15.似た者同士(第一章・完)
ティナは、そのまま離宮の食堂まで連れてこられた。
機嫌を取るためなのか、白いテーブルの上にはこれでもか、というくらい色とりどりの菓子で埋め尽くされている。
甘い物が苦手なティナの方は、クラッカーや生ハムを使った一口サイズのオードブルが並んでいた。
席に着いたティナは、呆れたように口を開いた。
「……アリス、私、怒っても許されると思うんだけど」
「はは、そうだな。でも驚いた。あの場を切り抜けるだけではなくて、自分の身分まで用意させたのは、さすがの手腕としか言いようがないな。さすが、俺が見出した天才詐欺師様だ」
相変わらず、どぼどぼとティーカップに砂糖を入れ続ける彼を見ながら、ティナは眉をひそめる。
「どうして、私に何も言わずに謁見なんてしたの」
「どうして、かぁ……」
ティナが本気で怒っても、アリスティドには全く効いている気がしない。それどころか、怒っているティナを見て楽しんでいるように見える。
「その方が、君が困っている姿を見れるからだ」
「あ、の、ねぇ!」
ティナは、思わずテーブルに手をついた。その衝撃で、地震のように食器がかしゃんと揺れる。
「笑い事じゃないのよ、こんな危ない橋を渡らせないでよ!」
「これから生きるか死ぬかの、もっと危ない橋を渡るのに?」
アリスティドは、甘ったるそうなジャム入りのクッキーを、これまた甘ったるそうなミルクティーで流し込んだ。
「結果的に大丈夫だっただろ。親父はああいう人間だ」
「国王の話だけじゃないわよ。謁見の後の話もよ!」
その言葉に、アリスティドは、スッと目を細めた。まるで、人を殺してしまいそうな表情である。
しかし、そんな圧力に負けるわけにはいかないのだ。
「あの護衛官がいたからでしょう。こんなに謁見を急いだのは」
ティナは、アリスティドを睨むように見つめた。
(王宮に他人が入ってくるならば本来、事前に挨拶させるのが礼儀。あの護衛官なら、私の存在を知った瞬間に、『暗殺者だ』と言って切り殺したはず。そうなっても、私もアリスティドも文句は言えない)
だから、護衛官がティナの存在に気付く前に、アリスティドは先手を打った。
(あの護衛官は、アリスティドも殺したがっていた。だから、謁見を急いだのは分かる。それでも)
「私の一存で、アリスの命を奪うこともできた。私が貴方を告発する可能性は考えなかったわけ?」
国王に謁見した時。
自白剤を飲まされた時。
ティナはいくらでも『助けてくれ』と言うことができた。きっと、国王も護衛官のダイナもティナがそう言えば、調査をしたうえで逃がしてくれたはずである。
(それで貴方は、死ぬかもしれなかったのに。考えれば、もっと良い策があったはずなのに!)
使用人として王宮勤めをさせたり、そもそも王宮内に住まわせなかったり、今ティナが思いつくだけでも思いつくものは沢山ある。
なのに、目の前の男はへらへらと笑って、菓子を口に放り込んでいる。
「ははっ」
「だからっ、笑うところじゃないでしょ……っ!」
ティナの声は泣きそうなほど震えていた。
その声に驚いたのか、アリスティドは食べかけのクッキーを皿に置いた。
「私に国王の謁見について何も教えなかったのは、私が自白剤を飲まされるだろうと思っていたからでしょう。万が一、私が貴方を裏切ったとしても……私だけは王太子の気まぐれに巻き込まれただけの無関係な人間だと証明できるから。違う?」
「…………」
仮に、ティナが裏切ったとしても、あの場でミスをしたとしても、きっとティナが殺されることは無かった。それは、自白剤を飲んだところで、ティナに不利な発言は出てこないからである。
(そう。私の知っている情報は、仮に強い自白剤を飲んだとしても、全部誤魔化しのきく範囲に収まっているのよね。だからこそ、今日は上手く受け答えができたわけだけど)
ティナはこれから起こす具体的な犯罪の話や、作戦の話は一切知らないのだ。
まるで、目の前の男に情報量を調整されたかのように。
「貴方は、私に具体的なことを話さずに、『悪役になろう』なんてふんわりした言葉しか使わなかったわ。……それは私を守るため?」
絶対に目は逸らさない。
その何を考えているのか分からない、青い瞳の奥を暴くには、こちらも相応の覚悟がいる。
「詐欺師のくせに、ずいぶんと想像力が豊かなんだな。俺を買いかぶり過ぎだろ」
「いいや、貴方は、最悪自分が死んでもいいと思っていたはずよ」
「俺はこんなことじゃ簡単に死なないよ。それくらい、俺だって頭を使ってる」
その言葉にティナは立ち上がった。
冗談めいたような笑顔を浮かべるアリスティドの前まで来ると、彼の肩を持って詰め寄る。ぐっとティナの指が、彼の高級そうなジャケットに食い込んだ。
