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04.詐欺師と誘拐犯

 


「……あの人たちを、殺し、た?」

「大丈夫、殺しては無い」


 ティナは、安心感からその場にへたりこんでしまった。

 麻袋を被せられてから、路地裏のずいぶん奥の方まで来てしまっていたらしい。周囲に、ジャックの姿も見えず、ティナは急に不安になる。


「君の忠犬くんは無事だよ。俺の部下が保護してるから」

「貴方は――……」


 彼のことを聞こうとして、ティナは口を噤んだ。名前より言うべきことがあるだろうと、顔を上げて真っすぐと彼の瞳を見つめる。


「助けてくれてありがとう」


 ティナがそう言えば、男は不思議そうに目を見開いた後、くつくつと笑い出した。


「助ける? ……ははっ、なるほど。君は、俺が正義の味方(ヒーロー)に見えているわけか」


 不意に、ティナの体が浮遊感に包まれる。彼がティナを横抱きして持ち上げたのである。


「勘違いしているところ悪いけど」


 とん、と彼が地面を蹴れば、強い風が2人を取り巻いた。そして、彼は近くにあった家の屋根の上に降り立つ。

 高さが10メートルはあるだろう所に、軽く着地したのだ。横に降り立ったティナは、恐怖で足が震えてしまう。


「ひゃっ……」


 どうやら、魔法で風を起こして大きなジャンプをしたらしい。ティナがあっけにとられて、大きな声を出そうとするが、口元に人差し指が添えられる。


「残念。俺は、悪役(ダークヒーロー)。君を攫いにきたんだよ」

「えっ」

「まあ、あの女なら誰でもいいような、低俗な奴らとは、誘拐する目的が違うんだけどさ」


 ちらり、と屋根の上から気絶している男たちを見つめる。仮面の男たちは、令嬢専門の誘拐犯だったのかもしれない。貴族の娘などは、人身売買でそれなりに高値が付くと聞いたことがある。

 確かに、王都で貴族の子女が行方不明になっていると時々耳にしていた。


(じゃあ、この男の目的は違うって言うの? 私はこの人のこと知らないし、この人が私のことを知っているはずもない……)


 ティナはこの男を結婚詐欺にかけた覚えもなければ、恨みを買った覚えもないのだ。


 第一、ティナが詐欺で心掛けているのは、『相手の恨みを買わないこと』である。モットーは、去り際まで美しく。

 幸い、今まで結婚詐欺を働いたことが事件化したことは一度も無かった。

 高級料理店の人間だって、具体的にティナが何をしているのかまでは知らないはずである。


 ならば、この男は。


「じゃ、じゃあ貴方は何が目的なの……?」


 男は、ティナの手を取って、ぐっと顔を寄せて表情から笑顔を消した。


「なあ、俺と一緒に悪役になってよ……――可愛い結婚詐欺師さん」


(し、正体がバレてるぅ……!?どうして!? ていうか、悪役ってなに!?)


 ティナは、腰と膝裏に手を回されて、再び抱きかかえられた。彼女の真っ赤なドレスが夜風に流れていく。


「自分の姿を偽る魔法なんて珍しいな。まるで詐欺をするために生まれてきたかのようだ」

「……」


 魔法と言えば、風を起こしたり、火を起こしたり、水を出したり……基本的には、エネルギーを操るものである。そのため、ティナの『姿を変える』魔法はかなり珍しい。


「しかも、一般人は所持すら禁じられている銃まで持っている。一体何者だ?」

「…………」


 ティナは、そっと男から目を逸らした。彼は、口説くような口ぶりだが、実際はただ脅しているだけである。

 ティナは、その質問に答えることはない。


「ま、いいや。じゃ、しっかり掴まってろよ」

「わ、わっ」


 とんっ、と瓦を蹴る音がする。彼は革靴のまま、屋根の上を走っていく。そして、再び大きく飛んだかと思うと、器用に別の家屋の屋根に飛び移る。


 下を見れば、街ゆく人たちがまるで小人のように見えた。


「待って。落ちる、落ちるからぁ……」

「ははっ、夜の散歩は嫌いか?」

「こんなの散歩じゃないでしょ……っ。お願い、下ろして……高いところ、怖いのよ」

「高所恐怖症なのに下を見るなんて、詐欺師さんはマゾヒストか?」


 確かに、と誘拐犯の言葉に妙に納得してしまった彼女は、ギュッと目を瞑ってみる。けれど、伝わる振動と浮遊感にさらに恐怖が増していくだけだった。


 ティナは思わず、声にならないような声で男の胸元に顔を埋めた。うう……という呻き声が、夜の街に溶けていく。


「しーっ、寝てる人間もいるんだから、静かにな」

(こ、この男は……っ!)


 ティナは、キッと目を吊り上げて彼を見上げる。

 走っているのに、息切れもしない彼の顔は、やっぱり浮世離れしていて、綺麗だった。


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