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名探偵の忘れもの  作者: おけや
ホテル女子高生殺害事件
2/6

時を越えた少女

 誰もいない教室。西日に染められた学び舎は静かなものだった。

 音があるのだとすれば、それは吹奏楽部の破滅的な演奏の音色と、時たま聞こえる野球部が硬式ボールを打った子気味良い音くらいなものだ。しかしそれらもどこか遠い世界から聞こえるように、くぐもって聞こえた。

 拭き残しのある黒板に、誰かの机の上に残されたノート。それらと一緒に奥菜(オキナ)(イツキ)は机で気持ちよさそうに眠っていた。


「んー……」


 まどろみの中から意識が徐々に覚醒していく。

 机に突っ伏していたのを起きて天井に向かって大きく伸びをする。すると眠っている間に固まってしまった筋肉が程よく解れて気持ちが良かった。


「んあ?」


 まるで長い夢でも見ていたかのようだった。まだ寝ぼけた瞳で辺りを見渡し、外を見る。するとなにかに気づいたようにキョロキョロと室内を慌てて見回して、やがてそれは一点を向いて止まった。

 黒板上にある古びた壁掛け電波時計である。そこに示されるのは6時20分というもの。


「はぁ!?」


 信じられない時間に控えめな大声で叫びながら立ち上がった。

 慌ててスマホを確認するが、そこにも『7月7日 18:20』と表示されている。

 今日は用事があった。市内のショッピングモール内の本屋で注文した本を取りに行かなければならないのだ。

 最近では電子書籍も流行っているものの、漫画ならまだしも小説は紙の方が読みやすい、というのが持論だ。


「……あれ?」


 ふと、誰かと一緒に行く約束をしたような気がした。

 思い出そうとすると、頭痛がした。


『へぇー、……然! わた……たかったんだ。……かったらいっ……にどう?』


 それはひどくノイズまみれな声で、何を言っているのかさえ判別できない。

 その頭痛は、感覚的にはかき氷を慌てて食べた感覚に似ていた。キーン、と頭に響くような痛みだが、より鋭く刺すような痛みだった。

 しばらく待つと痛みは消えた。

 痛みを振り払うように頭を振り、厨二病乙、と自分に投げかける。そこまで落ちぶれては、流石に自分で自分が可哀想になる。


 それから汗がぶわっと吹き出してきた。というか暑かった。それもそうだ。今は7月も真っ盛り。クーラーもない部屋では熱中症になってもおかしくない季節だ。頭が痛いのもこの暑さのせいだろう。きっと脱水症になりかけているのだ。

 乾いた喉を潤すために水筒の水を飲みつつ、どうして誰も起こしてくれなかったんだろう、と考える。

 だって放課後である。普通は部活に行くか家に帰るかどちらか二つに一つだ。なら起こしてくれたっていいではないか。

 と、そこまで考えたが、おそらく答えはシンプルなのだろう。それは友達でもない奴を起こすために行動するなんてバカバカしい、ということだ。


 くそったれめ、と思いながらカバンを持って1年2組の教室を出る。もしこれが青春漫画の一ページだったら俺は間違いなく走っていると思う。しかしながら、当然そんな事はしない。

 たまに思うのだが、彼らはよくあんなに走れると思う。走るのは恥ずかしくて少しバカバカしい。それに誰かとぶつかる危険もある。それで相手に大怪我でもさせたら大変だ。よくもまぁあんなリスキーな行動がとれるものだと時たま思う。


 下駄箱で靴を履き替えたときには、もう下校の音楽が鳴り始めていた。うちの高校ではいきものがかりの「帰りたくなったよ」が流れるのだ。あまりに直球すぎて初めて聞いた時には笑ってしまったのを覚えている。


 その音を背中で聞きながら正門に近づく。その時、誰かを待つようにして正門脇の壁に背を預けている女子が見えた。

 その人は、名前をなんといったんだっけか。

 金髪の女子だったから顔だけはよく覚えている。何でもイギリス人のハーフなのだそうだ。それに加え、容姿が良くて勉強も運動も出来るのだということを、昼休みにクラスの連中の話を盗み聞きしていて知った。

 こんなところにいるということは誰かを待っているのだろう。そんなことを考えてすぐに興味をなくした。友達を待っているにしても、彼氏を待っているにしても、自分には関係のない話だ。


