美と共に生きる~後編~
ボーン、ボーン―
何処からか今は聞くことの失くなった柱時計の音が聞こえる。
美子がゆっくりと目を開けると、黒色の天井が見えた。
いや、正しく表現するとすれば、天井があるのかどうかわからないくらい真っ暗。
何処までも続いていそうな漆黒。
視線を横に向けると、鉄格子が見えた。
どうやらここは、檻の中らしい・・・美子は状況から悟る。
あんなに豪快に落ちたのに、怪我一つない。
やはり、ここは現実世界ではないのだと、ぼんやりと思う。
その余韻を打ち破る声が聞こえた。
「早くどけよ、ばぁさん!!」
苛立ちを含んだ声が、すぐ真下から聞こえる。
死神は、美子の下敷きになり潰れていた。
「あら?ごめんなさい」
悪びれる風でなく、さらっと起き上がる美子。
「痛ててっ」
死神は落ちた表示に足を痛めたらしい、少し足をかばいながらノロノロと立ち上がった。
「あら?貴方怪我したのね、大丈夫?」
「・・・大丈夫だ」
「そう?なら、よかったわ!それにしても、あの世でも痛みを感じるのね。なんだか妙に現実的ね」
不思議そうに、痛がる死神を眺める美子。
美子は知らないが、美子自身は存在が魂のため穴から落ちたところで怪我しない。
だが、死神は違う。
死神は、あの世の「肉体」を持っている。
怪我をすると当然痛みを感じる。
だから、彼らは基本無茶をしない。人間が魂になった段階で、粛々と道案内をするだけ。
ハプニングが起きても、自らが怪我する可能性があれば傍観するような人々。
だが、血の池は違った。
そんな事重々承知していながら、とっさに美子をかばったのだった。
そんな事を知らない美子は呑気だった。
「ねぇ貴方、ここTVとかでみた警察署の拘留所に似てない?」
始めて来る場所に、興味津々だ。
そう言われ、漸くあたりを見回した死神が・・・死にそうな顔をした。
「ここは、やばい場所だ!おい、ばぁさん逃げるぞ!」
懐から、クリップらしき物を取り出し、器用に形をつくり
鉄格子の鍵穴の部分に入れカチャカチャやり始めた。
「あら、貴方手慣れてるのね」
「・・・この間、TVでこうやってたのを見た」
「・・・あなたって・・・」
美子がいいかけたところで、遠くの方から、女性と男性の話し声が聞こえてきた。
死神は、その声を聞いて冷や汗を流しはじめる。
伝え聞こえる内容は、女性がしきりに男性に謝っている声だった。
(きっと、この死神の上司なのね~)
美子はチラリと隣の死神をみた。
余程焦っているのだろう、折れ曲がったピンを持つ手が大分振れていた。
(これは・・・ダメね・・・)
そのうち、2つ聞こえていた足音が一つになった。
ヒールのカツン、カツンという音がやたら響く。
その足音が、ピタリと檻の前で止まった。
やってきたのは、満面の笑みを浮べた美しい人。
「血ノ池君、貴方は何をやっているのかしら?」
ロボットのように、顔をぎこちなく上げた死神こと血ノ池。
手元に持っていたクリップを、そっと袖口に隠そうとするも、カチャと小さな音を立て、手の内から滑り落としてしまった。
「あっ!!」
それを拾い上げる美人死神。
「これは何かしら?」
笑顔を浮かべている口角が上がった。
血ノ池はブルブルと震えだす。
「ジ・・・ジッパーの金具が取れたんです」
「そうなのね〜あら、おかしいわね。貴方の今日の服ジッパーないみたいだけどどこの部分か、教えてくれないかしら」
狼狽える血ノ池。
「あのねーこんなんで、ここの鍵が開くわけないでしょ!まったく・・・こんな短期間でよくもまぁこんなに問題を起こしてくれますね!今日は有効期限切れチケットで花畑侵入罪で拘留なんて、本当何をやってるのかしら」
