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18.従者との再会

 


「お、お、お嬢様ぁ……っ」


 いつものツンケンした態度からは想像できないほど、彼の体は小刻みに震えている。そして、よろよろと一歩前に出た。

 どうして、という言葉は言葉にならず、吐息になって口から抜けていった。


「お、お嬢様、生きてたんですね……っ!」

「ジャック!」


 ティナは、思わずジャックに駆け寄る。


(ジャックは、リリーちゃんのところに逃げたはずじゃ……もしかして、途中で捕まえられたの!? まさか、アリスティドが?)


 ほんの数秒の間に、色々な可能性が頭の中を駆け巡る。混乱しているティナを見て、ジャックの隣にいた、紫髪の美人が声を上げた。


「ジャックくん、王城の前で困ってたから連れてきたんだよ。入城許可も無いのに、果敢に入ろうとしてて健気だったね」

「そ、そうだったのね……」


 ティナは眉を下げて、ジャックを見つめる。

 擦り傷は良くなっているが、さすがに骨折は治っていないだろう。歩くのも辛いだろうに、なぜこんなところにいるのか問いただしたくなってくる。


「怪我は大丈夫なの? ……リリーちゃんは?」

「手紙を送ってきました。もう少し、王都に滞在するって。あ、お嬢様のお金は使ってないですからね」

「どうして……っ」

「そんなの、お嬢様のことが心配だからに決まってるでしょう!」


 ジャックは、ぱっちりしたその目を吊り上げた。


「なんですか、俺だけ逃がして自分を犠牲にするようなあのやり方! あの後、ずっと夢見が悪かったんですからね」

「ご、ごめんね……」


 ティナは、先日アリスティドにかけた自分の言葉を思い出して、胸が痛くなった。


(自分を犠牲にするな、なんて偉そうにアリスにお説教しておいて、自分も同じことしてたんだもの……誰かさんの言う通り……)


『それは、昨日、従者を逃がした時の君も同じじゃないのか』という言葉が、チクチクと時間差で胸に刺さってくる。ふと、その『誰かさん』の方を見れば、優雅に脚を組んだままティーカップを持ちあげていた。


 闇夜のような瞳が、からかうように細められる。


「まあ、大丈夫だ、忠犬。今度からは、俺が責任を持ってティナを守るから」

「……は、何だアンタ、お嬢様を脅しといて」

「ジャック……! さすがに不敬が過ぎるわ」


 ギロリ、とアリスティドを睨むジャックを宥めるように手を添える。仮にも王太子に対して、その言葉遣いはないだろう。


「別に俺はこの国の人間じゃないから、コイツを敬う義理なんてないんで。というか、お嬢様だって、王太子コイツにため口じゃないですか!」

「………………それは、いいのよ」


 しかし、そんなジャックのことを面白い玩具を見つけた子どものような目で眺めるのはアリスティドである。


「残念だったな、忠犬ワンワン。ティナは、俺の婚約者になった」

「……は?」


 今まで、ティナが聞いてきたジャックのどんな声よりも低い声だった。しばらくの間、重い空気を纏ったジャックは、はっと我に返ると、噴出した。


「いやいや、さすがに冗談か。しょうもない嘘つくのやめろよな、なあ、お嬢様」

「…………」


 ティナは、何も言わずにジャックから目を逸らした。目を合わせられるはずもない。唇を噛み、白々しい態度を貫く。


「……お嬢様?」

「……」


 そっと、アリスティドの方に歩み寄る。ジャックから怒られても、盾になってくれそうだからである。


「ジャック」

「はい?」

「ごめんね、本当なの……私、アリスティドの婚約者になったの……」


 消え入りそうな声でそう言ったその瞬間、ジャックの顔色がガラリと変わる。


「お嬢様!? やっぱり顔ですか! ……ああっ、だから、絶対に金髪の顔のいい男には騙されるなと忠告してきたのに……よりにもよって、こんなのと!」

「おい、こんなのとは何だ。俺の顔は、この国でもトップレベルの美形だろ?」

「顔の話じゃねぇよ、中身の話だ」

「人間は外見が9割の印象を決めるというのは、研究で立証されてる」

「アンタの印象は最悪だよ、会った時からな! その貴重な1割なんだよ、アンタは!」


 ぎゃあぎゃあと、子どもっぽい言い争いが始まり、ティナは慌てて間に入ろうとする。これが子どもであれば、微笑ましく見守れたのだろうが、二人とも御年19歳である。


(詐欺師助手と極悪王太子……いやいや、絶対止めなきゃ! さすがに死人が出るってば!)


 ティナは、必死に二人に声をかけるが、一向に聞く耳を持たない。いい加減、聞き分けの無い二人にティナもイライラしてくる。


「ちょっと、大人げなさすぎるわよ!」

「いやいや、これ、お嬢様のことでしょうが!」

「……ふふっ、楽しくなってきたな」

「何がよ!」


 ティナが加わり、一層騒がしくなった客間は落ち着く気配はない。ああだ、こうだ、と話が逸れていく。


 その時だった。

 唐突に、バン、と何かが爆発するような音が聞こえた。

 振り返れば、美しい顔の青年が導火線に火のついた爆弾を窓の外に投げていた。爆弾は空中で、バン、と音を立てて爆発し、塵と焦げ臭い匂いが部屋の中に流れてくる。


「とりあえず……皆、座って一旦落ち着こうか」


 爽やかな笑顔を向けられ、ティナたちは凍り付いたように固まった。


(いやいやいや物騒物騒物騒……っ!)


 極悪王太子の仲間が、真っ当なはずが無かったとティナは思い至る。

 しかしながら、そう言った紫髪の青年のおかげで、全員正気に戻ったのだった。



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