秘密の贈り物
詳細不明ですが
外国であった実話を元に創作しました。
無銭飲食してしまった人のお話です。
アランは、そろそろ結婚しなくては、と思っていましたが、勤めていた会社が設備投資した新しい機械の前で忙しく働いていました。それから二年が過ぎたころ、国内に不況の兆しがあらわれて、しだいに仕事量が減って勤めていた会社が多額の借金をかかえて倒産したのでした。
国内に中小会社の倒産が目立つようになり、国民の多くが職を失い、次の仕事につけないまま人々の生活が行き詰ると、世の中の景気がなお悪くなったのでした。
アランは結婚を考えて、わずかづつ貯めてきたお金を使いながら、あても無く仕事を探して望みの無いまま年の暮れを迎えることになってしまいました。
明日はクリスマスイブというのに、アランの手元にはパン一切れを買うお金も残っていないのでした。
こぎれいなアパートの自室にはコーヒー粉も無くなって、きのうから沸かしたお湯を飲んでしのいでいたのです。
焼きたてふわふわのパン、温かいスープやお料理が目の前にちらつきます。
これから先、アパートのお家賃どうしょう。友人にお金を借りる、けど今は誰でも人に貸すゆとりは無いからな。何でもいいからバイトをすれば良かった。お金を大切にしない自分が愚かだった、世の中は甘くないのだ。
アランは何度も迷い考えながら友人の住まいの前まで来て訪問する決心がつかず、たたずみ、思い直し通り過ぎ街を歩きつづけました。
空腹の身体に師走の風が刺すよぅにいっそう悲しく刺さります。
繁華街を歩く人々は暖かそぅなコートの脇にクリスマスイブ用の御馳走やプレゼントの買い物袋をさげて歩いて行くのでした。
アランの心にはもうすぐ三十になるといぅのにお食事もできない侘しさ悲しみがふくらんで、いつしか来たことない街のレストランの前に立ち止まっていました。
さして立派でもないけれど、暖かい雰囲気がありました。
ランチの時間は過ぎて、ガラス越しに見える店内テーブルの所々に何組かのお客がいるだけでした。
店内の入り口には、アランの背丈ほどのモミの木が華やかに飾られ、クリスマスキャロルの曲が静かに流れているのでした。
吸い込まれるよぅにふらふらとレストラン店内に入って行き、テーブルにつくと、空腹のアランは美味しそぅなメニューの中からランチの他、二品を注文してしまいました。
どうしょう、このまま出てしまおう。でも、お金は払わなければならない、断って取り消すしかない。もう間に合わないだろう。おなかをすかして迷い悩む目の前に以外にも早く運ばれてきた温かいスープとお料理、アランはつい手を出してしまいました。
温かく美味しく食べながら激しく悔いていましたが、支払うお金がないので無銭飲食で警察官に引き渡される覚悟をしたのです。覚悟を決めると、きれいに食べてしまいました。
おなかが満たされたアランは、帰ったお客のテーブルを片付けているショートヘアの若い男子店員のところへ行き、申し訳なさいっぱいで言いました。
「お金、おとしたので払えません」
店員は純真な目で青白く情けないアランの顔を見て、軽くうなづくと「少しお待ちいただけますか」と、すぐに奥へ引っ込み、すぐに戻ってきて「お金落ちていましたよ」と、アランにお金を手渡しました。
何という幸運、助かったのだ。そんな思いが胸いっぱいに広がって、アランはほっとしながら、レジの女店員にお金を支払い、けれどパン一斤ほど買えるおつりを受け取ったとき、他人が落としたお金を自分のお金にした罪悪感が頭一杯に広がったのです。
しかし、罪への悔いを胸に秘めて早々とお店を後にしました。
その帰り道のことでした。
古いけれど大きな建物の会社の前で「至急警備員募集」の張り紙をしている中年男性がいました。
アランが挨拶して聞いてみると、急病で入院した人がでたそうで、アランが応募をお願いすると喜んで会社の応接室に案内され、面接を受けて夜間アルバイト物流警備員として働くことが決まったのでした。
それから一年の月日が過ぎた寒い朝でした。
アランの夜間警備のお仕事が終わり、公園通りを地下鉄に向かって歩いているときでした。
広くてきれいな公園から、白髪もおおかた抜けた一目見て路上暮らしと分かる人がよろよろ歩いてきました。擦り切れ汚れた衣装がこの年末にひどく孤独を物語っていました。
食べ物あるのかな。アランは自分の一年前の生活、レストランの若い店員の言葉を思いだしました。
僕はあのお金で生き返ったのだ。あの帰り道、張り紙の夜間アルバイトは賃金も良くて助かっている。
そうだ、あの時のお返しになれば。
