02.華がありすぎる男
隣国アズーラの公爵令嬢であったが、訳あって出て行ってからはや5年。
ティナは、自分の姿を偽ることのできる固有魔法を用い、結婚詐欺師として、ここアウレリア王国を点々としては大金を巻き上げていた。
(私も、もう19歳。長いことやってるけど、結婚詐欺は疲れるわね……)
ティナは、ぱくりとステーキを口に入れた。
結婚詐欺は意外と面倒である。まずは偽の身分を用意し、周りを信じ込ませるところからはじまる。ターゲットに出会う前からすでに詐欺ははじまっているのだ。
今回も、他の結婚詐欺と並行しながら1年近くの時間を費やした。
「そうですか? ルイーズやってるお嬢様、結構ノリノリでしたけどね。特に、あの最後のアドリブで泣いたところ!」
『せっかく貴方と出会って婚約ができた。それなのに……っ』と裏声でからかうのは、ティナの従者であるジャックである。彼とティナはそれなりに長い付き合いだ。
赤い髪に、少しくすんだ緑色の瞳。目はくりくりと丸く、男子にしては、可愛らしい顔立ちである。そのため、女装が良く似合う。今回は弁護人のモローを演じていたが。
「ああいう気の弱い男は、泣き落としで罪悪感をくすぐるのが大事よ」
「うわぁ……悪魔だぁ」
ジャックは、若干引いたような顔をしながら、フカヒレを一口食べる。彼は、フカヒレを初めて食べたのか、その美味しさに驚いて目を見開いていた。
「うまっ」
「そうでしょう? 今日は、いっぱい食べていいからね」
「ご馳走様です!」
ぱくぱくと料理を口に入れていくジャックを見ながら、ティナは元婚約者ルシアンのことを思い返してみる。
ルシアンは、気の弱い、結婚詐欺にうってつけの男だった。ルイーズにベタ惚れで、いつ金をせびってやろうかと思っていたの……だが。
(今日はいつもと雰囲気が違った……やっぱり、恋をすると、『ああ』なるのかしら)
ティナは、少し憂鬱な気持ちを押し殺し、明るい声でジャックに話しかける。
「いやぁ、結婚詐欺専門だったけど、婚約破棄詐欺も良いわね」
「今回みたいに上手いこといくのはレアケースだと思いますけどね」
「そうねぇ」
そう。今回のターゲットであった男爵令息、ルシアンはいつもとはわけが違う。
普段は、結婚をするにあたり、『金が必要になった』と詐欺を行うティナであるが、今回は想定外の事態が起こったのだ。
――まさかのルシアンが浮気をした。
そしてなんと、彼から、婚約破棄を突きつけてきたのだ。そのおかげで、普段の相場の2倍ほど儲けることができたのだが。
(幸が薄そうだけど、ルイーズも悪い女じゃなかったと思うんだけどね!)
別の女が選ばれた、というのは結婚詐欺師としては、悔しいものである。ぜひ、ルシアンを奪った女の顔を拝んでみたいものだ。
「ま、モンフォール男爵家は、グレーなことばっかしてて被害者も多数ですから。ここらで痛い目を見せておいた方がいいですよ。今回も、がっちり、ですね!」
「ま、そうよね〜!」
ティナは、スパークリングワインをぐっと飲み干した。
モンフォール男爵家は、他家を騙すような真似をしながら成り上がった新興貴族だ。モンフォールのせいで、借金まみれになった家も多数あると聞く。
(よって罪悪感、なし!)