 脇で抱えるようにカバンを持ちながら、もう片方の腕で額の汗を拭う。

 それにしても暑い。

 陽はもう傾いているというのにこの忌々しい夏の暑さは一向に引く兆しを見せない。汗は吹き出して止まらず、そのせいでワイシャツの下に着たシャツはぐっしょりと濡れて嫌な感覚がしている。早く家に帰ってお風呂に入りたい。

 そんなことを考えながら正門を通過した。


「──待ちなさい」


 そうしようとしたとき、不意に呼び止められた。

 辺りをキョロキョロしてみて他に人はいなかったが、本当に俺なのか? 美人に呼び止められる理由を考えてみたが思い浮かばなかった。そもそも女子と接点がないし。

 意図を量るように金髪女子の表情を観察してみた。

 よく見れば彼女の顔は朱色に染まっているように思えた。しかしそれは夕焼けに焼かれているせいなのかもしれない。

 彼女の瞳は間違いなくこちらに注がれているように思える。顔というか、喉元というか、口元というか、その辺を見ているようだ。

 うん、これは間違いなくこっちを見てるね。でももし間違ってたら嫌だし、無視することにしよう。反応して恥を見る方が嫌だ。それに早く風呂入りたいし。

 そう結論を出してもう一度歩を進めようとする。


「あなたのことなんだけど。奥菜(オキナ)君」

「……なんか用ですか?」


 名前を呼ばれて尚もスルーできるほど精神が図太いわけではなく、仕方なく立ち止まって振り向いた。もしこれで俺の苗字が佐藤とかなら絶対に立ち止まらなかった。だって佐藤なら他の佐藤かもしれないし。大体奥菜(オキナ)なんて名前は珍しすぎて嫌だ。それに中学の頃、知らない奴に一度竹取の奥菜(オキナ)と言われたこともある。どう反応していいかわからなかったから無視すると、それ以来彼から話しかけられることもなかった。中学の卒業式のあとにそいつが主催したカラオケパーティーがあったらしいが、それにも俺だけ誘われなかった。


「今朝のあれはどういう意味?」

「ん?」


 今朝? 今朝って何の話?

 こんな金髪に話しかけられたことあったっけ? と記憶をめぐらせるが、そんなものはない。そもそも今日は親以外とは口を聞いていない。


「私をおちょくって言ったの?」

「もしかして誰かと勘違いしてます? 何かありましたっけ?」

「嘘つかないで」


 えぇ……と思いながら頭を搔く。


「まぁいいわ。これからどこに行くの?」

「えっと、本屋に行くんですけど。ショッピングモールの……」


 そう答えると彼女は俺の顔をじっと見つめてくる。女子に耐性のない身としてはまるで地獄のような時間だ。どうしてほとんど知らない女子に見つめられるなんて辱めを受けねばならんのか。


「どうして?」


 どうして、って言われても、どうしてそんなことを聞かれるんだろうか。


「注文してた本を買いに行くんだけど、それがなにか?」

「その本の名前は?」


 彼女の質問に『流星ワゴン』と答えた。昔読んだことがある小説だ。それをこの前急に読みたくなって注文したのだ。


「嘘じゃないみたいね」


 いやどういう意味だよ。失礼な奴だな。まるで普段の俺が信用出来ないかのような言い草だ。そんなセリフを友達でもない奴に言われたくない。というか友達でもヤダ。むしろそっちなら余計傷つく。

 というか、彼女の顔が怖い。なんか睨まれてるんだけど。いつもこんな顔だったっけ? いつもはもっと優しそうに微笑んでいるイメージだったのに、今はまるで戦地帰りの帰還兵よろしく険しい顔つきだ。


「あの、もう行っていいですか? 急いでるんで」


 似合わないような精一杯の愛想笑いを浮かべ、返事も待たないまま帰ろうとした。

 不意に手を引かれて足を止めた。見ると金髪女子が俺の手首を掴んでいた。


「…………」


 振り払おうと思えば振り払えるようなか弱い力だった。それでも振り払えなかったのは、何故だかデジャブを感じたからだ。この手を振り払ってしまえば、何か大切なものを失ってしまうような気がした。

