08.見抜かれる真実
がちゃり、と扉が開く。厳しい顔をした騎士が身を寄せ合ったティナとジャックを見下ろした。
(隊長、と呼ばれていたから役職もちか。厄介ね)
騎士の肩には、紋章がいくつかついているのが見える。隊長の中でも、優秀な人間なのだろう。服装から、その人間の人となりを推察するのは、詐欺の基本だ。
「お疲れ様です。それでは、私たちは失礼いたします」
こういう時は、ボロを出さないように足早に立ち去るのが良い。話せば話すほど、嘘は露呈する。
ジャックを引っ張り、部屋を出て行こうとするが、目の前の騎士が逃がしてくれるはずもなかった。
「……ちょっと待て」
低い声が響き、ティナはぴしりと固まった。
(ま、逃がしてくれませんよねぇ)
それは予想の範疇ではあるものの、厳しい顔で問い詰める騎士はやはり少し恐ろしいものだ。
「お前たち。所属は?」
「……所属、ですか」
ティナは口を噤む。下手なことを言えば、一発で嘘がバレてしまう。けれど、全力で走ったところでこの騎士から逃げられる気もしない。
(そうね。私がやることはひとつ)
それはティナが、ジャックから『逃げよう』と言われていた時に決めていたことだ。
ティナは、ジャックの耳元に口を寄せる。
「……ジャック、私の口座からお金を引き出しなさい、貴方はここまでよくやってくれた。お金は自由に使ってくれていいわ」
「お、お嬢様、何を……それじゃまるで、お嬢様は捕まるみたいな……」
「お願いよ。命令が聞けないのかしら」
「そ、そんな、ひ――――」
「今までありがとう」
二人のその様子に、騎士はイライラしたように声を荒げた。
「おい、さっきから何コソコソ喋っている! お前たちの所属は────」
ティナは口角を吊り上げた、月明かりが逆光になり、不気味に見えることだろう。騎士の男は警戒したように、一歩距離をとり、腰元の剣に右手をかけた。
(そう、そのまま私だけを警戒して見つめていればいいわ)
ティナは、エプロンのポケットから短剣を取り出し、手の中でくるくると回した。そして、間を置かずに――――ぐさり、とジャックを刺した。
(……ように、見せかけているだけだけれど)
ティナの手の中にあるのは、先ほど、アリスティドが置いていった子ども騙しのおもちゃである。しかし、騎士から見れば本当にティナがジャックを刺したように見えるだろう。
今よ、とティナは小さくつぶやく。
「お前、何をやって……っ!」
騎士は、剣を収め、慌てた様子でティナを突き飛ばす。それと入れ替わりになるように、ジャックは部屋から飛び出していった。
(計画通り、ね)
ティナの手首を掴み上げた騎士が、逃げていくジャックをあっけにとられた様子で見つめた。
「な、なんだ。お前は、あのメイドを刺したんじゃなかったのか……?」
「……あら、これはおもちゃですよ。騎士様」
カシャカシャ、と偽物の刃を引っ込めて見せれば、騎士の顔はみるみるうちに険しくなっていく。
「お前、何者だ?」
「しがない結婚詐欺師ですけれど。ああ、悪役令嬢とでも呼んでもらえたら――――」
騎士は、ティナの話を最後まで聞くことはなかった。手をねじり上げて、素早く手枷を嵌めた。
騎士として、妥当な判断であった。
出世させるように、アリスティドに報告しておいてやろうと思いながら、ティナは足首にもかちゃり、と枷が嵌められ、完全に体の自由も奪われたのだった。
◇
「何をやってる?」
「……さあ」
「せっかく寝ようとしていたのに、君のせいでたたき起こされたよ」
あくびをしながらやってきたのは、寝る前に拝むにはあまりに見目麗しすぎる男、アリスティドだった。彼は、床に転がったティナの横にしゃがみ込んで、ティナのことを見下ろした。
「そんなに、俺に会いたかった? もしかして、俺に惚れたとか」
