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16.訓練という名の

 

「角度、あと5度上げて、上げすぎ。そう、地面と平行に」

「アリス、腕が痛くなってきたんだけど……」

「この可愛い婚約者はすぐに弱音を吐くな。そんなんじゃ、一生銃撃は上手くならないぞ」


 皮肉を言いつつも、「休憩にしよう」とアリスティドは声を上げた。ティナは、やっと銃を下ろして、木陰に座り込んだ。痛む二の腕をさすりながら、ティナは目の前に咲いている花々を見つめた。


 彼らがいるのは、離宮の横にある人目に付かない小さな庭園である。


 ティナがアリスティドに攫われてから、一週間が経った。

 アリスティドは、宣言通りにティナの教育係となり、毎日『悪役』に必要な知識をこれでもかと詰め込んでくる。


 特に、銃の訓練は奥が深い。持ち方ひとつで安定性が全く変わるし、いつ引き金を引くのかで相手に負わせる怪我も変わってくる。


(アウレリア王国は、魔力のある人間がほとんどいないから、戦いは銃か剣だもんね。さすがに剣は、専門的に訓練しないと上達しないから、銃という文明の利器に頼らせてもらうけれど)


 それでもやっぱり難しい。動かない的に当てることができても、生きている人間を相手にするとまた違うのだろうなと思いながら、ティナは手元の銃に視線を落とす。


「君は攻撃魔法が使えないんだろ? ……変身魔法なんて変わった魔法が使えるのにな」

「不便な魔法でしょ?」

「まあ、魔法も万能じゃない。俺だって魔法は使えるけど、魔力を消耗して疲れ果てたら本末転倒だからな。だから、俺も基本的に魔法は使わない」


 魔法は魔力というエネルギーを変換して放出しているだけである。火や水に変化させれば、その分大幅に魔力が減り、その回復には時間がかかる。


「それに、俺が魔法を使うまでの事態に発展したことなんてないし」

(いつの間にか、自分の話にすり替えたわ、この人……)


 自由奔放というか、傍若無人というか。けれど、それは、彼の強さと経験に裏打ちされたものではあるとは思う。現に、このティナ用に組まれたカリキュラムも実用的で大変役に立っている。


(勉強にはなるし、アリスが公務の間を縫って時間を割いてくれてありがたい。だけど……)


 ティナには、困った悩みが一つあった。


「本当は火薬も詰めた方が良いんだけどな。重さが変わるから」

「火薬詰めるなら、射撃場に行かなきゃ。さすがに王宮内で発砲はまずいでしょ」

「そうだな」


 ティナの手から、銃が取り上げられる。

 そのまま流れるように、ティナの横に引っ付いて、アリスティドは座った。彼の左肩とティナの右肩はぴったりとくっついている。


「アリス、近くない?」

「そうかな。婚約者ならこれくらいの距離感が普通だろ?……誰がどこで見ているかわからない、違う?」

「…………」


 ティナの悩みはこの距離感である。

 婚約者候補という立場になってからというもの、アリスティドの距離が、異常なほど近いのだ。というか日に日に近くなっていっている気がする。


(人との距離感どうなってんのよ。パーソナルスペースってものがないのかしら!)


 密着しているがゆえに、彼の息遣いも、鼓動も全て聞こえてくる気がする。彼の甘くもスパイシーな香水がティナの気持ちをくらくらとさせた。


(まるで、結婚詐欺に掛けられている側の気持ちだわ。勘違いしそうになってしまう)


 当然、アリスティドには、ティナに向ける感情なんてない。どうせ結婚詐欺師をからかって遊んでいるだけなのだ。


 とはいえ、一週間で彼とはずいぶん打ち解けたように思う。


(そうそう、この前だって衝撃の事実をさらっと教えてくれたんだから)


 あれは数日前だっただろうか。甘さ殺人級のミルクティーを飲みながら、アリスティドは口を開いた。


『そういや、護衛官のダイナは、兄貴の元側近だ』

『……えっ』


 さらりと告げられた衝撃の事実に、ティナはフォークに刺したベーコンが転がり落ちた。まさか、自ら兄の話をしてくるとは思わなかったのである。

 しかし、ティナの動揺を気に留めることもなくアリスティドは、優雅な顔をしたまま続ける。


『知ってるだろ、俺が兄貴を殺したって』


 もはや隠す気もないらしい。堂々とした極悪っぷりは、もはや拍手を送りたいくらいだ。ベーコンを拾い上げながら、ティナは言葉を紡ぐ。


『ああ。だから、護衛官からあんな殺気が……』

『ここは離宮だからもう会うことはないと思うが、十分注意してくれ。アイツはずっと俺の命を狙っている。君も危ないかもしれない』

『…………』

『俺も早くアイツを殺したいと思っているんだが……』


 そう言いながら、アリスティドは自分の右耳についている、ピアスをいじった。ティナは、『物騒なこと言わないでよ』と目を細める。


(この人、たまに耳をいじる癖があるのよね……)


 ティナは深い息を吐いた。

 それからというもの、ティナは、仮に彼がどんな極悪な犯罪に手を染めていようと、驚かないと決めたのだった。


(アリスに聞けば色々教えてくれるようになったし、信頼してくれてるってことよね。それは、とっても嬉しいんだけど……)


 アリスの金色の髪が、ティナの頬に当たり、心臓がどっと跳ねる。

 ティナの肩にもたれ掛かるようにしながら、銃をがちゃがちゃといじる彼を見ていると、なんだか意識している自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。


 ティナは息を吐きながら、適当にアリスティドに世間話を振った。


「アリス、今日は午後から公務なの?」

「いいや、今日はお客さんが来る」

「お客さん?」


 意外な答えに驚いた。

 アリスティドは王太子である。客人がくるのは、別に珍しいことではないはずなのに、彼の言葉には少々含みがあるように聞こえた。

 ふと、アリスティドは、銃をいじっていた手を止めた。


「まあ、君もずいぶんと成長したし、次のステップに進むか」

「次の、ステップ」


 オウム返しのように聞けば、アリスティドは、肩に乗せていた頭をもたげ、じっとティナの顔を覗き込んでくる。


「気になるだろ。さっそく具体的な話だ。社会の闇を壊滅させるにあたってのな」

「……!」


 それは、ずっと避けられていた話題である。ティナはアリスティドと組んで暗躍するのは構わないが、具体的に何をするのか、といった話は何も聞いていなかったのだ。

 少しだけ息を弾ませて、アリスティドの方を見つめる。


「今日の午後から、仲間と話し合うんだ。君も入って欲しい。ちなみに――――びっくりするくらい美人だ」

「……美人な、仲間」


 ティナは、弾んだ息をしぼませた。

『美人』というその言葉が、なぜか引っ掛かったのだ。

 あの晩ティナを攫っておいて。さんざんティナを脅しておいて。弱ったようにティナを抱きしめておいて。


「私以外にも、仲間がいるのね。しかも美人の」

「妬いてる?」

「まさか」


 ティナは肩をすくめた。


「そのお仲間さんと上手くやっていけるのか心配になっただけ」


 そう言って彼女は立ち上がったけれど、自分以外にも彼に協力者がいることに少しだけ、いや、かなりモヤモヤしていた。


(しかも、美人の……!)


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