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美と共に逝きます〜前編〜

ポクポクポク。

木魚の安定的な音が式場内に響き渡る。

「美子さん、最期まで己を貫いた方でしたね…」

会場内の彼方此方で、彼女の筋の通った生き方を、称賛する声がささやかれていた。


今まさに、伝説のビューティアドバイザーとして活躍した梅田 美子享年80歳の葬儀が執り行われている最中だった。

梅田女史の生涯は、まさに美の執念そのものであった。

最期も、彼女らしかった。

化粧品カウンターで新作の美容液に興奮しすぎて、脳梗塞を起こしあの世へ旅立つというものだった。


本人は、きっと幸せに逝ったに違いない…。

そんな思いを来場者一同いだきながら、静かにお悔やみを申し上げるのであった。


肝心の美子はというと、棺の上から自身の死体を眺めていた。

自分に施された死化粧に不満タラタラ。

「ちょっと!その色合いは私のイメージと違うわ!もう少し柔らかい感じよ・・・そこの貴方もそう思わないかしら?」

問いかけるのは、鎌を気だるげに背負っている死神。


「あんた死んでるんだから、どうでもいいだろ?」

死神はやる気なさげな態度で客観的な意見を述べる。


「もう!わかってないわね~最期の姿って、印象に残るものでしょ?いままで私がどれだけ美について研究してきたと思っているの!?」

「・・・どうでもいい」

「良くないわ!」

「燃えたら、残るのは骨だけだぞ」

「貴方わかってないわね~思い出は心に残るでしょ。その想い出の中に、美は生き続けるのよ!」

「・・・」


何言っても無駄だと悟った死神は、面倒くさそうに、はいはいと返事をした。

そして、美子に出発するぞと声をかける。

死神が今気にしているのは、自身の財布の中身だけ。

出発前に、念の為にと懐から財布を取り出し再度中身を確認する。

(道中通る花畑入園券と三途の川下りの乗船券、2名分あるな。おっ、有効期限も本日18時までか、ギリギリセーフだな。それにしても、今月死人多いんだよなぁ・・・本当、立替払のこの制度辞めてほしいよな)


心の中で愚痴りつつ、美子に同行を促す。


だが、死化粧に納得いかず美子は頑として動かない。

死神は無理に引っ張るも、美子の思いが強すぎて、死神の力でもっても動かせなかった。


(これ以上無理矢理引っ張ると、魂自体がが消えてしまうよな・・・ったく)

「ちっ・・・少し時間をやるから、自分で手直ししてこいよ」

かったるそうに何かを呟くと、美子が見ていた人々の動きが急に止まった。 


「終わったら起こせよ」そう言うとその場で爆睡しはじめたのだった。


死神は最近多忙だった。

最近人間界で謎のウィルスが流行し、ひっきりなしにお迎えコールが鳴り響いていた。

通常は、夜勤交代制の8時間労働なのだが、最近は24時間ほぼ仕事だった。

家にも帰れず、職場の椅子で僅かな仮眠を取るのみ・・・。

更に立替払のせいで、財布もすっからかんだった。

それも死神の頭を悩ませていることだった。

次にお迎え業務を命じられたら、入園券も乗船券も買えない状態で、残るは選択肢は借金のみ・・・。


だが、脳裏をよぎるのは、前回の悪夢。


上司にお金を借りれたのまでは良かった。

何度も頭を下げてお礼を言ったし、お菓子も添えて返済するつもりでいた。

俺の金欠理由も、立替払のせいだとわかってるよと言ってくれたはずなのに・・・。

なのにだ!あの鬼上司、ここぞとばかりに自分の仕事を押し付けてきた挙げ句、ちゃっかり利息まで取っていた。

人でなしの上司だった。

どうせ今回の案件が終わったら、次の仕事を入れられてしまう。

借金過労ルートが待ち受けてるだけなら、いっそう、この変なばあさんに時間をやりつつ、自身もちゃっかり時間稼ぎをしてやろうと思いついたのであった。


(反省文は、タダですむしな)


こうして、死神が金欠だったお陰で、美子は運良く化粧時間を手に入れることができた。


さっそく美子は死化粧を施した納棺師の姿を探し始める。

探し始めてすぐ、その人物は見つかった。

隣の式場の準備の間に、ご遺体の近くにいたのであった。

化粧道具を拝借しようと近づくと、視界に死化粧を施されている人物の顔が入った。

何処か見覚えのある懐かしい顔だった。

(誰かしら・・・)

