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07.逃げようこんな場所!

 


 ◇


 ティナは、アリスティドと入れ替わりに入ってきた彼の従者に連れられて、城の廊下を歩いていた。


(私が武器を持っていたらどうするつもりなのかしら?)


 今のティナには、この従者以外に監視も付いていなければ、手足を縛られているわけでもない。

 そもそも、ティナが捕まった時に、アリスティドはティナの体をあらためることは無かった。あまりに杜撰すぎる。これが、アリスティドという男でなければ。


(あの王太子が何も考えていないわけが無いもの)


 カツカツとヒールを鳴らしながら、ティナは先ほどの出来事を思い出していた。

 生物として圧倒的に強者であり、カリスマ性もあるアウレリア王国の次期トップ。そんな彼が、直々に国の根底に流れている闇を洗い出そうとしている。自身の身の危険も顧みずに。


(闇なんて見て見ぬふりをすればいいだけなのに。……変な人だわ)


 生まれながらに地位も権力も保障されている。社会の闇とうまく付き合っていくことも、必要な能力の1つであると思うのに。


(それなのに、わざわざ闇を潰す選択をするってことは……まあ、それだけ彼を駆り立てる何かがあるんでしょうけど。結婚詐欺師わたしを攫って脅すくらいには。ていうか、そもそも、なんで私なのよ……!)


 答えの出ない問いをぐるぐると回し続けていると、従者はひとつの扉の前で立ち止まった。


「こちらです」

「……ありがとう」

「では、私は失礼いたします」


 従者の男は、足早にその場を去っていく。

 アリスティドの従者に連れてこられたのは、ベッド以外に物がない部屋であった。しばらく使われた形跡が無く、床には少し埃が溜まっている。


 その中心のベッドで横たわっているのは。


「……ジャック! 無事だった?」


 ティナはドレスの裾を踏みそうになりながら、ベッドに駆け寄った。

 ジャックは、全身傷だらけで胸にコルセットらしきものが巻かれており、本人も痛そうに顔を歪めている。

 肋骨が折れているのだろう、仮面の男たちに派手にやられてしまったらしい。


「ごめんなさい……貴方に怪我をさせるなんて、雇い主として失格だわ」

「ひ……お、お嬢様、謝らないでください。すべては、俺が弱いのが原因ですから」


 目を伏せて、声を震わせていたティナの手にジャックは優しく触れる。


 彼の優しさに甘えてはいけない、とティナは思う。ティナ1人では、ジャックを守ることができなかったのだから。


「そんなことより、お嬢様」


 ジャックの声色が変わり、真剣そのものになった。彼の緑色の瞳がティナを貫くように見つめた。


「あの王太子やばいですよ。逃げましょう、お嬢様」


 彼は、「いてて……」と言いながら、ベッドから起き上がった。


「起き上がって大丈夫なの?」

「大丈夫も何も、このまま、この王宮にいたら殺されますよ!? あの王太子に!」


 どうやら、ジャックもアリスティドに会ったらしい。彼の瞳は珍しく、動揺したように揺れていた。


(逃げたいわよね。それはそうよ。……当たり前だわ)


 ジャックには、大切な妹がいる。両親がいないため、お互いが唯一の家族である。もし、彼に何かあれば、妹のリリーはこの世界にたった一人残されてしまう。


(それは、絶対に駄目だわ)


 ティナは、彼の焦った様子を見て、ひとつ決断する。


「わかった、逃げましょう。リリーちゃんのいる病院のある……ウェルネ領を目指しましょうか」

「! ありがとうございます」

「当たり前よ」


 ジャックは、ベッドから降りる。横腹を痛そうにさすっているが、その目には絶対に逃げるという決意が宿っていた。


「バルコニーから出るとなると目立ち過ぎるわね。客人用の部屋に隠し通路も流石に無いでしょうし」

「戦闘も避けたいです。どう考えても今の俺とお嬢様じゃ、真正面から戦っても勝てないですし……」


 沈黙が流れる。

 こんなことなら、剣術の1つでも学んでおくべきだったとティナは後悔した。


「……となると、正々堂々正面から突破するしかないわね」


 懐中時計を確認すれば、まだ夜の10時だ。使用人たちは、まだうろうろしている時間である。勝算は、ある。


 詐欺師は戦わない。頭脳を以て、戦わずして勝つのだ。



 ◇



「お疲れ様です」

「ああ、お疲れ~」


 軽く手を挙げて挨拶をしてくれるのは、騎士服を着た男である。

 メイド服の女が2人、シーツを抱えて離宮を歩いている。誰も気にも留めない、至って日常的な光景である。


(なんだかんだ、上手くいきそうね……)


