12.鋭い相手を騙すには
ティナは、背筋を伸ばし、凛と声を張った。
「はじまして、国王陛下。アズーラより参りました、ティナ・カラディスでございます……最も、今はただのティナですが」
そうティナが告げた瞬間、横から感嘆の息のようなものが聞こえる。きっとアリスティドがそう来たか、と思っているのだろう。
しかし、国王は、対照的に顔を顰めた。
「アズーラから何の用だ」
「……」
海軍国家アズーラと学術国家アウレリアは、隣国でありながらも、外交上仲が悪い。国際問題の解決手段が、軍事至上主義のアズーラと話し合いで解決したいアウレリア。当然、反りが合うはずもない。
たった今、国王の中で、ティナは完全に『敵』認定されたはずだ。
(うん、この反応は想定内ね。悪くないわ)
通常、第一印象を下げておくのは、人間の心理的にはあまりいい手とは言えない。しかしながら、その後に大きく印象を上げることができるのであれば、そのマイナスすらも大きなプラスに転ずる。
(例えば、授業をサボってばかりの不良学生が、ある日真面目に授業を受けた時。大犯罪者が、子猫を拾っているのを見た時。人間は、本来抱く以上の好感を持つ)
ティナは、心の中で大丈夫だ、と頷くと再び国王に向き直る。
「……はい、私は学問に傾倒するあまりに、アズーラを追われた身なのでございます」
もちろん、これは嘘だ。
ティナは、そんな理由でアズーラを出ていったわけではない。
(そう、【誇張した真実】。真実に嘘を混ぜて話せば、ある程度の信用は担保される。これが、鋭い相手を騙す方法よ)
眉を下げ、目を潤わせる。
幸の薄さを演出するのは、ルイーズでやったばかりである。だから、これは復習だ。
「アズーラは軍事国家。争いばかりに目を向け、その争いをやめる方法には目を向けない。そんな国や軍部に失望し、私は数年前アウレリアに亡命してきたのでございます」
国王がティナを見る目が変わったのを感じた。
アウレリアでは、身分よりも学問を重んじる。教育水準は高く、平民も貴族も大学まで進学することを推奨し、経済的な理由で進学が難しい平民には国から奨学金も給付されている。
貴族の跡継ぎは、必ずしも血の繋がった子どもとは限らず、優秀な平民の養子に継がせることも珍しくなかった。また、優秀な人間には爵位が与えられるため、平民から貴族になるケースも多々あった。
確か今の大臣や宰相も、元は平民の法服貴族だったはずである。
(だから、家系図がぐちゃぐちゃになりやすいし、新興貴族がすぐに立ち上がる。……貴族でも、全ての貴族を把握するのが不可能だから、結婚詐欺にはうってつけの国よね)
ティナは、心の中でそんなことを思いながら、話を続けた。
「亡命してからは、錬金術と魔法の融合について研究を進めておりました。……ただ、私は亡命の身。大学にて下級職員として働きながら、ひっそりと学問に取り組んでおりました。そんな時に声をかけていただいたのが、王太子殿下でした」
ティナは、真っすぐと国王の目を見つめた。
数年前、大学で日雇い清掃をしながら、次の結婚詐欺のターゲットを探していたのは、本当である。
アリスティドは、学内で見かけたことすら無いが。
「私が、大学で個人的に研究していたことがこちらです」
ティナは持ってきていたカバンの中から、自然に一枚の紙を取り出した。それは、かつてティナは引っかけた男が書いた大学の卒業論文の写しである。
(これで何とかなればいいけど……)
ティナは、国王の従者に論文を渡した。
国王は目を細めながらぱらぱらと紙を捲る。
「――――ほう、素晴らしい。この研究は錬金術に魔法エネルギーを加えることで、物質の変化を促すというものだな」
論文を受け取った国王は、ざっと中身を読んだのであろう。満足げに頷いたものの、すぐに厳しい表情に変わる。
「論文自体は良くかけているが、錬金術と組み合わせるよりも、魔法単体を用いた方が利用の幅は広いのではないか、と個人的には思うが」
「…………」
国王を侮っていた。さすが、賢王と呼ばれるだけはある。
だが、ティナだって詐欺師である。準備しているものの説明くらい、赤子の手をひねるよりも簡単だ。
「魔法の脆弱点は二つ。一つ目は、世界樹の力に依存していること。二つ目は、全貌が解明されておらず危険なことです。魔法も学問として成立してはいますが、錬金術のようにその過程を説明することは難しい」
ティナは学者になったつもりで続ける。
「よって、魔法をただのエネルギーとして用いることで、物質変化の過程をよりロジカルに説明可能になるという訳です」
「ふむ」
「説明のできない『すごい』ものよりも、説明のできる『実用的』なものを。安全性を考えたうえでも、応用が効きやすいのは、魔法よりも錬金術ですから」
ティナは黙って頭を下げる。ティナは、心の中でガッツポーズを決めていた。
(私ってば、天才詐欺師だわ! ああ、本当に詐欺師って天職……っ!)
我ながら、良くペラペラと口が回ったものだとティナは自画自賛する。しかしながら、頭を下げた視界の端で、かちゃり、と近衛騎士の動きが映った。
(えっ、これでも駄目なの!?)
確かに怪しい女ではあったが、今の説明で挽回できたのではないかと思っていたのに。
思わず、ティナが顔を上げた先には――――
「……うっ」
涙をボロボロと零す国王と、かちゃかちゃと剣を揺らしながら右往左往する騎士の姿があった。