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31.乗り込みます!

 しばらく走ると、目的地である店の近くの路地裏に入った。


「君、そんな高さのある靴で良く走れるな」

「逃げ足の速さは大事なのよ。いつか指名手配されたら、検問をヒールで突っ走ってやるわ」

「ははっ、その時は王太子として全力で追いかけてやろう」


 道を進んでいくと、スーツを着た男たちがうろついているのが見える。ティナとアリスティドは息を整えて、彼らに近付いていく。

 さすが、結婚詐欺師と極悪王太子である。先ほどまで走っていたとは、微塵も感じさせないほどその顔は涼やかだ。


(カイルの話だと、この先には行けなかったのよね。見張りは増えて4人か。警戒されているのね)


 見張りの男たちは、服の上からでもわかる、鍛えられた体だ。ティナは緊張でごくりと唾を飲みこんだ。


「どうされましたか。ここから先は私有地になりますので、立ち入り禁止です」


 こちらに気が付いた男の一人が、穏やかに声をかけてきた。しかし、その目はぎらりと光っており、警戒を強くしている。


「……いや、ここらに面白いものがあると聞いたものだからな」

「面白いもの」


 きょとん、とした顔をした男にアリスティドが冷ややかに告げる。


「ああ、お前らが必死に守ってる、その先にある店だよ」

「……!」


 その言葉に、男たちの表情が変わる。

 しかし、あくまで丁寧に、というのが黒幕ミラージュからの言いつけなのだろうか。穏やかな表情のまま、男は続ける。


「手荒なことはしたくありません。お引き取りを」

「……そうか」


 アリスティドは、にこやかに頷く。一瞬、納得したようなその素振りを裏切るかのように、腰の剣を抜いた。瞬間、空気にびりびりと稲妻が走ったように緊張が張り詰める。


「じゃあ、ここでしばらく寝てもらうか」


 アリスティドのその言葉が合図だった。男たちが一斉に、アリスティドに駆けていく。しかしながら、それは無謀な戦いだった。


「ごめんな」

「……!?」


 男たちは、アリスティドによって一瞬にして切り付けられた。男たちが悲鳴を上げる暇もない。魂が抜けたかのように、バタバタと気を失って倒れ込んだ。


(カイルの睡眠薬を剣に塗ったんだわ。でもここに倒れているのは――――)


 アリスティドの周囲には、三人しか倒れていない。足音がする方をみれば、そっと逃げ出して路地裏に進んでいる男の姿がみえる。


(あの人、上司ボスに報告しようとしているんだわ!)


 ティナは、すぐにヒールで地面を蹴った。自慢の足の速さで男に追いつくと、その腕にギュッとしがみついた。


「……な、なんだお前……っ!? いつの間に!」


 男は驚いた顔をしたが、ティナの泣き顔を見た瞬間、表情が困惑したものに変わった。


「……助けてっ、私、あの人に脅されてるの」


 そう言って、倒れた男たちの持ち物を漁っているアリスティドを指さした。唇を震わせて、男のことをじっと見上げる。

 うるうるとしたルビーの瞳が、男を捉えて離さない。


「怖いの……っ」


 甘えるようなそのティナの表情に、ぐっと、男が唇を噛んだ。男は眉を下げたまま遠慮がちに口を開いた。


「そ、そうなのか……? 数日前に、ここら辺をうろうろしていた男たちの仲間なんじゃないのか?」

「違うわ! 私は、何も知らなくて……! 今日もあの男に無理矢理連れてこられただけなの! あの男は、私に暴力を振るって……母親も人質にとられてて……だからっ……助けて欲しいの」


 ティナは、ぼろぼろと涙を零す。いじらしいその様子を哀れに思ったのか、男は立ち止まってティナを庇うように立った。


「怖かったな。で、でも……なんで助けを求めたのが俺なんだ」


 ティナは、まるで一世一代の告白をするかのように、彼を見上げた。そうして、ほんのりと自然に頬を赤らめるのだ。


「だって、貴方に一目惚れしちゃったんだもん」

「…………っ!」


 男の顔が、赤く染まる。直後、頬が緩んで、でれでれとした締まりのない表情を浮かべた。


「それは、俺を恋人にしてくれるってことか? へへ、お、俺で良ければ、君を守らせてもらうし、この店で稼いだ金だってやるよ。だから――――」

(……チョロすぎ)