 彼女はこちらをじっと見ていた。その瞳にはどこか哀愁と不安が感じられた。それを見ると、彼女にも何か事情があるように思えた。


「えっと、なにか……?」


 手首がじんわりと温かくなって、それが妙に恥ずかしかった。

 何を言えばいいのかわからなくなって、金髪女子の顔も直視できなくなった。


「約束」

「約束……?」


 約束というのがなんのことかわからずにオウム返しする。


「──バナナミルクとクレープ奢るから、私の買い物に付き合って」


 その言葉に、俺は負けた。押しに弱いタイプだったし、なんだか彼女が可哀想な気がしたからだった。


 ショッピングモールに行くまでの間は、付き合って、とはどういう意味なのかを考えた。その言葉の意味が交際という意味なのか、それとも用事に付き合えという意味なのか考えたが、どう考えても前者ではないだろう。こんな美人に告白される縁なんてないし、もし告白されたところで気味が悪い。


 クーラーの効いたショッピングモールの中は歩くのも苦にならないほど心地よかった。心なしか空気も軽く感じる。

 本屋で本を買ったあと、金髪女子がある店の前で立ち止まった。どうやら女子はその店に入って行くらしかったから、うげっと思った。


「じゃ、俺ここで待ってるんで」

「どうして?」


 怪訝そうな顔で彼女は若干睨んでくる。

 言葉が詰まりそうになったが、しかしこの頃になればこのおっかない美人にも多少の耐性はついてきていた。


「いや、だってここ、男が入るような店じゃないと思うんで。なんだか、オシャレって感じだし」

「今の時代はジェンダーレスよ」

「そういう問題じゃなくて、女性専用車に男が入るみたいなもんだって」

「いいから入って」


 僅かな怒気を含ませて彼女は言った。何が彼女をそこまで駆り立てるのかわからない。もしかしたら一人で店に入るのが恥ずかしいとか? だとしたら可愛いものであるが、何にせよ、俺は店に入らなければならないらしい。

 だとしたら、その前にしておきたいことがあった。


「じゃあ、ちょっとだけ待っててくれる?」

「どこに行くの?」

「トイレ。店の真横の」

「本当に?」

「ほんとーほんとー」


 適当にあしらって男子トイレの個室の中に入る。清潔さを売りにしているショッピングモールだけあってトイレの中もかなり綺麗だ。このトイレと対義語の関係にあるのは公園のトイレだろう。あそこはどうしてあんなに汚いのか謎だ。

 そんなくだらないことを考えつつカバンを開くとボディシートを出して体を拭いた。

 ショッピングモールを歩くだけならまだしも、店の中に入るのに汗の匂いをぷんぷんさせていくというのは恥ずかしかったからだ。

 拭き終わったあと、服の上からクンクンと匂いを嗅いで問題がないことを確認し、トイレから出た。


「ん?」


 男子トイレから出たところにある、待合場まで歩いたところで懐かしい匂いがしてふと目が惹かれた。

 そこは休憩用のソファや自販機が並ぶ場所で、時間帯だからか立地のせいなのかわからないが、人気は少なかった。そのうちの一人の顔がどこかで見たことあるような気がしたのだ。

 それはセミロングの女子だった。クラスの誰かだったと思うんだけど……ダメだ。思い出せない。というか顔を下げてスマホを弄ってるせいで余計分かりづらい。

 もう喉元まで名前が出かかっている。話しかけようと思ったがハッとした。そういえば人を待たせているんだった。それもなんだか今日は機嫌が悪い人を。心の中で、待たせたら怒られるかも、と呟いて足早にそこから去った。


「お待たせしました」

「何してたの?」

「え?」

「なによ」

「そこまで言わなきゃいけないの……?」


 何コイツ。束縛系? 彼氏ができたら嫌われるぞ。特に俺はそういうのは無理だ。自分の思うがまま自由に生きたいタイプの人間だと自負している。

 引き気味に言うと、どうやら彼女もハッとしたようだった。


「ごめんなさい。デリカシーがなかったわ」


 彼女は目を伏せがちに謝った。

 今日のこれまでの行動的に、まさか彼女の頭に人に謝るなんて選択肢があると思わなかったから少し驚いた。それにしてもしょんぼりとすると可愛いな。少し胸がドキッとしそうになった。もしかしたら、俺が思ってたよりは良い子なのかもしれない。


 気まずい空気を残しながらも店の中に入る。

 やはり店内の雰囲気は俺に合っていない。フェイクグリーンや何に使うのかわからない木製の箱とか、なんかオシャレっぽいインテリアやアクセサリーが並んでいる。それにアロマでも焚いているのかリラックスするような匂いもした。

 こんな店に入った経験なんて今までになく、俺は女子の後ろを金魚のフンのようにくっついて行った。ていうか今さらだけどこの女子名前なんだっけ?


