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20.元婚約者が行方不明

 


「ルシアンは、しばらく領地に帰ってなくて、捜索願が出されていたんだ。だから、俺は、調査のために、婚約者のルイーズ嬢の後を付けていた」


 アリスティドは、種明かしをするように、妙に明るい声で話す。


(も、もしかして、アリスティドが私を攫ったのって……)


 思い返せば、アリスティドがレストランのウエイターとして潜入していたのもおかしな話だ。ずっと前から、アリスティドはルシアンを追っていて、ティナのことをつけていたのである。


「あのレストランで君を見つけたのは、もちろん偶然じゃない。ルイーズがこの貴族失踪事件に絡んでいると思われたからだ……いや、まさか全く関係のない結婚詐欺師だとは夢にも思わなかったけど」


 ふっ、と笑いながら告げられた真実にティナは頭を抱えたくなった。まさか、自分の行動が全てアリスティドに筒抜けだとは思わなかったからだ。


「じゃあ、ルシアンが最後に会ったのは……」

「そう、君が最後。というか、君と婚約破棄の手続きをしていた時は、すでにルシアンは行方不明だったわけだけど。君と会った後は、再び消息不明だ」


 そう考えると不可解な点が残る。

 ティナは頭に人差し指を当てて、考え込んだ。


(ルシアンは、どこかに監禁されていたわけじゃないってこと? 少なくとも、ルイーズに会いに来られるほどには、彼は自由の身だったってことでしょ?)


 ティナは、ますます分からなくなる。ティナが襲われた仮面の男たちは、育ちのいい子女を監禁し、高値で奴隷として売り払っているわけではないのだろうか。


(というか、それなら、令嬢ばかり狙うはずよね。なんで、男性も狙うのかしら……)


 一覧表を見てみるけれども、社会的地位があることくらいしか共通点が無い。身代金目当てにしては、こそこそしすぎているし、ティナはますます頭が痛くなってくる。


「ルシアン・ド・モンフォールは何か言っていたか?」

「――ルシアンは、別の女性のことが好きになった、とそう言ってたけれど」

「浮気性な男だったのか?」

「……いえ、どちらかというと気が弱くて、派手好きのモンフォール男爵家の人間ぽく無かったわ」

「お嬢様の言う通りです。婚約破棄は、ちょっと意外でしたね」


 ジャックもまた付け加える。

 ルシアンは、容姿は良かったが、気が弱く浮気をするような男には見えなかった。だからこそ、ティナもルイーズという幸が薄い令嬢を演じたわけなのだが。


「彼が婚約破棄してきたことが、彼の失踪と関係があるってこと?」

「まあ、十中八九そうだろうな」


 アリスティドは、自分の横にあった砂糖の瓶をかぱりと開ける。そして、底に残っていた砂糖をサラサラとティーカップに流し入れた。


「……とりあえず、手掛かりが多そうなルシアン周辺から調査を進めて、崩していくのが良さそうだな」


 アリスティドがそう言ったことで、方針が決まった。彼は一旦話を打ち切ると、カイルの持ってきた資料を片手に、行儀悪くもソファに寝転がった。長い脚がソファの縁からはみ出している。


「じゃあさっそくだけど、ティナちゃん、ルシアンの趣味とか、よく行っていた場所とか分かる?」


 正面に座っているカイルは、ティナの方を向くと、ノートを片手に質問を投げかけてきた。


「一覧にしてまとめてるわ。あと日付ごとの発言記録簿も」


 ティナは仕事用バッグから、一冊のノートを取り出した。そこには、ルシアンのプロフィールから、彼の発言までびっしりと綴られている。


「わあ、さすが、結婚詐欺師。助かるよ……! アリスったら、適当に聞きかじっただけの噂だけでヒトのこと動かすんだから、ちょっとは見習って欲しいものだね」

「なんか言ったか?」


 アリスティドは、カイルの持ってきた資料を読み漁っており集中していたらしい。カイルは、やれやれと首を振るとティナのノートを受け取った。


「じゃあ、これを纏めて洗い出して、調査しやすいように地図に落としておくよ」

「仕事が早くて助かるわ」


 アリスティドにも言えることだが、こちらが何か言う前に察して動くことのできる人間というのは貴重だ。

 ティナも自分の頭の回転は悪くないとは思っているが、アリスティドやカイルよりは劣るだろうなと苦々しい気持ちになる。


(これからは一層気を引き締めて勉強を進めなきゃ……)


 きっとルシアンの動向を追っていくにあたって頭を使うことが増えるはずだ。ティナは、考えすぎるとすぐに知恵熱を出してしまうため、あらかじめ沢山の知識を頭に入れておかなければならない。


