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曼珠沙華の咲く踏切で

『黄昏時の宵闇に融和するように、それは静謐に佇んでいた。赤色灯の硝子を透過して僕の瞳に映る斜陽は、酷く朧気で、醜いほどに婉美だった。

黒と黄色の遮断桿はところどころ塗装が剥げていて、『踏切注意』と謳われている看板は、もう殆どが鉄錆びている。

揺蕩う幻影には、郷愁というような感情が、お似合いだった。


路傍には粛然と曼珠沙華が咲いている。アクアリウムの水底で静穏に靡く水藻の如く、ただ僅かな斜陽だけを頼りに、夢幻と薄倖を身に纏っていた。それはさながら、宵に昏れるあの郷愁にも、泡沫にも、似ていた──。』



街路灯の柱に寄り掛かりながら、僕は結びの罫線を引く。それは線香花火の珠玉が虚空に霧散してしまう、最期のあの音だと思えた。

故障のせいか緩慢に点滅を繰り返す白色灯も、今は物寂しげに感じる。点灯しては消滅する、その残像が目に焼き付いていた。


そういえばこの踏切には、どうやら名前が付いていたらしい。

らしい、というのは、僕の記憶の片隅にあった柔らかなものが、ひょっこりと喉のあたりまで差し掛かっているからだ。

どうにも、もどかしい。大抵のことなら少考して見切りをつけるのだが、何故かこの名前だけは、自力で思い出したい気がした。


そうして、何分経ったろうか。何をしているのかと問われ、口を開けば、そんなこと──と一蹴されてしまうのは分かりきっている。


──けれど、分からない。どうしても、これだけは思い出せない。

嘆息し、小さく頭を振る。柔らかな、生温い風が頬を撫でていき、髪の合間を通り過ぎていった。いかにも夏めいた匂いが、した。

僕はこの匂いが、好きだ。たった一陣の風の中に、途轍もないほどの郷愁やら哀愁やら、それこそ平たく言ってしまえば『巨大な感情』を秘めている。その巨大な感情に己の物差しで線を引いて、名前を付けて、文字に起こして具現化するのが、好きなのだ。



『昊天に揺蕩う一陣の風は、頬を撫でながら髪の合間を通り過ぎていった。

生温いと感じるのは、早計だった。だから、夏めいた匂いだ──と僕は筆を走らせて、文字を綴ってみる。

──早稲に彩られた薫風には、微かにあの水路の名残があった。それはまるで泡沫のように儚い、夢幻でもある。

湧き出る感情には、やはり郷愁という名前が、お似合いだった。』

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