「えっ・・で、でも、俺が今日あのチケット見た時は、18時までは有効期限ありましたよ!ギリギリ間に合ったはずです。きっと投函箱のシステムエラーですよ」
上司と思わしき人物は、心底馬鹿にしたような笑みを浮かべ言い放つ。
「貴方は馬鹿なのかしら?人間界で天才システムエンジニアと活躍した現閻魔様が創られたものよ。エラーなんていってら、貴方がエラー扱いされてしまうわよ」
そこまで言うと、美人死神は懐から一枚の紙を出した。
血ノ池は恐る恐る受け取る。
中身を見て、固まった。
そして、グシャグシャに握りつぶし、壁に向かって勢い良く投げ捨てた。
「0.1秒ぐらい、いいだろうが!細かすぎるんだよ!ここはあの世だぞ、何でこんなに厳しいんだ。しかも何だよこの罰金金額は?!0.1秒で給与1ヶ月分だと?!ふざけんなー払えるわけないだろー」
血ノ池は逆ギレしていた。
「そうだと思って、既に私が立替えてあ・げ・た・わ」
「!!」
「フフフ、どうせ一回では払えないでしょうから、分割で返してくれてもいいわよ。その代わり・・・高く付くからね。ほら、お礼は?」
血ノ池は涙を浮かべながら、美人死神にお礼を言う。
その涙が、感謝の涙なのかどうかは・・・本人のみぞ知る。
こうして、美人死神に檻を開けてもらい外に出る。
その後も二人のコントのような会話を聞きながら、妄想で化粧を行う美子。
(この方絶対優秀な人よね~こう言うクール美人には、キリッとした化粧がお似合いかしら、いやいや、ギャップ萌も見てみたいかも)
そうこうしているうちに、二人の会話が漸く終わった。
美人死神は、ショックで抜け殻になった血ノ池を片手で引きずり、美子の方に顔を向けた。
「お見苦しい姿を見せてしまってすみません。私、血ノ池の上司で、死神の針山と申します。この度は、ご愁傷さまでした」
「梅田と申します。ご丁寧にありがとうございます」
「実は、梅田さんのファンで書籍も何冊か読ませていただいておりました!お会いできて光栄です」
「まぁ、そうなんですの!とても嬉しいわ」
「特に《美人とは》の書籍にいたく感銘をうけました」
「美に一生をささげてきた身としては、美の同志がいるということはどこの世界だろうと非常に嬉しいわ」
女性二人の会話は盛り上がりを見せていく。
「もしよろしければ、このあと、私の家へ遊びに来てくださいませんか?実は、私も「美」に関して色々研究しておりまして、美子さんといつか機会があれば、語り合いたいと思っていたのです」
「もちろんですわ!美容トークほど楽しい物はないもの!」
「嬉しいです!では、早速向かいましょう。あっ、私の仕事は血ノ池が快く受けてくれるはずなので!ですよね、血ノ池」
絶望的な顔をしながら、コクコク頷く憐れな血ノ池。
「これは、特別に利子無しで貸してあげるわ、お迎えリストはコレね!この分はきっちりあるから。あと美子さんは私が責任もってあの世の扉まで送るわよ。貴方にかわってね」
針山は、すでに用意してあったお迎えリストを取り出し、血ノ池に押し付け・・・いや渡す。
血ノ池は、涙を流しながら受け取った。
こうして、美子は針山と毎日、毎日飽きることなく美容トークを繰り広げた。
美容トークによって、日に日に針山の美しさに磨きがかかる。
更に、三途のイメチェンもあり、あっという間に死神女性界隈で、美子は時の人となる。
そうなってくると、閻魔大王のもとに、(あの世のお向かえ1課係りばかり、美子さんを独占していてずるい)と大量の匿名がひっきりなしに入るようになった。
毎日の匿名投書に、疲れ果てた閻魔大王は、美子に死神世界での再就職をしてほしいと懇願したとか、しなかったと・・・。
こうして、美子は死して尚、美容アドバイザーとして美と共に行き続けている。