05.極悪王太子に捕まってしまいました
「改めまして。はじめまして、お嬢さん。……って、そんな目で見ないでくれよ、悲しいだろ」
ティナが連れてこられたのは、王都の中心に位置する、豪華絢爛な建物――――王宮であった。
その王宮の、離れにあたるであろう少し小さな建物の中。絨毯の敷かれた部屋の中央にティナはいた。月明りだけが差し込む薄暗い部屋である。
(全く状況が把握できない上に、情報を得る手段もない……)
高いところを飛び回られ、魂の抜けてしまったティナは、到着した場所に驚く間もなく、ふかふかとした椅子に太めの紐で括りつけられた。残念ながら、身動きをとることは叶わない。
なぜ王宮に連れてこられたのか、目の前の男は何者なのか。分からないことがもどかしい。
ティナは奥歯をぎりっと噛みしめる。
直後、勢いに任せて、もう一対の椅子を自由な足で蹴り上げた。高価そうな椅子が、ガタン、と音を出して倒れる。
「おっと、激しいお嬢さんだ。高いんだぞ、この椅子は」
椅子を建て直しながら、男は口角を上げた。怒っている様子は微塵も見せない。
(わざと怒らせて情報を引きだそうとしたのに……何なの、この人。掴みどころがなさすぎるわ……)
ティナは男を見上げる。
隠しきれない上品な振る舞い、自身が強者であるという自覚。そして、王宮を我が家のように振舞う傲慢さ。
(うん、掴みどころが無さ過ぎて、逆に分かった。信じられないことだけれど……)
一度目を瞑り、一呼吸置いて、ティナは言った。
「――――あなた、皇族ね」
「ふぅん」
男は、目を細めてにやりと笑みを浮かべる。
「なんでそう思った。王宮には色々な人間が住んでいるだろ。皇族と決めつけるのは、早計すぎないか?」
深い海のような、闇夜のような瞳がティナを捉えて離さない。ティナは目を逸らさずに続けた。
「確かに、王宮には、使用人が沢山住んでいるし、高貴な人であれば、大司教様も大公様もいる。……でも、違う。貴方の姿、立ち振る舞い、それらすべてが『全ての者の上に立つ』者のそれだわ。まるで、神になって世界を見下ろしているような」
「……俺は、自分のことを神だと思ったことはないけどな」
ふっ、と笑みを浮かべて肩をすくめた。男の瞳は月の光を受けて怪しく輝く。その姿は、神というよりも悪魔に近いかもしれない。
「大正解だ」
彼は、しゃがみこんで、椅子に括りつけられたティナに目線を合わせる。自身の太ももに頬杖をついて、楽しそうに目を細めた。
「俺は、アリスティド・レイネル・ラフェル。アウレリア王国の王太子だ」
ティナは息を飲んだ。皇族の類だろうと思ってはいたけれど、まさか次期国王である王太子であったとは。
(情報を遮断したって毎日噂で聞くわ。この『極悪王太子』の噂は)
アリスティド・レイネル・ラフェル。
アウレリア王国の現国王の息子である彼は、確かティナと同じ19歳だったはずだ。
頭が良く、大学も首席で卒業しており、容姿もかなり整っている。しかしながら、彼の評判は全く良くない。
なぜなら。
(この人、優秀だった自分の実兄を殺して、王太子になったのよね。お兄さんであるリデルオスの方は、表向きは行方不明という扱いになっているらしいけど――――)
行方不明という体にしておかなければ、アリスティドの立場が危うくなるからだろう。実際のところは、生きている可能性の方が低いんじゃないだろうかとティナは思う。
(ついたあだ名は、『極悪王太子』。噂で聞いたときは、大げさすぎるでしょって思ったけれど……)
彼の表情も、仕草も、上品で洗練されているし、口調も穏やかだ。けれど、どこか裏社会のような闇が感じられて気味が悪い。
「……私を殺すの?」
「ちょっと待ってくれよ。俺はさっきの仮面の男たちとは俺は無関係だって言ったろ? 話が飛躍しすぎだ。それにまずは可愛い君の自己紹介からだ、そうだろ?」
彼は立ち上がって、ティナを見下ろした。顎を上げて、はやく名乗れと促している。
ティナは、息を吸って、ゆっくりと吐いた。
とりあえず、つい先ほどまで使っていた身分を名乗ってみる。
「ルイーズ・フォンテーヌ」
「――――そんなものは聞いてないな」
顎に手を添えられ、強制的に上を向かされる。そのまま、するりと移動した手のひらがティナの頸動脈を軽く押さえた。死を感じさせるその仕草に、ティナはごくりと唾を飲みこんだ。
「可愛い、君の、本名は?」
「……────っ」