アランは痩せた老人に近寄り、しわだらけの薄汚れた手にお金をそっと渡しました。
今夜はクリスマスイブ、手渡されたお金、思いがけないプレゼント、ぁぁ何と有難いお恵み、歯抜けのしわしわ笑顔をあげ、アランを見た老人の顔は喜びで清く輝き感謝の面持ちで精いっぱいの会釈をしました。「ありがたいことでございます」
なんと嬉しそぅな顔、こんなにも喜んで嬉しく思ってくれるなら、またお金のプレゼントをしょう。
アランが嬉しい気持ちになって微笑みながら、かぶっていたブラウンの毛糸の帽子とマフラーを外して渡すと、老人は手を合わせてから帽子をかぶり首にマフラーを巻いて「ああ暖かい」と目を細めて微笑みました。アランの胸深く陽光が暖かく輝いたのでした。
その日は勤務休日、アランは一人簡単なお食事を作り、静かなイブの夜を迎えたのでした。
豪華なお食事は夢物語でしたが心は満たされ、食後のコーヒーを飲みつつ考えていました。
自分に合ったお仕事がみつかるまで見栄と我儘を捨てて働こう。大事なのは六十代七十代に泣かないことだから。二度と一年前の自分に戻らない、これを肝に銘じよう。あの時、無銭飲食で犯罪者になっていたら、もしかして、あの後、アパート代も払えず路上生活者になっていたかもしれない。
たった一つのパンを盗んだ罪で十九年間も牢屋に入れられたレ・ミゼラブルの主人公ジャン・バルジャンを思いだしました。僕は運が良かっただけかもしれない。この幸運はあの帰る家の無い人々に、気持ちだけでもお返しするのだ。
アランは温かいコーヒーをカップに注ぎ入れ冷え込む夜、未来に祝福の決意をしたのでした。
翌朝、クリスマスに相応しく灰色の寒空から時々雪が舞ってきて底冷えがしました。
あのおじいさんは寒がってるにちがいない。そぅだ、このお部屋にお呼びしたらいい、明日の朝、お仕事帰りに公園へ行こう。アランは老人を迎えるためにお部屋を片付けておきました。
勤務が終わると弾む気持ちで公園へとんでいき老人を探しました。
おじいさんに安心して喜んでもらいたかったのです。
寒い公園内をあち、こちと探しまわりました。
トイレット建物の横のベンチに、二十歳半ばの男性が寒そぅに荷物を置いて腰掛けました。
男性に、毛糸の帽子のおじいさんを見ませんでしたか?と尋ねました。
「ああ、そのお爺さん、僕と昨晩一緒にトイレの手洗い所で寝ました。朝方、具合良くなくてもう歩けないって言われたので救急隊に連絡して来てもらいましたが、隊員がもう助からないだろうって言って行きました」
アランはショックを受けて言葉をなくしました。遅かった。
「やさしい良い人でしたよ。僕に食べ物半分わけてくださって、わしの財産は、この帽子とマフラーだけだって笑ってました」
「胸の痛い話だな」
おじいさんの姿を思い浮かべ、アランは淋しく悲しい気持ちになりました。
ふと、どこか感じの良い男性に聞いてみました。
「良かったら、僕のアパートにきませんか」
住所不定では職を探してもどこも採用してくれないのです。
スティーブンと自己紹介した男性は、お仕事がみつかって落ち着くまでいたら良い、というアランの言葉にとても喜びました。
スティーブンが伸びていた髭を剃り、髪形を整えると、いっそう感じの良い男性に見えるのでした。
あれこれ言わず職種と時間帯を気にしなければ早く決まるはず、と言うアランの言葉どおり、一週間もしないうちにスティーブンはアルバイトを決めて、二人はお互いに当分はお金を貯めることを目標に張り切って働きにいきました。
アランは会社が倒産してからは、いつも経済や政治の動きに注目して新聞を読みニュースを注意深く聞いていました。不況で株価もゴールドも値下がりの底にありました。
手元にある僅かなお金で株とゴールドを買い増していきました。
春が来て夏が終わり秋になると、スティーブンが、狭いけれど格安アパートを借りることができました、と感謝しながら少しばかりの荷物をまとめて引っ越していきました。
気がつくと長いようで短い一年が過ぎていました。
クリスマスの贈り物にと、五千円三十人分のお金をバックに入れると、アパートを出たのでした。
今はイブの夜も警備のお仕事してるので、イブに近いお休みの日にサンタクロースをすることにしたのです。
路上生活の人達が多い大きな駅の周辺や街の通路、それからガード下に行って、出会った人にお金を渡しました。「クリスマスに美味しいお食事をどうぞ」と言うと人々は誰でもお金を見てありがたがり喜びの
笑顔になるのでした。アランが手渡していたバックが空になりました。
