27.違和感
ティナとアリスティドは、真っすぐ王宮に帰らず、ジャックの隠れ家にいた。二人を迎え入れたジャックは、げんなりとした顔でソファに腰掛けた。
「エリーナちゃんは?」
「家に帰しましたよ。マーチ家の使用人たちが血眼になって探していたようで……」
「そう。それは良かった」
「良くないです! なんか、すっげぇ懐かれるし……」
げんなりとした顔から更に生気が更けたような表情に変わる。ティナとアリスティドは、ジャックの向かい側のソファに腰掛けた。
「今日の報告は、カイルさんの代わりに俺が聞きます。あの人もう限界なので」
ジャックの視線を追えば、奥にあるソファには長身の男が顔に開いた本を乗せて横たわっていた。ぴくりとも動かないため、死体だと言われても信じてしまうかもしれない。
「ああ、そういえば、カイルは研究発表会があったって零してたような」
「一週間くらまともに寝てない上に夕方にエリーナの調査もしてたんで、満身創痍ですよ。何度、自暴自棄になってこの隠れ家を爆破されそうになったことか……」
死んだ目で爆弾に着火しようとするカイルの姿が目に浮かび、ティナは苦々しく笑った。
「それで、調査の結果はどうだったんですか?」
「それはそれは、楽しいデートだったぞ。まずはカフェに行って――――」
「アンタは黙っててください」
早速脱線しそうになったため、ジャックはぴしゃりとアリスティドの言葉を打ち切る。
ジャックはノートを開き、ペンを持ちながら、ティナの方を向いた。その恰好は、先日のカイルとそっくりである。
「ことの次第は、お嬢様から聞くんで。アンタが話したら『デート』のことしか喋らなさそうだし」
「よくわかってるじゃないか。忠犬ワンワン」
「そうやって人をすぐ逆なでする。お嬢様を脅して婚約者にしたくせに」
「ライバルは減らしておきたいんだよ。特に、従者ぶって無害そうなフリをする男とかな」
「え、何の話……?」
ティナは困惑しながら、二人を交互に見つめる。まるで、火花が散りそうな雰囲気だったため、慌ててティナは口を開いた。
「まず、ルシアンだけど、王都での目撃情報があったわ。深夜綺麗な女の人と一緒に歩いていたらしいのよ」
ティナは、カフェで令嬢たちが話していたことをぼんやりと思い出していた。きっとその女が、ティナが婚約破棄された原因なのだろう。
「……ってことは、ルシアンは誘拐されたわけじゃないんですかね」
「それが不思議なのよね」
本当に誘拐されたのであれば、自由に出歩けるはずもない。なのに、ルシアンはティナに会うためにどうやって外出することができたのだろうか。
(これは、今考えたところで答えは出なさそうだわ……)
ティナは、話を一旦打ち切って次の議題に移ることにした。
「そして、エリーナちゃんの両親は、失踪事件に絡んでいる可能性が大きい。商家だし、年齢も失踪者リストの人たちと近いはず」
「俺も、エリーナちゃんに何回か聞いたんですけど、『パパとママは夜中に遊びに出かけて帰ってきてない』って言うんですよ。使用人の方に聞いたら、最近生活が荒れ気味だったと教えてはくれましたけど」
「なるほど。怪しいわね」
エリーナの両親が夜中に出歩いていたところを仮面の男に攫われた可能性は十分にある。
(……でも、夜中に出歩く理由って何? 仮面の男たちから呼び出された、とか?)