 ティナは、男が次の言葉を紡ぐ前に、男のわき腹に銃口を突きつけた。かちゃり、と音がしたけれど、男は自分の身に何が起こっているのか理解していないようだった。


「……貴方、女を見る目が無いわね」


 バン、と。

 無慈悲な音を立ててカイルの非殺傷弾が放たれた。至近距離で放たれたそれは、腹に蹴りを入れられた以上の衝撃が伝わっていることだろう。


「かは……っ」


 そう言いながら、男はどさりと地面に倒れ込んだ。


(や、やったぁ……)


 まだ乗り込む前だというのに、達成感で全身の力が抜けていくようだった。

 そんなティナの後ろから、その場に似合わない優雅すぎる革靴の音が聞こえてくる。


「ははっ、今のいいな。完全に悪役じゃないか」

「アリスティド」


 悪役、という言葉にティナはハッとした。いつの間にか、この極悪王太子に染まってしまったのではないかと気が付いてしまったからだ。


(最悪だわ……。本当になんでこんなことに)


 ティナの足元で気絶した男を見下ろしながら、ティナは何だか泣きたくなってきた。今までは、ジャックと二人で穏やかに結婚詐欺をしていたはずなのに。


 そこまで考えて、ティナは首を傾げた。


(思えば、別に元々結婚詐欺師だったんだから、ずっと悪役だったじゃない……。うわぁあん、もう嫌だ、私の人生!)


 銃を持ったままがっくりと項垂れているティナに、アリスティドは肩を叩いて励ます。


「さっきの狙撃といい、今の不意打ちといい……銃、上手くなったな」

「……それはどうも」


 このタイミングで褒められたってあまり嬉しくない。ティナが不本意そうな顔をしながら歩きだせば、不意にアリスティドは彼女の手首を掴んだ。

 そして、少し拗ねたような声を出しながら問いかける。


「俺には一目惚れしてくれないんだ」

「貴方のどこに一目ぼれ要素があるのか教えなさいよ」

「……顔は好き、なんだろ?」


 自白剤を飲まされた時に、口を滑らせたことを思い出し、ティナはだんだんと顔が熱くなってくる。


「そうね、顔はね。それ以外は、最低最悪極悪王太子よ!」

「ははっ」


 ティナに罵倒されても、アリスティドは愉快そうに声を上げるだけだ。本当に何を考えているのか分からない。

 アリスティドの背中を睨みながら、ティナは歩みを進めていく。


(なんかもう、この人がミラージュで良い気がする!)


 彼が歩みを止めたのに合わせて、ティナも立ち止まった。路地裏を進んだ先には、建物の間にひっそりと地下に続く階段があった。


「さあ、気合を入れろよ、愛しの婚約者。ショータイムの始まりだ」

「『愛しの』は余計よ」

「なんだ、いつもの『可愛い』は否定しないんだな」


 アリスティドに言葉を返す暇もない。階段下から、見張りが駆けあがってきたのである。


「客……じゃないよな!?」

「でも、身なりはいいぞ?」


 アリスティドは、その男たちを迷いなく蹴り落した。そして、ティナはそれに合わせて銃を抜いて、アリスティドが間に合わなかった男たちを撃っていく。

 階段に転がり落ちていくため、先ほどよりは楽である。


「な、なんなんだ、こいつら……うわっ」


 最後の男が階段の中段で気絶したのを確認して、アリスティドは満足げに頷いた。


「遊びに来てやったんだよって……もう意識は無いか」


 男の体を革靴で蹴り飛ばして階段の端に寄せる。

 これでは、どちらが悪人かわからないな、とティナは苦笑いしながら地下に歩みを進めていった。


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