26. 襲われる
「ちょっと、アリスってば、待ちなさいって……」
店を小走りで出たティナは、黒い背中を追いかけた。ティナだって走るのは、そこそこ速いはずなのに、アリスティドはそれ以上の速さで歩いている。
物理法則がおかしいとしか思えない。
(なんで意識を失った男を引きずってるのに、あんなに足が速いわけ!?)
ティナがいい加減追うのを諦めようかと思った時、アリスティドが立ち止まった。
「うわっ、急に止まらないで……、よ」
息を切らしたティナが顔を上げると、そこは袋小路になっており――――アリスティドの前にはチンピラの集団がいた。
彼らの手には、鉄パイプのようなものが握られており、カンカン、と地面に打ち付け威嚇されている。
思わずティナも声にならない声を上げる。
「わざわざ迷い込んでくれて助かるぜ」
「おいおい、ちょっと困るよ。お兄さんたち。それはズルいだろう。道具を使うのはナシだろ?」
「……兄貴がやられたら、なんとしてもやり返さねえとな」
「はは、その忠誠心は悪くない」
アリスティドはカーディガンを脱いで、シャツとベストだけになった。シャツの袖を捲り上げながら、目を伏せる。
「じゃあ、こっちも人数を増やさせてもらうぞ」
「!」
その言葉にティナは、ほうと息を吐いて安堵した。
(……やっぱり、アリスのことだから、部下を張り込ませてたのね。さすがだわ)
さすがに、アリスティドも考え無しではなかったのだ。よく考えればそうだ。そもそも、一国の王太子と結婚詐欺師の二人で、下町に繰り出すこと自体が危険極まりないのだから。
ティナが感心していると、アリティドから、ぽいっと少しくすんだ茶色の物体が放り投げられる。反射的にティナがキャッチしてみれば、それが銃であることがわかった。
(え、銃……?)
思わず、ティナはアリティドの方を見た。
「えっ」
「この子も参加させてもらう」
「はぁっ!? ……ちょっと待ちなさいよ。人数を増やすって」
焦ったようなティナの声に、あっけらかんとアリスティドは答える。
「君のことだが?」
銃を持ったティナを、チンピラたちはぎろりと睨みつけてくる。完全にティナは敵認定されてしまったらしい。
(部下を張り込ませてたわけじゃなかった! やっぱり何も考えてなかったわ! もう嫌だ、この男!)
相手の人数と戦力を考えると、明らかに釣り合っていない。ティナは銃を握りしめながら叫んだ。
「ふざけないでよ! 私、銃なんて!」
「中に入ってるのは、カイルの作った非殺傷弾だ。どこに当たっても死なない。好きに撃て」
「いやいやいや、そういう問題じゃないわよ!」
敵の数はざっと十人ほどである。こんなの敵いっこないだろう。ティナは今すぐ白目をむいて気絶してしまいたかった。
「さっきから、ぎゃーぎゃーうっせぇな!」
しかしながら、ティナの抗議の声も虚しく、チンピラたちが駆け出してくる。ティナは、おろおろしながら、数歩後ろに下がった。
(この馬鹿王太子! 一緒にいたら、命がいくつあっても足りないわ!)
アリスティドは、ティナの動揺も知ってか知らずか、飄々とした調子で腰元の剣を抜いた。そして、ふわりと宙に浮くと、舞踏をするかのようにくるりと一回転した。
(っ!? ……きれい)
それは、人を殺めるための動きであるはずなのに、軽やかであまりに優雅なものだった。アリスティドの金色の髪が月の光を反射してきらきらと輝く。
「ぐ……っ、なんだ、この男」
「バケモンかよ……」
勝負は一瞬だった。
鉄パイプなんて、アリスティドにとっては、ハンデにすらなっていなかったのだ。アリスティドを囲んだ男たちは、もれなく、ばたばたと倒れていく。
「おいおい、よそ見したら危ないぞ。これは『課外授業』だ」
「……わかってる」
その言葉に、ティナは気合を入れ直すように銃を握った。始まってしまった戦闘は仕方ない。アリスティドに文句を言う暇があるなら、チンピラの1人でも倒した方がよっぽど有意義である。
(そうだ、私だって戦わないと。私は、世界で一番の詐欺師、そうでしょう?)
ヒールの踵を地面にめり込ませる勢いで立つと、銃を構えた。かちゃり、手元から音がする。ティナは、アリスティドの言葉を思い出していく。
(銃の握り方は、右手の上に軽く左手を重ねる。そして、銃は地面と平行にして――――)
ティナは、トリガーに人差し指をかけ、走ってきた男の肩に向かって発砲した。
「ぐへっ」
男は、銃弾をくらい、そのまま地面に倒れ込んだ。肩が脱臼したらしい。カラン、と鉄パイプが転がり落ちる音が聞こえる。
(よしっ)
けれど、銃を撃ち終わったティナは、反動でよろめきそうになってしまう。やはり、実戦と練習は全く違う。
(気を取り直して、もう一発よ)
その後ろの男の方に照準を合わせて、ティナは引き金を引いた。見事に胸元に命中し、男は地面に跪いた。
「……うわっ」
「こっちの女の方も、やべぇ……」
(殺して無いとはいえ、なんだか銃で撃っておいて素直に喜ぶ気にはなれないわね……)
ティナが苦々しい顔をしている横から、アリスティドが飛び出してくる。そして、まだ意識のあった男たちの体を蹴り飛ばして、的確に気絶させていった。
「上手いじゃないか。あの下手くそ銃撃から見れば、目覚ましい成長だ」
「………あのね」
靴についた血を拭いながらにっこりと笑う男を見て、ティナは頭が痛くなってきた。
どこから、怒ってやろうかとぐるぐる考えていると、アリスティドは男たちのポケットを漁り出した。
彼が手に持っているのは、財布である。
「ちょっと、財布あさってどうするのよ」
「え、駄目なのか」
「いやいやいや、財布からお金抜くのは駄目でしょう」
「…………君の倫理観について、小一時間かけて教えて欲しいね、詐欺師様」
彼はごそごそと財布を漁っていたが、ふとその手が止まった。何かを見つめて目の色がぎらりと変わった。
「お……怪しいカード発見」
ティナに向かって差し出されたのは、グネグネした文字で書かれた何かの会員証だった。黒い艶消しの硬いカードに金の箔押しがされている。そして、その横には。
(あっ、ピエロの仮面!)
ティナを攫った時の男たちが付けていた仮面と全く同じイラストが描かれているではないか。
アリスティドは、そのカードを手に入れると、ゴミのように財布をぽいと投げ捨てる。
「俺たちの方に風が向いている。そう思わないか、可愛い婚約者様」
パチンとカードを弾いた時、闇夜のような目が、さらに怪しく光を増した気がした。




