第十一話 ほころぶ紙風船
風に乗って、ふわふわと、色とりどりの紙風船が転がっていく。
誰のものでもない。けれど、いつも決まって、この季節になると現れる。
春と夏の境目――山から風が降りてくるころ、古い神社の石段を、まるで迷子のように上っていく。
町ではそれを「風の子」と呼んだ。
灯守がその紙風船に気づいたのは、石段の途中だった。
赤と青、ほんの少し擦れた色。だが、そこには妙な“体温”があった。
風が吹くたび、紙風船は弾むように揺れて、まるで彼を待っていたように――足元で止まった。
「……君、何かを探してるの?」
灯守がそう訊ねると、風船が一度、小さく跳ねた。
そして、風が止む。
その瞬間――視界の端に、小さな影が現れた。
それは、三、四歳くらいの子どもの姿だった。
しかしその身体は淡く、透けており、どこか“成りかけ”のような不確かさがあった。
紙風船が、彼の手のなかにあった。
「ぼく……まいご、なの?」
子どもはそう訊ねてきた。
「名前、覚えてる?」
「……ううん。おかあさんの声だけ、ちょっと覚えてる」
「どんな声?」
「ごめんね、って言ってた。いっぱい泣いてた」
灯守は、その言葉で察した。
この子は――生まれてくることができなかった“想い”。
誰かの中で、形になることを待ち続けて、けれどその願いは途中で閉じられた。
その記憶だけが、紙風船という形を借りて、風に舞っている。
神社の境内には、無数の小さな絵馬がぶらさがっていた。
そのうちのひとつに、灯守は目を留める。
「また会えますように。ごめんね、ありがとう。」
日付は三年前。名もない一枚だったが、そこに込められた“誰か”の記憶が、はっきりと感じられた。
「……君のお母さん、ちゃんと君のことを覚えてるよ」
灯守がそう言うと、子どもの顔がふわっと明るくなった。
「じゃあ……ぼく、もう、まいごじゃない?」
「うん。君の居場所は、ちゃんと“心の中”にあるよ」
子どもは、紙風船をぎゅっと抱いた。
すると、それはふんわりと光を帯び、空へと舞い上がった。
子どもの姿も、光の粒になって、そのまま空へ――。
その日の夕方、神社の絵馬に新しい一枚が増えていた。
「あなたに出会えて、しあわせでした」
その筆跡は、やわらかく揺れていた。
灯守の窓辺には、小さな紙風船が一つ、飾られている。
風が吹くたび、ほんの少しだけ揺れて、まるで子どもの声が「ただいま」と言っているようだった。
(第11話・了)




