夏だから熱いんだろうね、きっとこれは恋とかじゃない
第1章 原子レベルの接触
舞台は東京、新宿区 2022年6月22日 天気 大晴れ 気温:34度
お昼すぎの新宿は暑い、ふと思った、この世界はいつ生まれたんだろう?
ーそんな事が思い浮かんだのは街中に植えられている綺麗に並べられた街路樹から聞こえてくる夏の声、セミたちによる合唱コンクールのせい。哲学者たちは偉そうに宇宙の事や星のことを人と結びつけたりまるで自分が支配者になったかのように言ったり、いきなり自分は無知だと言ったりするけど、恋心ってやつを少しも分かってないし分かろうともしてない気がした。
だから哲学者たちはきっと恋をしない、私はそう思った。世界の始まりであるビックバンについては偉そうに語るけど暑いときに汗をかきそうな時はとりあえずスタバに逃げる私のことなんか一ミリも分かってない、彼らはスタバどころかタピオカすら分かってないのにビックバンの事がわかるはずがない。しかも特に恋心がビックバンよりも私達を困らせることなんかわかるはずがないんだ。
私なりの解釈を心の内に済ませスッキリしている私に、蝉の声より高くて元気な声で
「やっほー、すずかっち元気?すずかっちだよね!?こっち向いてよ!!」
そう彼女は私のルームメイト鈴ヶ丘高等学校の2年生の谷口恵美さん。
(すずかっちってなんだよ、はずいからやめてくれと内心思った)
「あー、えみさんか、いつも通りで元気だよね、その元気分けてよ」
私、宮下鈴花は落ち着いた声で対応した!(落ち着いてるよね私って思いたいし、そう思いながら過ごしてる、俗に言う清楚系とか大人な女子になりたいのだというのは秘密であって、誰かに言う事などないだろう)
夏休み前の学校最終日はお昼までだった、学校が早く終わるのは嬉しいけどこの時間は暑いし汗かくし最悪、しかも恵美さんの元気の良さといえばまさに夏と熱帯を連想させるかのようだったけど私は大人な女子だ、彼女とスタバに逃げることにした。
「へぇー、すずかっちっていつもブラックなの頼むよね、まずくないの?」
恵美に聞かれた私は
「こっちの方が午後の目覚めがよくてさ、午前中授業で使った集中力を回復させてるの!それより恵美さんは何頼むの?」
「えーー、私は秘密ーー」
と恵美が言った、
「うわっ、何で隠すの次さ頼む番じゃん?」
そう答えた次の瞬間には恵美さんのオーダーする番だ。
「キャラメルクリームたっぷりのキャラメルカフェでお願いします」
そんな彼女のオーダーに少し微笑ましく思った店員さんはハツラツと注文を受けてお会計を済ませた。私たちはその後スタバで他愛もない噂話や可愛いについての話や気になる子の話をした。
「ねね、実は私ね谷口くんが気になっててさ!!かっこいいんだよね、あのスラッとした切れ長の目と口癖がさ「~する、~しない」とか濁さないからはっきりしていていいんだよね、、それでさ鈴花は気になる人いるの??」
「なにいきなりw私は大学に入るまで恋とかしないって決めてるんだよね」
強気に返す私だが内心少しだけ焦っている気がした、だってもう17歳なんだよ?気になる年頃やし仕方なくない?だけどわざわざそれだけ考えてるのっておかしくない?って思ってる。
「だから、私はまだいいかな~そういうの」
少し私の目をじーっと見つめながら内心を悟ったように恵美は言った。
「そっか、まだ運命の人に会えてないんだね!かわいそおお」
飲んでいたブラックが口からブラックアウトするところだった、危ない危ない、そんな事店内でしたら
完全にブラックリストに乗ってしまい二度とこのスタバには入れなくなるところだった、スタバ国際手配犯にはなりたくないものだ。
「なんなんいきなり~、全然そんなんじゃないから」
笑いながら答える私、
「そっか、そっか、でもさ会えるといいね!」
おそらく彼女の頭の中の私の設定は彼女にしか変える権限はないらしいとわかった。