「惚れたら、解放してくれるの?」
「……まさか、嬉しくてもっと逃がしたくなるに決まってるじゃないか」
「じゃあ、リップサービスは必要ないわね」
つれないな、と言っている彼の真意は読み取れない。口元は笑っているが、深い青の瞳の奥では相変わらず、何を考えているのか分からない。
「……部屋まで送るよ」
アリスティドは、そう言うと、鍵束を取り出した。ティナの後ろに回り込むと、かちゃりと音がして、手と足を縛っていた金属が外れる。
ティナは驚いて、アリスティドを見上げた。
「私がまた逃げたらどうするのよ」
「君は逃げない、絶対に。意外にも約束は律義に守るタイプだ、違う?」
「詐欺師に向かって、何言ってるんだか」
ティナは起き上がって、目を細めた。
彼女は詐欺師である。嘘を付くことを生業としている人間に向かって、『約束は律義に守る』だなんて皮肉としか思えなかった。
けれども、彼の言葉はからかいの類ではなかったらしい。
「君は、従者の男を逃がしたかっただけだろ」
「…………それ、は」
ティナは言葉に詰まって、床に視線を向けた。
彼女は、最初から逃げる気なんてさらさらなかった。アリスティドを欺くなんて絶対に無理だと、ティナはわかっていたのだ。
逃げるリスクと従うリスク、天秤にかけたときに、逃げるリスクの方が高いと、そう判断した。
(でも、ジャックの願いは聞きたかった)
今まで結婚詐欺に加担させていた、という罪悪感もあった。だから、ティナは彼を逃がすことを決めた。
(私が捕まって、ジャックを逃がす。それが私の目的)
つまり、この流れは、全てティナの想定の範囲内だったのだ。
アリスティドに見つかるにしても、その他の使用人に見つかるにしても、ジャックだけを逃がす方法は何通りも考えていた。
最悪、自分の命を懸けてでも彼を逃がすつもりだったけれども。
「全部、君の思い通りに動いたってわけだ。はは、参ったな」
手を差し伸べてきたアリスティドの左手を掴み、ティナは立ち上がる。
「ただ、君、鍵開けは下手くそだな。これじゃ錠をぶっ壊しただけだ」
アリスティドが、内鍵を触れば、錠がゆるゆるになっており、鍵としての機能が失われていた。ティナの鍵開けは、ただの力技だったらしい。
「俺が君の教育係になってやろうか」
「一体、何の……」
「もちろん、君が素敵な悪役になるためのものだ。俺が自ら、君のためにカリキュラムを組んでやる。鍵開け、銃の使い方、体術や剣術も教えてやろう」
「はは、ありがとう……」
苦笑いで言葉を返したのに、アリスティドはさらに機嫌が良さそうににっこりと微笑んだ。
ティナは彼のご機嫌ポイントがよく分からない。
考えながら歩いているうちに、いつの間にかティナに割り当てられた部屋の前についていた。本当に部屋の前まで送ってくれたらしい。
「明日、朝10時に部屋まで迎えにいく。一緒に朝食をとろう。ちゃんと準備して待ってろよ」
朝食を準備してくれるとは手厚い。ティナは頷いて彼を見上げる。
「あ、もう逃げるなよ?」
「逃げないわよ。お望み通りちゃんと悪役になってあげるわ、最低最悪極悪王太子さま」
「ははっ、君は殺してしまいたいくらい可愛いな」
言葉はお互いを挑発し合うようなものであるのにも関わらず、愉快そうな声を上げて、彼は去っていった。
(最悪なことになってしまった)
遠のいていく足音を聞きながら、ティナは思う。
(もしかすると、このまま王太子を利用してやるのも一つの手なのかもしれないわね。それで『私の目的』が達成できるのであれば……いやでも、面倒な男だったなぁ)
ティナは、少々げんなりとした気持ちになりながら、ベッドに身を沈めていった。
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