ルシアンが夜中に歩いていたこととも繋がっている気がする。手が届きそうで届かないもどかしい感覚に襲われて、ティナは眉間にシワを寄せた。
「うーん……」
「忠犬、俺も喋っていいか?」
隣で小さく手を挙げたのは、アリスティドである。ジャックの返事を待たずして、彼は胸ポケットから、小さなカードを取り出した。
そのカードに描かれたピエロのイラストを見たジャックは顔色を変える。
「その仮面、俺とお嬢様が襲われた時の……」
「そうだ」
ずいとジャックの方に押し付けるようにして、アリスティドはカードを近づける。
「……何語が書いてあるんだ?」
怪訝な顔をしたジャックが、カードを見ながら目を細めた。箔押しのカードには、ティナも見たことが無い言語がかかれているのだ。
「アウレリア語だな。今は共通大陸語になって、読める人間もほとんどいないだろうが……」
ふう、と息を吐いてアリスティドは言った。
「こっちにおいで、という意味だ」
「こっちに、おいで」
ティナは繰り返す。テーブルに置かれたそれを見てみるが、いまいちピンと来ない。
「……なんかの店の会員証っぽいですけどね。こっちで場所とか分かれば調べときます」
「頼んだ」
「じゃあ、次の確認事項なんですけど――――……」
ジャックとアリスティドは、人間的な相性は悪いものの、こういう話になると淡々と会話を進めていく。
その会話を聞きながら、ティナはぼんやりと思考の海に落ちていった。今まで挙げた事項よりも、ずっと気になっていることがあったのだ。
(なんだか)
ティナは、左胸の辺りをさすった。調査の時から感じていたことだ。ずっと、小さな違和感が胸の中に引っ掛かっている。
(……あまりに、上手く行き過ぎじゃない?)
調査とは、こんなにとんとん拍子に進んでいくものなのだろうかと、ティナは不思議に思っていた。
あまりに都合よく、情報が出揃い過ぎている気がする。
(ルシアンの情報に、エリーナちゃんの両親、そして都合よく出てくる会員証)
まるで、敵がこちらの動きを知っており、操作されているかのような感覚に少しだけ気味の悪さを覚える。
(もしかして、すでにミラージュは私たちの前に姿を現していて、こちらの動きを察知している……?)
そうなれば、必然的に近くにいる人間が犯人である可能性が高まる。ざわざわと胸が波立っていくのを感じる。
(カイル? それともジャック? それとも……)
ふと思い出したのは、自分の初恋の元婚約者のことだ。
ティナの家も家族も……全てを奪った彼も、凄まじい魔法の才能があった。記憶が曖昧で、顔も名前も何も思い出すことができない。
けれど。覚えていることもある。
(――――金髪で綺麗な顔の、男だった)
「ティナ? ……大丈夫か?」
影が落ちたような顔をしたティナを覗き込んできたのは、アウレリア王国の王太子である。何度見ても、美しい顔だ。ティナの視界で綺麗な金髪が揺れる。
(まさか)
その顔を見た瞬間、ティナは目を見張った。ぱちぱちと瞬きをしながら、一抹の考えがよぎる。
(……アリスティドが、黒幕なんてこと)
記憶が曖昧になっているせいで、全てを思い出すことができないのがもどかしい。
しかし、そう考えれば辻褄は合う。あの日、ティナを攫ったのも、『悪役になろう』と言ったのも。全てティナの素性も知っているのだとしたら。
少しだけ乱れた呼吸を整える。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと考え事をしていたの」
「全く、あまり考えすぎて知恵熱を出すなよ」
ティナは、隣の男のことをじっと見つめる。どの角度から見ても、美しさが変わらないのは流石としか言いようがない。
(この男が、仮に黒幕であるミラージュだったとして、目的は何?)
ティナは、唇を噛みながら彼のことをじっと睨むように見つめた。
「じゃあ、三日後までに調査よろしくな」
「おい、勝手に期日を決めるなよ。お嬢様も何か言ってくださいよ!」
「あ、あぁ、そうね」
ジャックに呼びかけられたことで、ティナは、ハッと脳内から意識を戻した。目の前には、ぷんすかと怒った顔をしたジャックがいる。
「お嬢様、聞いてました?」
「聞いてたわよ。アリスティドがまた無茶言ってるんでしょう?」
「それなら、二日後の方がいいか?」
なぜそこで期日が短くなるのだ、とツッコミを入れようとしたティナより早く、ガラガラとした声が響いた。
「また、無茶言ってる。また俺の仕事が増える……」
それは、奥のソファから届いたものである。どうやら、カイルの寝言らしい。彼は寝ころんだまま、爆弾を取り出すと、魔法で点火させようとする。
「ああっ、カイルさん!? 落ち着いて、無意識に導火線に火を付けないで!」
ジャックが立ち上がり、カイルを押さえつける。その様子を見ながら、ティナは晴れない感情を整理し続けていた。