私たちはそんな会話でなんだかんだ2時間位スタバに居座った。そろそろ歩きたいって思ったのを察知したのは恵美さんだった。
「よし、じゃあ私行きたい所あるからちょっと原宿まで飛んでこ?」
「あ、うん、分かった」
私は原宿まで歩くん?って思ったけど彼女の「飛んでこっ」て言葉に操られたかのように返事をしてしまった、飛んだのは私の思考能力だった。
見慣れた景色原宿駅を降りると目の前に広がるのは原宿通り、これがマーケティングの力なのか、それらしい事を思いながら私は駅を後にして通りに駆け込んだ。原宿通りはいつも通りだ、何がいつも通りかって?JKの集団JKから抜けきれないJDと秋葉原から流れてくるメイドたちの群れ、ここが動物園なら私もおさるさんの仲間なのかもしれない、だけどおさるさんだって可愛い、か、可愛いはずだ!彼女たちは私よりもJKやってるみたいに頭にレッサーパンダの耳や猫耳をつけたり、おしゃれなインナーヘアーを見せつけてくる、私だって家にそれなりにストックあるし今日は学校帰りだから制服だし、何ならこっちのほうがJKブランドの最骨頂だっつーのっていう私の中のエゴを殺しながら今を楽しむことにした。
「ねー!これ見てよ!可愛くない!?」
店先に並ぶ服には魔性がある、全部可愛く思えるしそれに魅せられてしまう恵美の気持ちも手にとるように分かる。人混みに流されながら20分もしたら原宿通りはすぐに終わってしまう。
「あーーやっぱり暑いよ、途中にあったタピオカ飲みに行こ?」
恵美の提案はいつも私の欲にダイレクトアタックする。
「うん、そうしよ」
わたしに逆らうだけの自制心があると思うのか?あるはずがない、特にブラックで糖分を絶っている私の脳ではタピオカはまるで寝る前のお布団だ、ここまできたら引き返せない、私は思った。
二人はタピオカ店に行くことにした、今日だけで出費がえらいことになった。恵美よ君は大罪を犯すのに共犯者として私を連れて行くのはやめておくれ、でも今しか楽しめない、来年には受験があるもの、、という言い訳をすることにした。
本日二度目の茶の間、私達の喉の乾きは食欲を凌駕する。通り過ぎる群衆を背に席についてタピオカを飲みながら携帯を見る私達は他人から見たらよくある光景なのだろう。事件はそのようなよくある光景からいきなり現れる。
携帯に集中していた私の耳に遠くからぶぅーーーんと迫ってくる音、私の耳はそこまで敏感ではないがぶぅーーーんが迫ってくると反射的に振り向いてしまう、その時おまけで私の小さな叫び声と大きなビンタは宙を舞った、そのぶぅーーんはあまりにもハエの音に似ていたからだ、
バチンッ、その音は快音だった、あまりに綺麗な音とともに、ガシャンッ、落ちた小型扇風機、目線を上げるとそこには180センチは超える細長いシルエットが甘エビのようにクネッと体を曲げながらゆっくり落ちてゆく、脳内アナウンサーが叫ぶ「ストラーイク!バッター空振り三振」私が放った全力の
ビンタ という名の投球はキャッチャーグローブという彼の顔に吸い込まれてそのままキャッチャーを倒した、これが少年ジャンプなら大盛りあがりだが私の血の気は引いていった、しかもこの制服は私の学校のものだった、、、、、
「ああああ、、すすすすいませええええん」
恥ずかしさのあまり私は急いで小型扇風機を拾うと倒れた彼の手にがっしりと渡して飲みかけのタピオカを置いたまま逃げたくなる気持ちを抑えながら謝罪した。
「あ、あぁーだ、大丈夫、ボクシングで鍛えてるからなんとか顔を反らしたし、音は響いたけどあまり効いてないよ、それよりナイスジャブだったよ」
彼なりの励まし方だったのかもしれないだが私の羞恥心はリミットオーバーだった、「ああああ、あの本当にごめんなさい、わたし、今から帰ります二度とこないので許してください><」