「ま、という訳で、ティナは俺と一緒に現地調査と潜入調査。従者の忠犬君は、カイルと一緒に事前準備に当たってくれ」


 資料に目を落としながらも、会話は聞いていたらしい。アリスティドは、資料を捲る手を止めることなく、そう呟いた。

 その言葉に、反発したのはジャックである。


「はぁ!? なんで、アンタがお嬢様と一緒に調査担当なんだよ」

「折れた骨も治っていない男に、調査を任せるわけにはいかないからな」

「…………」


 至極正論を突きつけられ、ジャックはぐっと黙り込んだ。

「それに」とアリスティドは言って、隣にいるティナを見つめる。


「俺と婚約者とのデートを邪魔してもらっては困る」

「……調査をデートだなんて言わないでよ」


 呆れたように、ティナは溜息をついた。

 アリスティドの向かいに座っているジャックは怒り収まらぬ様子で、自分の赤髪をくしゃくしゃとかきむしった。


「お嬢様、事前準備なんて、そんなつまらないことよりも、俺に調査をさせてくださ――――」


 ジャックが言い終わる前だった。ティナはギロリとジャックを睨んだ。ジャックはたった今、結婚詐欺師ティナの地雷を踏みぬいてしまったのだ。


「そんなことって何!?」


 ティナはバン、と机を叩いて立ち上がった。

 その場にいた全員が唐突な出来事に、ぴしりと固まる。アリスティドも資料を捲る手を止め、目をぱちぱちとさせ、隣のティナを見上げていた。


 彼女のルビーのような瞳が、キッと吊り上げられる。


「事前準備を舐めないで! ……詐欺の8割は準備って教えたはずだけど」

「はい」

「舐めてもらっちゃ困るわよ! 籍の乗っ取りも、身分証偽造も、張り込み調査も、台本作成も、全部大事なことって教えたでしょう!?」

「いや、はい、本当にその通りですお嬢様」


 しゅんとジャックが俯く。まるで、主人から怒られて耳の垂れてしまった犬である。その様子を見ていたアリスティドは肩を震わせていた。


「くくっ……あはは……っ。詐欺の説教とは、これまたありがたい……くくっ」


 アリスティドは、何かがツボに入ったらしく笑い続けている。何が面白いのか一切分からないが、今度アリスティドにも、ありがたい詐欺の心得でも授けてやろうか、とティナは思う。


「大事なことなのよ。結婚詐欺をするうえでは、事前準備って!」

「ははっ、いや、やっぱり、最高だな君は」


(なんでそんなに笑ってるのよ!)


 ティナが呆れたように息をつく向かいでは、カイルは机に散らばった資料をかき集めていた。ほとんどはアリスティドが散らかしたものである。


「とりあえず、僕は、細かいリストアップと噂の聞き込みに行ってみるよ。ジャックくん、一緒に頑張ろうね」


 しょげたジャックを励ますようにカイルが声をかける。ジャックは、少し嬉しそうに顔を上げて、カイルを見つめた。


(そうだ、ジャックはお兄さんが欲しいって昔、言ってたもんなぁ)


 昔から頑張り屋で、同い年ながらティナのことを姉のように慕っていたジャックだ。カイルという頼れる人間を見つけて嬉しいのだろう。


 その様子を見ていたティナは、少し微笑ましい気分になったが、その空気をぶち破るように、アリスティドは、ぶっきらぼうに言い放つ。


「カイル、ルシアンの調査場所リスト、出来たらすぐに持ってこいよ」

「……………はは」


 カイルは白衣を着直しながら、遠い目をした。

 願わくば、彼が爆弾を投げるような事態にならないようにティナも最善を尽くそうと誓うのだった。


 ◇


 アリスティドは、カイルを送るために離宮の廊下を歩いていた。主城とは違い、使用人の数も少なく、昼下がりのこの時間はほぼ人通りもない。


「はい。アリス、頼まれてたやつ」

「どーも」


 カイルから受け取った紙を見る。『調査報告書』という表題の横には、婚約者候補となったばかりのティナ・カラディスの名前があった。


「彼女、本当にアズーラの公爵令嬢だったよ」

「怪しいところは?」

「全く無し」


 アリスティドは、溜息をついた。

 カイルの調査能力は、アウレリアで一番だと言っても過言ではない。にもかかわらず、ティナは尻尾の一つさえ見せる様子もない。


(公爵令嬢から結婚詐欺師になった女。しかも、見た目を変えられる変な魔法を使うときた。……一体、何者なんだ、君は)


 アリスティドは、おもちゃを与えられた子どものように楽し気に笑い声を上げた。



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