彼女だって、詐欺に引っかける相手くらい選んでいる。善良な貴族や商人から金を巻き上げる趣味は無い。後味が悪くなるような詐欺は御免だからである。
ティナは、先ほど小切手から引き換えてきたばかりの現金をジャックの前に置いた。じゃらじゃらっと金貨がテーブルに積み上がる。
「じゃあ、ジャック、これ今回の報酬ね」
「えっ、俺の取り分多くないですか」
ジャックは金貨を押し戻すようにするが、ティナは首を横に振る。
「今回のジャックの弁護人役、ばっちりだったもの」
「あれ、お嬢様が書いた台本でしょう?」
「いいの!」
少し大きな声で言い切れば、ジャックは黙り込んだ。そして、追い打ちをかけるように続ける。
「リリーちゃんの具合、良くないんでしょ?」
ジャックには、幼い妹がいた。
生まれつき病弱だった彼の妹は、ずっと入院している。魔法薬学を用いた最新の医療を受けさせるためには、お金がかかる。
彼が結婚詐欺に協力してくれるのも、すべては妹のためである。ティナは、それを利用しているようで少々引け目を感じていた。
「そうは言っても、毎月頂いている俺の給料だけで何とかなりますし……そもそも、俺は魔法使えないから、生活だってお嬢様に頼りっぱなしなのに……」
「言い訳になって無いわよ」
ここアウレリア王国では魔法を使える人間の方が珍しいくらいだ。そのため、生活に必要な施設や備品は一般の人間に合わせて作られている。
それに、ティナの魔法なんて、実際のところ詐欺くらいでしか役に立っていない。
「ジャック、他人の好意は素直に受け取るべきよ」
「……ありがとうございます」
「こんな汚いお金で申し訳ないけれどね」
ちょうどその時、店員がやってきた。黒いベストをきっちりと着こなしたウエイターである。
ちなみに、ここはマフィア等も良く使う裏社会では有名な店で、ティナが『後ろ暗いことをしている』というのは、暗黙の了解になっていた。
ティナは、やってきた顔見知りの店員に、いつものように袋を押し付けた。
「このお金は、いつも通り例の孤児院に寄付しておいて。10パーセントはこの店の取り分で」
「はい、よしなに」
店員は、何も言わずに頭を下げる。
「お嬢様、こんなに稼いでるのに、自分のために贅沢しようとは思わないんですか?」
「今、高級料理を食べてるじゃない」
「いや、今日だけでしょ。普段は質素なものしか食べないくせに」
ジャックはそう言って不満げな顔をするものの、ティナは別に物欲は無いのである。ドレスも宝石も、綺麗な花束も、買う必要はないのだ。
店員は袋の中身を確認して、微笑んだ。
「孤児院の子ども達が喜んでいたそうです。ボロボロだった施設も先日建て替わったとか」
「……そう」
「これも、全てティナ様のおかげです」
「感謝されるようなことは何もしていないわ」
(……私がやってるのはただの詐欺だもの)
寄付と言えば聞こえはいいかもしれないが、結局この金は、犯罪で得たものである。ティナは自分自身の行いを肯定しているが、他人からは認められる必要は無いと思っている。
蔑まれることはあってもいいが、感謝される筋合いはない。
「それでは、失礼いたします」
店員は、それ以上雑談することも無く、一礼してその場を去っていく。
そして、先ほどの店員と入れ替わりで、別のウエイターがやってくる。
(わっ、なんか妙に華やかすぎるウエイターね)
現れたのは、金髪に深い藍色の目の、妙に華やかな男だった。
先ほどの店員と制服は同じはずなのに、まるでブランド物の一流品を身に着けているかのように見える。
劇団のトップ俳優と言われても納得するその容姿に、ティナは目が奪われた。
「失礼いたします。ロブスターの丸焼きでございます」
「わぁー! 美味しそう!」
ティナの目の前にまるまるとしたロブスターが差し出された。ふわりと香ってくるバターとハーブの香りに、ティナは思わず両手を顔の前で合わせた。
ちょうど食べたいと思っていたところなのだ。
しかし、ティナの視線は、ウエイターに注がれている。
「貴方、初めて見る顔ね」
「ええ、先週入ったばかりの新人でして。ティナ様のことはかねがね。どうぞお手柔らかに」
男はそう言って目を細めた。
「あら、でも残念。私、もう少ししたら王都を発つのよ」
「それは、残念です。もし、ご縁があればなにとぞ」
店員は礼をする。隠しているつもりだろうが、その礼ひとつとっても、妙に高貴な雰囲気が漂っている。
(なんだろう、変な感じがする。詐欺師の勘かしら)
ティナは、少し声色を低く落として、退出しようとする彼に尋ねてみる。
「貴方――実は、どこかの貴族だったりしない?」
一瞬、彼の眉が動いた気がした。ティナは表情を変えずに彼のことを見つめ続ける。だが、彼は至って真面目な表情のまま、答えた。
「まさか。私は、貧乏家庭で育ちましたから」
「ふふっ、冗談よ」
「これはこれは、失礼いたしました」
丁寧な一礼と共に、パタン、と扉が閉まる。
「もう、逆ナンとか辞めてくださいね。お嬢様は、金髪の顔のいい男に弱いんですから。結婚詐欺の相手も、なぜか全員金髪だし。これお嬢様の好みですよね! 完全に!」
「そう、ねぇ……」
「聞いてますか!?」
「…………」
ジャックが説教を続けているけれど、ティナは怪訝な表情で、ただ彼の出ていった方向を見つめるのだった。
◇
扉の向こう側で、金髪の男は深い息を吐きながら、首元の蝶ネクタイのボタンをぱちん、と外す。
「……雰囲気は隠していたはずなんだがな。やっぱり、この整った顔か? 恰好良すぎるのも考えものだな」
男は、自分の顔を触りながらくくく、と楽し気に喉を鳴らした。
「何にせよ、絶対に欲しいな。……ティナ・カラディス」
男は、ぽい、と蝶ネクタイを廊下に投げ捨てて、歩き出した。