私はそれを言うなりタピオカと恵美を放置したまま店からでてしまったその勢いのまま逃走をした。
「あーー大丈夫気にしとらんから!」
「お客様!お支払い!」
彼と店員がなにか言っていたが私の脳は逃走を一択でそれどころじゃなかった、私がそのあと恵美にタピオカ代を払うのと二度と忘れられない彼との出会いはきっと偶然という名の「ビックバンなのかもしれない」
第2章 夏休みはいつだって一番熱い季節
7月2日 天気 曇り 気温32度
1週間がたったあのあと2回ほど恵美にあってお詫びにタピオカ代と彼女と映画を見に行ってきた、もちろんポップコーンは私が払った。出費は夏休み中のバイトで挽回する事にした。今日は7月2日バイトの休みの日、天気は曇りだけど雨は振らないらしい、午前中はずっと勉強してたけどなかなかあの日のビンタ事件から彼の顔に真っ赤な私の手跡が残っていたのが忘れられない、恵美から聞いた話だと彼の名前は佐渡裕也、違うクラスのやつらしい、ボクシングで東京でも指折りに強いらしいだけどボクシングバカだから学校サボってランニングしたりボクシングの練習をするらしい、あの事件から彼の事を徹底的に調べる恵美の情報網はもはや怖いレベル、インスタを交換したらしい、なぜかもやもやする、しっかりと謝らなきゃ気が済まないけど、話かける勇気なんて私にあると思うのか?あのあと恵美に話しかけるのでさえためらいながらだった私に、否、あるわけがない。
そんな葛藤とおさらばしたい私は因縁の地に行くことにした、原宿、時間もあの人日に似ている、きっとこんな日こそお出かけしなきゃだめなんだ頑張れ私。ほぼヤケクソ気味に家を飛び出した彼女は原宿へと向かった。
原宿は曇りの日には別の顔をみせる、このことを知っている人はどれくらいいるのだろうか、この日は降水確率は低いけど情報不足のためか雨避け用の幕を張っているお店がいくつか目立つ。
原宿通りを歩くこと5分、例のタピオカ店、あの日と全く同じ、だけどあの日よりドキドキする、晴れてないのに妙に汗がでる、少し覗いたけどやっぱりあのときのボクサーはいない、タピオカは飲む気にはなれない。どうしよう、来てみたけど予定もないし友達もいない、少し歩くか、私は少し歩いた、その時、
「みゃあああああ」
自己主張たかめのキャラメル色の猫が上り坂をゆっくり登っていく、その後を追いかけてみることにした、そしたらどこかの神社に着いた、あれ、こんなところに神社なんかあったっけ?
私は神社に立ち入った、猫に招かれたみたいだった、特に抵抗感も感じなかったけど入らなきゃいけないかもって思った、どうしてかって、猫に聞いてみたいくらいだよ
そんな事考えていたら僧侶さん?みたいな方が現れて、話しかけてくれた
「こんにちは、本日はお越しいただきありがとうございます!本日は猫に着いてきた感じでしょうか?」
そう聞かれて少しギクリとしながらも
「あ、はい、すいません、すぐ帰ります。」
彼は続けた
「そうなんですね、猫に導かれてきた人は大抵悩み事があるようなのでもしあなたも悩み事に悩まされているのならお話だけでもお聞きしますが、、」
私は言った
「いや、、、あの、、、人に話せる話じゃないっていうか、ちょっと恥ずかしい話なので遠慮しときます、でも神社内は少し見て回ります。」
「そうでしたか、分かりました、どうぞごゆっくり」
僧侶さんはそう言い残すとくるりと身を返して神社内に溶けていった。
わたしは言ったがままに神社内を見て回ることにした、大きな木、たくさんの日陰と少しの観光客、おみくじは随時やっているらしい、小銭の響く音と鈴の音は似ている。いついらいだっけ一人で神社に来たのは、、あれ、来たことあるっけ一人で、、、。わ、、分からないけど、ここはとても懐かしく感じる
パワースポットから貰えるパワーってなんか名前のインパクトによらず穏やかな物だった。