「―――……っ、あのね!」
上擦った声で、ティナは続ける。
「人間は、簡単に死んじゃうのよ! 身内だって簡単に裏切るわ。アリスだって、それくらい知ってるでしょ……っ!」
唇を噛んで、零れそうな涙をこらえる。
アリスティドのことなんて、好きか嫌いかで言えば、思いっきり大嫌いな人種だ。すぐに他人をからかい、自分の方が優位に立とうとする、小賢しい人間。それでも。
「簡単に自分の命を懸けようとするのは、やめて」
アリスティドは、心底困ったように溜息をついた。座ったままティナを見上げて、ぽつりと声を上げる。
「君は簡単に命を懸けるなと言うけど……それは、昨日、従者を逃がした時の君も同じじゃないのか」
「――……っ」
彼の表情に、先ほどまでの軽薄そうな笑みはない。
その唇は、深い海に沈んで息ができないのか、というくらいに顔を苦し気に歪められていた。
アリスティドは苦しそうな表情のまま、ティナの手を優しく取り上げた。
「こんなに震えて可哀そうに。俺が君なんて攫ったからだな。逃げたいなら――――」
「馬鹿にしないで。私は、もう逃げないって決めたんだから」
アリスティドの真意も、彼のやろうとしていることも、良く分からないけれど。
(それでも、もう逃げないって決めた。私は、絶対にこの男を利用してやるんだから)
ティナは、繋がれた手を振り払った。利用する以上、簡単に死なれたら困ってしまう。
「約束して、絶対に死なないって」
「それは無理。人間はいつか死ぬ」
「この死にたがり!」
「君もだろ!」
子どもの喧嘩のように、お互いが少し苛立ったような言い合いを重ねた。
ティナは、ただの死にたがりではない。
目的の達成に十分だと判断すれば、『命を懸ける覚悟』があるというだけだ。ジャックを逃がす時は、彼の命と自分の命を天秤にかけた結果、命を懸けるに値すると思ったからそうした。
(でも、自分の命を簡単に投げ出すのは違う。アリスティドという男は、自分の命の価値を軽く扱い過ぎている)
周囲の人間を失いたくないというのは、ただのティナのエゴかもしれない。傷つきたくない自分を守るための我儘だ。
(この最低最悪極悪王太子のことなんて大嫌いだし、本当は逃げ出してやりたい)
それでも。
ティナは、先ほど振り払った震えの収まった両手で、アリスティドの手を優しく包み込んだ。
「死なないでよ……」
「……?」
首を傾げる、目の前の男に告げる。
「死なないでよっ……! 私と貴方、悪役になるんでしょ! 勝手にひとりで地獄に落ちるなんて許さないから!」
一息で告げたその言葉に、アリスティドは驚いたように目を見開いた。
「……――――君、は」
ぱちぱちと瞬きをした後に、目を伏せた。
「俺のことが嫌いなくせに、不思議なことを言う」
そうして、しばらく考え込むような顔をした後に、立ち上がった。
見上げるほど大きな背丈だ。それなのに、その顔は、まるで幼い子どものようだった。
「でも、そうだな。確かに。俺も、どうせ地獄に落ちるなら――――君と一緒が良いな」
地獄に落ちる、だなんて物騒な言葉のはずなのに。
その言葉は、愛の告白か、というくらい、甘く、苦く、ティナの心の内に溶けるようにして、染みこんでいく。アリスティドのティナを見つめる顔は、切なげで、胸が締め付けられるように痛い。
(アリスってそんな顔、するんだ……)
アリスティドは自分の前髪をくしゃり、とかき上げて、余裕が無さそうに眉を下げた。
「どうしよう、ああ。困ったな……ははっ、俺もこんなこと言うはずじゃなかったんだけど。君と一緒にいると、どうも調子が狂うらしい」
優しく、自然に抱き寄せられた。ぽすん、とティナの頭がアリスティドの胸に埋まる。とくとく、と彼の鼓動が伝わってきたかと思うと、甘くほろ苦い香りが、ティナの鼻を掠めた。
「それなら、君も死んだら許さないから」
(……わっ)
耳元でささやかれ、全身が熱くなっていく。離れようと軽く肩を押してみるが、ビクともしない。
「ごめん、今だけ、こうさせて。すぐに離すから」
縋るような、祈るようなその声に、ティナは押し返す手を引っ込めた。なんだかそれが、いつもの軽薄な言葉と違う気がしたからだ。
(もしかすると、アリスは、さみしい人、なのかもしれない)
そして、何も言わずにティナ自身も彼の背中に手を回しておいた。
第一章・完
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次話より、更新が週二回(火、金)となります。
16話の投稿は金曜日です。よろしくお願いします。




