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『灯影百譚──見えぬものと、ひとの縁』  作者: にせもん


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第十四話 鏡の中の声

 鏡は、すべてを映すわけではない。


 人の顔、部屋の光、うしろの風景――

 けれど、本当にそこに“あるはずのもの”は、しばしば映らない。


 とくに、それが“自分自身のなかに閉じ込めてきたもの”ならば。


 灯守ともりがその鏡に出会ったのは、空き家調査の手伝いで訪れた旧家の納戸だった。


 埃をかぶった木製の三面鏡。古風な細工の施されたその鏡は、中央の鏡だけが、曇っていた。


 まるで、ずっと“誰か”が息を吹きかけたまま、拭かれることなく放置されたように。


 彼はその鏡に、何気なく手を伸ばした。


 その瞬間――


 「やっと来てくれたね」


 声が、鏡の奥から聞こえた。


 映っていたのは、自分ではなかった。


 いや、確かに灯守の姿だった。

 しかし、髪の色も、表情も、どこか微妙に違っていた。


 それは、“もうひとりの自分”だった。


「……君は、誰?」


「“あのとき置いてきたおまえ”だよ」


 鏡の中の“灯守”が、笑った。


「泣きたかったのに、笑ったときがあっただろう」


「怒りたかったのに、堪えたときがあっただろう」


「寂しかったのに、“大丈夫”って言っただろう」


「……そうやって、ぜんぶ置き去りにして、今のおまえがいる」


 「だけど、置き去りにされたぼくは、まだここにいるんだ」


 灯守は、息をのんだ。


 たしかに、そうだった。

 家族のこと、友人のこと、過ぎた時間のなかで、何度も“本音”を隠してきた。


 傷つけないように。迷惑をかけないように。


 「……でも、仕方なかった」


「わかってるよ。でも、忘れないで。そういうおまえも、ちゃんと“本物”なんだよ」


 「おまえの“強さ”は、本音を封じたから生まれた」


 「でも、“ぼく”がいたから、今ここに立ててるんだ」


 鏡の中の“もう一人の自分”は、そっと手を差し出してきた。


 灯守も、その手に自分の手を重ねた。


 ひやりとして、けれど温かい。


 ふたつの“灯守”が、重なる。


 その瞬間、鏡の曇りが消え、ふつうの鏡に戻っていた。


 映っていたのは、自分だけ。


 けれど、そこには、ほんの少しだけ“柔らかくなった目”が映っていた。


 帰り際、灯守は鏡の前にそっと名札を置いた。


 そこにはこう書かれていた。


 「ここにいた君のこと、忘れない」


 人は誰しも、見せない顔を持っている。


 けれど、そのすべてを“映す鏡”が、心の奥にあるのだとしたら――

 きっと、それは、とてもやさしい嘘を映す鏡なのかもしれない。


(第14話・了)

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