯守はそこに手を重ね、小さく囁いた。
「また、会えたんだね」
(第19話・了)