思い出せず悩んでいると、後ろから声をかけられた。

「ミッチーじゃない!」

聞き覚えのある懐かしい声に振り向くと、小学校時代のクラスメイト、幸世がフワフワと浮いていた。

「まさかサッチー?!久しぶり!」


思いがけないこの世の狭間での再開だった。


「隣の葬儀って、ミッチーのだったのね。本当こんな偶然ってあるのね~」

数十年ぶりの再開に、話に花が咲く二人。


そんな二人の話の勢いについていけない暗い影が、ずっとその場に立っていた。

影の人物が「あの・・・」と声をかけようとするが、二人の勢いにおされ、声がかき消されてしまっていた。

いつまで経っても止まらない世間話に、とうとう、その影が声を張り上げた。

「幸世さん!そろそろ出発します!!」

ようやく二人は声の主の方を見た。

そこには、過労でボロボロの死神女子がいた。


「あら、死神さん居たのね」

サッチーの何気ない《あなた存在感ないわね》発言を受け、かなり落ち込む死神女子。

実は彼女、お迎え業務で故人の眼の前にいるにもかかわらず、探されることが多々あった。

それを気にして、先月奮発して鎌を特大サイズの特注品にしたのであった。

これで、『誰にも気付かないなんて言わせない!』と気合を入れた初業務・・・彼女の努力は、報われることはなかった。


そんな彼女の様子をじっと見ている人がいた。

そう美子だ。

同情的な視線ではなく、ただ対象物を観察する眼差しであった。

そして、観察が終わると彼女は、言い放った。

「そこの貴女!何そのお肌、お肌じゃなくて汚肌よ!!」


死神女子、その言葉に衝撃を受ける。

「そのボロ切れのようなヨレヨレのファンデーションに、似合ってないチーク、メイクがなってないじゃない!そんなんじゃ彼氏も見つからないわよ!!」

「!!!」

「ちょっと待ってなさい!」

美子は、納棺師の元に降り立つと、化粧道具一式を借用した。

今度は、来賓用の椅子に死神女子を座らせる。

「なんとなくだけど、貴女には、この道具じゃないと使えない予感がするのよね」

そんな事をブツブツ言いながら、化粧をする準備を始める。

「でも大丈夫よ!私に任せなさい!これがだめでも、別の手を考えるから、大船に乗った気持ちでいなさい!」

そう啖呵を切ると、死人用のメイク道具を慣れた手つきで取り出した。


そう、美子は最期のメイクは自分で施して、大往生する計画だったため、死人用メイク道具で来る日の為に練習を重ねていたのであった。


死神女子のメイクを落とし、まっさらの状態にする。下地をつくり、ベースメイクを施していく。

彼女のお肌が、見る見るプルプルツヤツヤの赤ちゃん肌のような質感になっていく。

次は、肌にローズピンクのチークをさっとひと刷毛塗る。

仕上げにボサボサの眉毛も、流れに沿って整える。

あっという間に、清楚で可愛らしい死神女子が誕生した。


「「あら、かわいいじゃない」」


ミッチーとサッチーに言われ、死神女子もようやく自身化粧姿が気になり始めた。

キョロキョロ見渡すも、サッチーのところは仏教徒のため鏡を置いていなかった。

「私も仏教だから鏡ないのよね」と美子も伝える。

死神女子ががっかりしていると、あの寝ていた死神がやってきた。

「ばあさん、化粧終わったか?」

「私のはまだよ!今は、若い子のをしてたわ」

呆れる死神。

「若いって、隣もあんたと同じばあさんじゃないか」

「サッチーのことじゃないわよ、この子のことよ!」

死神は、美子の視線を辿る。

視線の先には、同僚がいた。

そして、固まった。


「あんただれ?」

「・・・三途よ」

「はぁ??!!嘘だろ」

その反応をみた、ミッチー&サッチーは大満足であった。

死神女子こと三途は、死神の反応に、頬をポッと染めた。

自身の化粧姿が気になるのか、もう一度葬儀場を見渡すも、やっぱり鏡らしきものはない。


ガッカリした様子の三途の捜し物を察した死神。

頭をぼりっと掻きながら、少し照れくさそうに話しかける。

「隣の葬儀は神教らしいぞ、多分あるぞ」

「血の池君、ありがとう」

三途も少し照れながらお礼を述べると、隣の葬儀場へと向かった。


三途が出ていくのを見見計らい死神は、一人呟いた。「あれは、やばい・・・」っと。

それを聞いて、美子は大満足したのであった。


その後、戻ってきた死神女子の称賛を浴びながら、美子は、自分の死化粧の手直しを行った。


最後の大仕事やり遂げた美子は、満足気に「もういいわよ」と死神に声をかける。


死神が指をパチンと鳴らす。


すると、何事もなかったように人々の時が動き始めた。

厳かなバックミュージック流れ、式場スタッフが「最後のお別れを・・・」と言い人々は棺の周りに集まり、美子の顔を再度見た。


そして、会場はどよめいた。


先程見た美子の顔と、今自分達が見ている美子の顔が、明らかに異なっていたのだった。

誰かがそっと呟いた「もしかして、生きてる?」小さな呟きは、大きなさざ波になって会場をざわめかせる。


会場スタッフもそのざわめきに釣れられ、美子の顔を見に来た。

そして「生きてる?!!」と悲鳴を上げた。


そこからはもう大騒ぎであった。

美子の完璧すぎる化粧のお陰で、式は一旦中断になり、再度医師に死亡を確認してもらう事態になったのであった。


その後、見事すぎる納棺師の技が話題となり、そこの式場はその後予約が殺到する事態になった。


人々の反応にも大満足した美子は、さぁ、そろそろ逝ってもいいわよと死神に声をかけたのだった。

「よし、逝くか!」

死神と美子は、空から一本伸びている、あの世行きの道を歩き始めた。

暫く歩くと、急に景色が切り替わり花畑が現れた。

何故か寂れた遊園地のような入場門が見えてきた。

看板には《ようこそあの世へ!》とかかれていた。


死神は手慣れた手つきで、2名分の入園券を投函箱へ投函した。美子の手をとり、足を門扉に入れた瞬間、二人の視界が暗転した。


時刻はただいま18時00分01秒。

あの世も時間に厳しかった…。

短編になります

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