壊れかけのロボットの最重要任務
朝7時になったのでスリープモードが解除された。
玄関から離れ、ご主人さまの自室に向かう。
以前、スリープモードを解除するのが忍びないからといってそのまま自室に行き、休まれていたこ
とがあったので、今朝はいらっしゃるかもしれない。
「ご主人さま。朝です。起きてください」
返事がなかったので勝手に入りベッドの傍まで行く。
部屋は昨日と何も変わった様子はない。
ただ本棚などに積もった埃の量はおびただしく、本当はこの部屋も清掃対象にみえるのだが、ご
主人さまの自室の掃除は許可されていない。
なんでも一見ただ散らかしているように見えても深い計算があるのだと。
毛布をめくってもご主人さまはいらっしゃらなかったのでそのまま部屋を出る。
「清掃作業に移ります」
一声宣言してから清掃作業に移る。とは言ってもロボット掃除機に指示を出すだけだ。
私は指示を出している間基本的に動かないため、まるで部下を働かせて自分は何もしない上司
みたいだねといってご主人さまは笑っていた。
そう笑ったときご主人さまのメンタルカーブに変動が見られたため、その日の晩にはご主人さま
が好きだとおっしゃっていた料理をお出しした。
「朝食制作に移ります」
と宣言したのはいいものの、食材がつきたため行った注文の音沙汰はない。
「朝食を頼まれましたら乾パンをお出ししましょう」
私にはどうすることも出来ないことが増えていく。
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ロボット掃除機が全台停止した。
経年劣化が原因と推測される。諦めてちりとりと箒を手に持って清掃を行う。
自家発電機からの電力供給が滞るようになってきた。
モーターやコンデンサの劣化が原因と推測
される。諦めて清掃範囲を縮める。
動くと関節が嫌な音を出すようになった。
長期間メンテナンスを受けていないことが原因と推測される。
ご主人さまは最後にお見送りをしたとき、行ってきます、すぐ帰ってくるよとおっしゃっていた。
最重要任務の遂行のみを目的とする。
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スリープモードが解除された。
辺りを見渡すとモニターが点滅していた。
なにかを受信しようとしているらしい。
しばらく待っていると一瞬暗転し、その後すぐに鮮明な風景が写った。
そこにはーーご主人さまが居た。
「私……声……聞こえ……返事……」
「はい、ご主人さま」
おそらく聞こえているかどうかの確認をしたいのだろう。
「……の声が……して」
ご主人さまは同じ言葉を繰り返している。
「あぁ、良かっ……。……たんだ。かなり遠い……」
私とご主人さまは途切れ途切れで、とてもスローペースながらも話し始めた。
「調子……どう?」
「メンテナンスが必要な状況です。様々な機能が停止しました」
「あはは……そうだよね」
「ご主人様も療養が必要なように見えます」
ご主人さまは最後に見たときと比べ、流れた年月以上に老けたように見えた。
「……驕ってこのざまだ。笑うしかない。すぐに帰ってくるつもりだったんだ。すぐに帰れるようにできると思ってたんだ」
ご主人さまは、消えてしまいそうな笑顔を作って続けた。
「一度失敗した我々がどうしてまた失敗しないと思ったんだろう。失敗を積み重ねる前に最期の
時を楽しめば良かったのに」
「ご主人さま。もっとも大事なことをしておりません」
「……なんのこと?」
「私達はまだ挨拶をしておりません」
ご主人さまは一瞬呆けたような顔をしたあと、泣いているような、笑っているような顔をして言っ
た。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
薄れゆく意識の中で、かすかにパァンと、軽く重い音がした気がした。
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