もっと、お金持ちになりたいと思ったのでした。
アランは週一日しか休日をとらず、必要以外はお買い物に行かないので、お金がいくらかまとまると有望投資信託を買っておくのでした。
そして、クリスマスの日が近くなると、バックにお金を入れて、寒空に震えている人々のところへ行くのでした。
怪我している人にはお薬代を余分に渡し、靴に穴が開いてる人には靴代を余分に渡しました。
その帰り道のことでした。
アランは長い間心に封じこめていた、あの日を思い出し考えていました。
食べ物もお金も無く歩きつづけて入ったレストラン、落ちていたお金、あの後で、落とし主が現れたかもしれない。落とし主はお店の常連客かもしれない。お金を返せるものなら返したい。いや、返すべきなのだ、アランは自分を誤魔化すことが出来ない気持ちになっていました。
本当はいつも心のどこかで後ろめたさを感じながら暮らしていたのです。
けれど、もう隠すことなく本当のことが言える勇気がわいてきました。
次の休日に、レストランへ行こうと決めたのでした。
三年前と同じくらいの時間につきました。
アランは懐かしい気持ちでレストランに入り、前と同じテーブルについて、前と同じメニューを注文しました。あの時の店員さんの姿がないのが気になりました。
お食事をすませてから、女店員さんに尋ねました。
「ぁぁ、エリックのことでしょうか。厨房にいますので、しばらくお待ちいただけますか」
アランはホッとしながらも、ドキドキしながら待ちました。
まもなく、白い衣装の長身のエリックがあらわれました。
三年前より、男らしく大人っぽい感じがしました。
アランは立ち上がって丁寧にお辞儀と挨拶をしました。
「長い間、ご無沙汰してしまいました。私を覚えていてくださるでしょうか。三年前のイブの前の日に私は、無銭飲食してしまうところでした。あの時、手渡されたお金は、私が落としたお金では無かったのです。あのお金をお返しにまいりました。申し訳ございませんでした」
エリックは、お話の途中で、あの痩せて青白く疲れ切った顔の人だと思い出したのです。
目の前の人は顔つきも顔色も良く幸せそぅでした。
エリックは明るく輝いた笑顔になってやさしい声で言いました。
「お店は母が経営していて、あのお金は、僕のお金だったのです」
アランは心身を打たれるほどの衝撃を受けました。
目の前のエリックが、なにとも大きく尊とく立派な人に見えました。
真の人間愛、慈愛を与えられ教えられた気がしました。
エリックは、目の前の青白い顔で困っている人に、ただ親切にしただけなのでした。
アランは、自分は後何年どのくらい生きていられるだろぅ、
今年のサンタクロースは身体が無理なので行けそうにないと考えていました。
スティーブンはお見舞いにきて、アランが胃癌の手術を受けると聞かされたのでした。
入院してベットに寝ているアランの手を握りながら、あれから五十年近く経って、お互いずいぶん年を取ったと思っていました。
アランが、ボツボツと語りました。
五十年前、無銭飲食してしまいそうになったお話、その後で、アランは一枚の小切手をスティーブンに預けました。このお金をイブが近づいたら、路上生活の人々に渡してほしいと。
「沢山の人に渡したら、一人一人には焼け石に水かもしれない。けど、その少しばかりのお金が、その後の人生に、どう影響するかわからないからね」
スティーブンは、この時はじめて、アランが毎年人々にお金をプレゼントしていたことを知ったのです。
アランは自分は良い時代を生きて楽しかったと思いました。
不況でお金を貯めて買った株、ゴールド、投資信託がインフレ時代になって値上がりして、買った土地が値上がりして、勤めたIT企業の経験を活かし立ち上げたIT会社が成功して大金持ちになったのでした。
今は有名店六店舗の立派なレストラン経営者になっているエリックには、毎年イブの日に素敵な贈り物を届けたのでした。
アランが路上生活の人々や、災害地や一人親で苦しい生活の人々に贈ったお金の総額は四十五億円になっていたのでした。
アランの手術は成功して、妻と子供孫が待つ家に帰りました。
お金がなく無銭飲食して「お金を落としたので払えない」とお店の人に言ったら、「お金が落ちていた」と手渡されたお金、後になって知るのですが、お店の人のお金だったのです。
主人公は恩を感じてか貧困で苦しむ人々にお金を配り続けます。その後起業して成功されたのですが、人々に配ったお金の総額は四十五億円。
このお話に感銘受けて詳細不明でしたが、お話を残しておきたいと創作しました。