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11.完全に怪しまれてる!


 朝食を食べ終えたティナとアリスティドは、主城の廊下を歩いていた。ティナの肩にかけた小さめのバッグが揺れる。


(良かった……行き先が分からなかったから、とりあえず持ってきといて)


 朝食を食べ終わったあと、ティナは一度部屋に戻って、このバッグを持ち出した。『バッグなんていらないだろう』とアリスティドに言われたものの、『結婚詐欺の時に使ってる偽の身分証とか小道具が入っているのよ』と返せば、機嫌が良さそうに笑われたのだ。


(しかし、目立つなぁ、アリスもだけど……)


 メイドや行政官たちも思わず足を止めて、二人を伝説の生き物をみるかのような目で、じっと見つめてくる。


(まあ、隣の女、誰だよって話よね……)


 ティナは顔を少し下げて、正面から見えないようにし、コツコツというヒールの音もなるべく消して歩くことを心掛けた。できれば注目を浴びたくない。


「……あの、殿下。本日はどちらに」

「……名前」


 その言葉に、ティナは奥歯を噛んだ。『どうか、アリスと……そう呼んで?』という先ほどのアリスティドの言葉が頭の中に響くようだった。


(王宮の中で、王太子のことを『アリス』なんて呼べるわけがないでしょ!)


「俺の名前は? 名前を呼ばれないと質問にも答えようがない」


 ねだるような、でも、どこか脅すような表情だ。名前を呼ばないと会話に応じてくれないらしい。

 奥歯をギリギリとさらに噛みしめる。


 ティナは不本意ながら、少し小さめの声で尋ねた。


「ア、アリス、今日はどこに?」

「ん? 内緒。言ったら面白くないだろ?」


(こ、この男……っ!)


 ティナはグッと両手を握りこんで怒りを抑える。降り注ぐ周囲の視線の中、せっかく名前を呼んだのに何も意味が無かったじゃないか。


(まあ、どちらにせよ、アリスの性格なら、絶対に教えてくれないだろうけど!)


 しかし、ティナは、この時になぜ追撃をして彼を責め立てなかったのか、いたく後悔することになる。


 ◇


 真っ赤な絨毯、端々に煌めく調度品。そして、冬の早朝よりも張り詰めた空気。

 何度か死線を乗り越えてきたティナでさえ、卒倒してしまいそうな圧力だった。


「お前が謁見なんて珍しいな、アリスティド」

「はい。賢王陛下」

「よい、面を上げよ。顔を見せてくれ――――隣の令嬢も」


(どうして、どうして……っ。どうして、私は!)


 ティナが顔を上げた先には、大ぶりの王冠を乗せた――――アウレリアの国王が鎮座しているのだった。


(いやいやいや、国王に謁見するなんて聞いてないよ!)


 透き通った金色の髪に、アリスティドより薄い青色の瞳。すっと通った鼻筋に、引き締まった表情。お飾りの王などではなく、自身もきちんと政治に参画していることが雰囲気だけで伝わってくる。


「今回は、こちらの女性を紹介したいと思いまして。彼女の発言を許可いただきたのですが」

「許そう。名前を何という」


 まるで雷に打たれたようだ。ぴしり、とティナは固まった。


(……どうしよう、どうしよう!)


 詐欺というのは、事前準備が8割である。

 見た目を変え、身分を取得し、書類を偽造する。当日の会話だって、台本で決めているし、想定問答集だって作っている。

 アドリブだけで、その場を乗り切るなんてことは、ほぼ無いと言っていい。


「どうした、はやく挨拶しないか」


 心配するかのようなアリスティドの声に、少し楽し気な空気が混ざっているのをティナは感じ取っていた。


(もう、絶対に許さない。私は、アリスのおもちゃでも何でもないんだけれど……っ!)


 しかし、怒るより先に考えなければならないことがある。

 ティナは、ちらりと、国王のとなりに控えている近衛騎士に目を向ける。彼の右手は、腰元の剣に添えられている。強い恨みのような、殺気のようなものを、ひしひしと感じた。


(目線はアリスにある。今にも飛び掛かってきそうな雰囲気だわ……!)


 ティナはぶるりと震えた。

 生と死の間を命綱なしで渡り歩いている気分だ。


(完全に怪しまれてる! 私が間違えたら終わりじゃない、アリスの馬鹿! そんな危険を冒してまで、私をここに連れてきた理由ってなに!)


 しかしながら、今更アリスティドに怒っていても仕方ない。

 怒りを落ち着け、深呼吸をしたティナは、再び思考の海に落ちて行く。


(アリスが私を国王の前に連れてきたのは、『間者』として紹介するためじゃない。だって、彼は王宮内の人間は頼りにならないって言っていたし、事実、国王だってこちらを疑っている……はず)


 アリスティドが、自ら王国の闇とやらに首を突っ込んでいるのは、『王宮内の人間が頼りにならないから』に他ならない。すなわち、自分の父親さえも信用していないということである。


(私はてっきり使用人として、王宮に滞在するのだと思っていたけれど。……私を使用人として紹介するのであれば、国王の謁見なんて当然必要無い。こんな豪華なドレスを着せたということは、私を貴族の令嬢として紹介しようとしているということ)


 床の大理石に視線を落としたまま、ティナはさらに頭を回転させる。


(彼との関係性は恋人? 友人……? いや、どれも国王に紹介するほどのことでは無い。それに仮に貴族だと嘘を付いたとして、身分はどうするのよ。ただの貴族程度であれば、簡単に騙せるけれど、この国王は……)


 相手は、学術王国アウレリアの王である。当然、頭は良い。ティナが下手な嘘を言えば簡単に気が付かれてしまうだろう。


 ルイーズ・フォンテーヌを名乗ろうか、とも考えたが、彼女ルイーズは今、行方不明扱いされているはずだ。芋づる式に結婚詐欺もバレてしまいそうな気がして、ティナは、ほとほと困り果てた。


(詐欺でバレないのは、事前準備があってこそ。つまり、今回は……)


 嘘で塗り固めた詐欺師の時の設定とは違う。鋭い相手に嘘がバレないようにする方法は、ただひとつ。


 ――――最初から嘘を付かないこと。そう、【真実】を話すのである。


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