しばらく散策をしたあとに神社をあとにした、あーーやばい、こんな時間だ、少し暗くなっていた、神隠しにでもあっていたかのようだった。
私は神社をあとにすると原宿はすっかり夜の表顔を見せていた、わたしはちらつくように現れてきたチャラい男性たちに絡まれないように目を合わせないように歩いていた、そんな淡い思いはすぐに崩れ落ちる、目の前にはキンキラの髪を生やした男が二人立ちふさがった、
「あれれ?こんな時間なのにもしかして一人?」
私は無視しながら左の方にドリフトをかましたがもう片方の壁が展開された、
「無視するとかありえなくないか?心配してるんだぜ?」
「いいえ、結構です、心配してもらわなくて家に帰ってるので邪魔しないでください。」
私ははっきりといった、こちとらナンパごとき初めてではない、何回も遭ってるしお母さんに何回も回避の仕方を教えてもらった。
「じゃあ、人様に優しくする方法教えてあげるからさ、こっちきなよ」
ほぼ強引に手を引っ張られた、あぁ、駄目だ、助けを求めなきゃ、叫ばなきゃ、でも今は私服で誰も私が高校生じゃないって思われないし少しガタイがいいこの二人の相手をして私を助けてくれる人も周りに、、その時サラリーマンの会社帰りの男性が突如として現れて言った。
「なんだ君たち、彼女嫌がってるじゃないか無理やり酷いことしてるんじゃないのか?」
あ、ヒーローきたよ、大柄の片方がサラリーマンをギロリ、
「何いってんですか、証拠もなく酷いな~、おじさん、うちの相棒の彼女狙ってんのか?キモいなおい」
「え、違う、たすけ、」
私が言おうとしたが
「彼女も怒ってるから邪魔しないでくれよ、おじさん」
阻まれた、
「めんどくさいな、やかましいからそういうのよそでやれ」
おじさんはたじろぎながら具合が悪そうに尾びれを返して行ってしまった。あぁ、救世主が、終わりだ。
「よっす!なんだお前らちょっと邪魔だ」
いきなりどこからかタオルを頭巾代わりにしてる汗だくの青年が現る、肌は少し褐色色だが顔は白くて背は少し高いけど細身、、あれ、なんか見覚えが、
「ああああ、お前はこの前逃げた女じゃねえか!?何してんだ、その人彼氏さん??すまんねこの前は」
彼はいった、
「ああん?誰だお前、、あ!お前は佐渡じゃねえか(やばい、こいつボクシングここらじゃ最強の)やべえ」
「ところで、この前のことなんだが気にすんなよほんといいジャブだったし、、」
「助けてください」
私は言った。
「ん??どういう状況?」
二人の金髪は彼女を離して後ずさる。私は佐渡くんの後ろまで走って後ろにくっついた、名付けてコアラ作戦、
「ごめんなさい、佐渡さん、この前はすいませんでした、実はいま酷いナンパにあっていて、助けてください」
「おおっ!?そういうことかぁ、おい、本当なのか?お前ら駄目じゃねえかそんな事、な?」
佐渡は二人を睨めつける。
「いや、俺らは普通に話してただけなんで、んじゃあ」
二人は決まりが悪そうに離れていった。
(あぁーー助かったあああ)
「んで君はいつまで捕まっているんだ?今さ汗だくでとてもじゃないけど、人に汗を垂らしてる気分で悪いのだが」
私は強く握っていて気づかなかったけど湿っている。
「あああああ、汗びっしょじゃん!てか、これほんとに汗!?ここ原宿通りだよ!?何しとんのまじで!?」
我に返った私は慌てて手を離した。
「原宿通りは人が多いからな、ここを走るといいフットワークの練習になんだよ、もう大丈夫そうだな俺はまだ練習があるから行くわ!じゃあ、またな!」
「ちょ、待って」
彼はそう言い残すとサッと行ってしまった、早すぎる、一瞬で人混みの中に消えてしまった。
「もおお、何なのよ、ありがとうすら言えんかったんだけど、、、」
私がこのあとボロボロの髪を治すこともなくぼーっとしたまま電車をとり家に帰ったのは言うまでもない。その夜はまた迷惑をかけてしまったと思い夏休みの課題も足取りが重いままだった。