第十七話 こっくりさまの手紙
小学校の旧校舎――
夕暮れの廊下に、薄紙の音と、笑い声がこだました。
「こっくり、こっくり、こっくりさま――おいでませ」
古びた教室の片隅で、四人の女子児童が円になっていた。
手書きの紙盤と十円玉、神妙な顔と、ふざけた口ぶり。
そのうちのひとりが言った。
「ねえ、“だれが一番先に死ぬか”聞いてみようよ」
冗談めかしたその言葉に、笑いが起きた――その時までは。
十円玉が、ひとりでに動いた。
す、す、と音もなく滑り、“わたし”の文字で止まる。
その瞬間、部屋の空気が、ひやりと凍った。
十年後。
灯守は、その旧校舎を訪れていた。
取り壊し前の調査。すでに閉校して久しい校舎は、埃と湿気に包まれていた。
旧教室の引き出しを開けると、中から一通の手紙が出てきた。
くしゃくしゃの封筒。宛名も切手もない。
開いてみると、中にはこう書かれていた。
「ありがとう。おまえが“わたしのかわり”になってくれて」
灯守の背後に、気配が立った。
振り返ると、誰もいない。けれど、視界の端に“少女の影”が見えた。
白いブラウス、濃いプリーツスカート。小学生の制服姿。
その顔は、曖昧だった。
「……君が、“こっくりさま”に呼ばれた子?」
灯守の問いに、少女は首を横に振った。
「ちがうよ。わたしは、“呼ばれた子の、かわり”」
「こっくりさまって、本当は“来ないもの”なんだ。
でもね、“誰かが呼びつづけたら”、来るしかなくなる」
「だから……“わたし”が、呼びに応えたの」
「ほんとうは、あの子が“死ぬはず”だった。でも、怖くて、私の名前を書いたの。
――“わたし”が、かわりに死んだ」
教室の空気が、鈍く揺れた。
灯守は、言葉を失った。
「……それで、恨んでるの?」
少女の影は、首を振った。
「ううん。わたしは、“それでよかった”と思ってる。
でも、ひとつだけ、伝えたかったんだ――“わたしはそこに、ちゃんといた”ってこと」
「誰も、わたしの名前を言わなかった。
あのときから、わたしは“いなかったこと”にされたから」
灯守は、古いクラス名簿を調べた。
その年、四人でこっくりさまをしたという記録はある。
だが、三人分しか名前が残っていなかった。
ひとり分――消えていたのだ。
その夜、灯守は旧校舎の黒板に名前を書いた。
彼女が言いかけた、最後の名。
「柚木 あかり」
すると、黒板の隅に貼られていた十円玉が、ぽとりと落ちた。
風が吹いた。カーテンがひらりと揺れた。
少女の影は、もういなかった。
ただ、その場所に、小さな手紙が残っていた。
「ありがとう。これで、ようやく“わたし”になれた」
(第17話・了)