 ティナはシーツで隠れた口元をにやりと吊り上げながら、数刻前のことを思い出していた。



 ちょうど見張りの騎士が廊下を通り過ぎたタイミングで二人は部屋から抜け出した。そして、たどり着いた場所は、ランドリーであった。


『お嬢様は変身魔法が使えるからいいですけど、俺は無理ありませんか!? いつもみたいに女装用のメイクしてないですけど』

『大丈夫。私も、魔力切れで変身できない。こういうのは、表情よ。……いい? 今からジャックは可愛い女の子になるの』


 戸惑っている彼の肩に手を置いて、ティナは静かに告げる。

 二人がいるランドリーには、運よく洗濯したばかりのメイド服が積み上がっていた。

 詐欺で一番大事なのは、『なりきる』ということである。決して、演じることではない。自分自身も騙しきることができて初めて、相手を騙せるのである。


『俺は、可愛い、女の子……』

『そうよ、ジャクリーヌ』

『ジャクリーヌ……私は、ジャクリーヌ』


 ぼそぼそと呟きながら、ジャックはメイド服を身にまとったのだった。


(ジャックは、劇団に入ったら人気役者になれそうね)


 ジャックは、目をぱっちりとさせて堂々と歩いている。先ほど、肋骨を抑えていた男とは誰も思わないだろう。

 横目で見ても、彼はショートカットの女の子にしか見えない。


 離宮の中は意外に広かったが、もう順調に1階まで降りてきている。このまま堂々と外に出れば、晴れて自由の身である。


(うん、このまま行けば、外までは余裕そう!)


 ティナがそう思った時だった。

 曲がり角の向こうから足音が近づいて来ているのが聞こえた。思わず、全身が粟立つのを感じる。


「ジャック、一旦引きましょう」

「え、でも堂々としていれば……」


 ジャックの言葉にティナは言葉を被せる。


「足音がゆっくり過ぎる。使用人や下級騎士ではないことは確かよ。もしかしたら、王太子かも」


 引き返そうとして、ティナはぴしり、と固まった。

 後ろからも同様の足音が聞こえてくる。こちらの方が、少々重たい音だ。もしかたら、後ろから迫っている方がアリスティドかもしれない。

 ティナは、頭を回転させる。


「……お、お嬢様、どうしましょう。挟まれました!」

「どこかに隠れてやり過ごすわよ」


 ちょうど、ティナの隣に一つの部屋があった。誰かの部屋だったとしても、仕方ない。一旦使わせてもらおうとノブを回すが、押しても引いてもビクともしない。ガチャガチャ、というノブを回す音だけが空虚に響き渡った。


「……鍵がかかってる」

「ど、どうしましょう、お嬢様」


 ティナは、迷わずメイド服に刺さっていたヘアピンを引き抜くと、鍵穴に突っ込んだ。そして、膝を付いて鍵穴の中でピンを移動させる。


「……お嬢様、鍵開けなんてできたんですか」

「1回だけやったことがあるだけ! うまくいく保証は無し!」


 しかも、それはティナが結婚詐欺師になる、ずっと前の話である。外に締め出された彼女が必死にやったら成功しただけだ。


(鍵穴の内部には、高さの違うピンが数本刺さっている。正しい鍵をさせば、そのピンの高さが揃って鍵が回る仕組みだけれど)


 ティナはカチャカチャと、鍵穴を鳴らし続ける。


(鍵じゃなくても、ピンの高さを揃えられれば鍵は開く)


 落ち着かせるために、心の中でそう思うけれども、どうやったら開くかなんて知識として知っているだけである。技術が備わっているかは、また別の話なのだ。


「お、お嬢様、もう来ます!」

「ちょっと、待って」


 ジャックの言うように、足音が前後から近づいてきている。曲がり角のすぐ奥に、人の気配を感じる。


 焦りで指先が上手く動かない。どっどっと心臓が嫌な音を立て、額からはダラダラと冷や汗が流れ落ちる。


(も、もうどうにでもなれ……っ!)


 がちゃがちゃとかき回すようにヘアピンを深く突っ込む。すると、運よく、『かちゃり』と音がした。


「開いた!」


 その言葉と共に、なだれ込むようにメイド服を着た二人は部屋に飛び込んだ。優しく音を立てないように扉を閉める。


(ま、間に合った……っ!?)


 扉にもたれ掛かり、力が抜けたように座り込んだ。

 その直後、扉の向こうから低い声が聞こえてくる。


「ああ、殿下だったのですね。他人の気配がしたものですから。間者かと焦りました」

「焦らせてすまなかったな」


 息を整えるようにしながら、胸の辺りを右手でさすった。


(その気配は、間違いなく私とジャックのものだわ……)


 隣を見れば、ジャックもびっしょりと汗をかいていた。


「今日は客人がいる。いつも以上に気を引き締めて警備してくれよ。隊長」

「もちろんでございます」

「ああ、俺はもう寝る、じゃあな」

「はっ」


 アリスティドと騎士の会話だろう、とティナは思った。

 遠くなる足音を聞きながら、何とか呼吸を整える。未だに、生きた心地がしない。


(でも、良かった。何とか乗り切れたおかげで――――……)


 そう思った時だった。


「――――そこに誰かいるのか」


 その声に、ティナとジャックは顔を見合わせた。騎士は、やはり二人の存在に気が付いていたのである。




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