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03.急襲とヒーロー(?)

 

 ティナは、満足げにお腹をさすりながら退店した。ありとあらゆる高級料理を腹に詰め込み、感無量だったのだ。


 このままベッドにダイブして、泥のように眠ることができたら幸せだろうなとぼんやり考える。


「お嬢様、食べすぎでしょ。毎回思うけど、この細い体のどこにあの料理が入ってるんですか」

「……それは、女の子の秘密」


 街は、薄暗い路地裏ですら、光魔法でほんのりと明るい。


 ジャックとティナは、二人並んで、石畳の道を歩いて帰っていく。静かな道には、かつん、かつんと足音だけが響いていた。


(……うん? なんだか妙ね)


 ティナは眉をひそめた。

 まだ、夜の9時だというのに、不自然なほど人気が無いのだ。確かに、この高級料理店は、入り組んだ路地裏にある。

 それでも、人影ひとつ見えないのはおかしい。


(そう。まるで、人を払った後かのような――──)


「お嬢様! 危ない!」


 焦ったようなジャックの声と共に、黒い影が走った。一瞬にして、ティナとジャックは前後から挟み撃ちにされる。

 敵は10人ほどだろうか。

 黒い服を纏っていて、全員ピエロを思わせる真っ白な仮面を付けていた。それが 不気味さを加速させる。


「誰なの、貴方たち……!」


 ティナは声を張って、そう言った。

 怖くて、手が震えそうだけれど、ぎゅっと握りこんだ。ここで、弱っている姿を見せれば、彼らはすぐに襲い掛かってくる。詐欺師に必要なのは、動揺していないように見せる虚勢だ。


「……答える必要はない」


 低い声が紡がれ、ティナの横を拳が横切った。その瞬間に、ティナはバッグの中から拳銃を抜いて、相手に向けた。

 その瞬間、玉のような汗が額から噴き出る。


(結婚詐欺に必要ないから、銃なんて使ったことなんてないけれど!)


 この距離ならば、銃に関してほぼ素人のティナでも確実に当てられるだろう。震える右手をトリガーにかけ、下から支えるように、左手を添えた。


(なに、迷ってるの、私! 撃たなきゃ殺される!)


 震える手で迷いながらも、トリガーを引いた。

 バン、と銃弾が放たれ、ティナは反動でよろめいて倒れそうになる。


「……嘘」


 しかしながら、体勢を立て直したティナが見たのは、仮面の男が倒れた姿ではなかった。

 弾が放たれたと同時に数歩後ろに下がった男は、仮面の下でもにやにや笑っているのが分かる。


 ――――避けたのだ、弾を。


「ティナ様、コイツらプロだ! どうする……っ!」


 ジャックの方を振り返れば、口元から血を流していた。ジャックは痛々しそうにその血を手で拭う。5人ほどの男に取り囲まれて、息も絶え絶えだった。


 ジャックには、多少の体術の心得もある。そこら辺のチンピラなんかには負けないほどの強さは持ち合わせているはず。それなのに。


(殺し屋? それとも人攫い?)


 ティナが少しだけ意識を逸らしているその一瞬が命取りだった。がばり、と頭に麻袋を被せられる。


「んん……!」


 視覚が奪われただけで、急に足元がおぼつかなくなる。

 人間というのは、情報の8割を視界から得ている、というティナが最近本で読んだ知識は正しかったらしい。


(駄目だ、力が入らない……)


 ティナはそのまま、ずるずると引きずられていく。


 魔法を使おうにも、ティナは残念ながら魔力切れを起こしている。

 そもそも彼女は、攻撃魔法なんて使えっこないのだが。


(なんて不便な魔法なの……!)


 移動している途中に、ティナの手から、銃が滑り落ちた。がしゃん、と重めの金属音が響く。それは、ティナに絶望を告げるには十分すぎる音だった。


(……地獄は、それなりに楽しいのかしら)


 目を瞑り、ティナは自身の死を悟った。もともと、死にかけたことは何度もある。

 ただ、死ぬタイミングが伸びたようなものだったのだから、ティナは怖くないはず、だった。


(なのに、こんなに震えてしまうなんてね……せめてジャックだけは……っ)


 男がティナの首に手を回しているから立っていられるものの、彼が手を離せばティナは地面に倒れ込んでしまうだろう。恐怖に支配されて、体に力が入らない。

 ティナは、何とか呼吸を整える。


 その時だった。


 ご、という鈍い音とともに、衝撃が走る。ティナの体を雁字搦めにしていた黒い男の腕が、力なく解かれた。



「――――おいおい、レディに対して手荒すぎないか?」



 言葉とともに、麻袋がはぎ取られる。


 そこには、長身の男がいた。

 センター分けのさらさらと流れるような白金にも見える金髪に、深い紺色の瞳。妙に気品があり、一度見れば忘れられない程の整った顔――先ほどの高級料理店のウエイターがにっこりと笑っていた。


 ティナを痛めつけていた仮面の男は、地面に伸びている。他の仮面の男たちは、突然現れた男に驚いて固まっていた。


 その様子を満足げに眺めた彼の外套(マント)がふわり、と風にはためく。


「はい、落し物」


 彼はティナに銃を握らせた。先ほど、彼女の手から滑り落ちたものだ。そして、腰を抜かしそうなティナを後ろからぎゅっと抱きしめるような形で、彼女の手の上から優しく自身の手を被せた。


「銃を引き抜くタイミングは、合格。でも、さっきの銃の持ち方はティー・カッピングで呼ばれている、駄目な持ち方だ。それじゃあ、素人は照準がぶれる」


 ティナはされるがままだった。そのまま後ろからぴたりと密着され、男の頭がぽすん、とティナの肩に乗せられた。

 銃を持ち直すように手の位置を調整されたあと、ふっと息がかかるように、耳元でささやかれる。


「銃を持つときはこう、分かったか?」


 彼がそう言った直後だった。

 抱きつくような恰好の男は突然、合図も無しにティナの人差し指をトリガーに押し込んだ。


「……うぇっ!?」


 バン、と弾が発射され、周囲を取り囲んでいた仮面の男たちは胸や肩を抑えて倒れ込んでいく。


(こ、こ、この人、何なの!?)


 人形のように操られたティナは、もはや手に力など入っていなかった。


 的確に、一発ずつ。でも、速い。

 全部で5発。最後の弾が打ち終わったタイミングで、辺りがシン、と静かになった。


「君が最初に外したから、ちょうど5人分の5発。命中して良かったな」


 男は、やっとティナの背中から離れた。

「上手いじゃないか」と続けられるが、的確に照準を合わせてトリガーを押し込んだのは目の前の男である。


 ティナは、呆然としながら美しい顔の男を見上げた。


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