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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第十六話 ぬいぐるみの目

古い押入れの奥に、それは眠っていた。


 片耳の取れたウサギのぬいぐるみ。

 毛はすり切れ、ボタンの片目はなく、もう一方も曇っていた。


 灯守ともりがそのぬいぐるみを見つけたのは、空き家整理の手伝いをしていたときだった。


 誰ももう入居していない家の二階。

 子ども部屋だったらしき部屋の押入れから、ぽつりと顔を出していた。


 灯守が手に取ると――わずかに、空気が変わった。


 その曇ったボタンの目が、こちらを“見ていた”のだ。


「……きみ、見えるの?」


 灯守がそう呟いたとき、ぬいぐるみの口元がわずかに動いた。


 声は、ほとんど風の音のようだった。


 「――ひさしぶり」


 それは、長く待ち続けていた者の声だった。


 ぬいぐるみは語った。


 自分は、ある少女のもとにいたこと。

 毎晩抱きしめられ、秘密を囁かれ、時には涙で濡らされていたこと。


 けれど、あるとき少女は病気になり、病院に入り、そのまま戻ってこなかった。


 両親は引っ越し、家は閉じられた。


 それから十年近く、ぬいぐるみはただ押入れの中で、“帰り”を待っていた。


「もう、会えないんだね」


 ぬいぐるみは、穏やかに言った。


 「でも、あの子の笑い声は、ちゃんとここに残ってる」


 「わたしは、忘れてないよ」


 灯守は、元の住人の記録を調べた。


 少女の名前は「高城 ひより」。

 数年前に他界していたが、生前、施設に入所していた間――ぬいぐるみのことを何度も話していたという。


 「私のうさちゃん、ちゃんと眠ってるかな」

 「だいじょうぶ、目を閉じると、いつもそばにいるから」


 その証言に、灯守は心を打たれた。


 数日後、灯守はぬいぐるみを抱いて、町外れの小さな墓地を訪れた。


 ひよりの名が刻まれた墓標の前に、そっとぬいぐるみを置く。


 その瞬間、ボタンの目がきらりと光った。


 風が吹く。


 「……ただいま」


 かすかな声が聞こえた気がした。


 それは、十年越しに果たされた“約束”の声だった。


 その夜、灯守の夢に少女が現れた。


 小さなウサギのぬいぐるみを両腕に抱えて、にこりと笑う。


 「ありがとう。あの子に“また会えて”嬉しかった」


 その笑顔は、柔らかな春のひかりのようだった。


(第16話・了)



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