「それがどうかしたのか?」


 店を見ていく中で女子の足が止まったから聞いてみた。見ると何かのアクセサリーを見ているようだった。革紐の先に琥珀がついたものだ。よく分からないが、大きさからしてブレスレットとかキーホルダーとかだろう。


「なんでもない」


 素っ気なく言うと、彼女はそれを商品棚に戻した。それからポケットから出したスマホを一度見たようだ。つられて時間を確認すると7時半だった。

 結局、何も買わずに彼女は店から出た。


 それから何軒か店を回ったあと、フードコートに行った。ガヤガヤとうるさいなか、一人席で座って金髪女子の帰りを待っていた。彼女が席を確保しておいてほしいと言ったからだ。

 スマホを見ると、時刻はもう8時半を過ぎていた。ついでに言うと母親からLINEが一通だけ届いていた。

 返信していると、しばらくして金髪女子が戻ってきた。


「はい」


 と彼女は片手に一つずつ持ったクレープとバナナミルクを渡してきた。

 クレープはバナナとホイップクリームだけのシンプルなものだったが、それも好物だったから驚いた。カスタードやアイスが入った贅沢なものはあまり好きではなかった。

 あれ? と声を漏らす。


「お前のは?」

「私はいらないから」


 拗ねたような顔で目を逸らして彼女は言った。なんか嘘くさい。

 そういえばさっきの店でも何も買わなかったし、もしかしてコイツ金がないのでは?

 そう思いつつチラリと見てみるとなんだか名残惜しそうに俺の手元を見ている。

 試しにさりげなくクレープ動かすと、それに釣られて彼女の視線もゆーらゆら。わっかりやす!


「食べる?」

「いらないわ」

「本当に?」

「いらないって言ってるじゃないの。……何が入ってるかわからないし」


 ふーん、と返す。しかし心は大ダメージだ。なに? コイツの中で俺はどんなイメージなの? こんな目の前で何か盛れるほど芸達者じゃないんだけど。え? てかなに? 初対面の人に何かやるような人に見えるの? 流石に酷くない?

 そんなことを思いながらクレープの具を見る。バナナとホイップクリームだけのシンプルなものだ。空気を変えたいのもあってずっと疑問だったことを口にした。


「そういえば、なんで俺がバナナ好きってわかったんだ? 俺お前と話したことあったっけ?」


 それがずっと疑問だった。俺はこんな金髪とろくに話した記憶もなければ、そもそも学校でバナナ好きだと公言した記憶もない。だから彼女がそれを知っているのが不思議だった。


「推理したのよ」

「推理?」


 推理なんて、探偵かなにかかよ。心の中で呟きながらバナナミルクを一口含ませる。

 濃厚なバナナの甘みが口の中に広がった。それでもしつこい味ではないのは牛乳の甘みがありながらも爽やかな味わいがバナナミルク全体の味わいをすっきりさせているからだ。


「ええ、私得意なの。だからあなたが何をしても無駄よ」

「……何の話?」

「とぼけるの? まぁ、別にそれでもいいわ」


 意味がわからん。


「あの、そろそろ目的を教えて貰えない? どうして俺をここに連れてきたの?」

「…………」


 彼女は俯いて黙り込んでしまった。

 実のところそれが一番の疑問であり、かつ彼女とともにショッピングモールに来た理由の一つでもある。どうして彼女が俺に関わろうとしたのか、それは好奇心をそそられる問題だった。


「……心当たりはないの?」

「わからないから聞いてるんだけど」

「もしかして、本当に覚えてないの?」

「……なにを? 教えて欲しい。なにを目的にしてるの?」


 金髪女子は何かを言った。記憶、前の時間軸、覚えてない、というようなことを言っていたが何を意味するかはわからない。厨二病か、それともこちらを混乱させようとしているのか。

 もう一口バナナミルクを飲んだ。頭を回転させるための糖分補給だった。


「それ、美味しい?」


 彼女の質問に呆気にとられてしまった。どうしたらその質問がいま出てくるのかわからなかった。話を逸らそうとしているのか?

 しかしそんな思考はできても予期していなかったことに心は動揺していた。


「……うん」


 そう情けなく子どもみたいに返事をすると彼女は満足したのか、表情が和らいで、それどころか微笑んだようにも見えた。

 バツが悪くなって、話を続けられなくなった。


「──ところで、名前を教えてもらっても?」

「あなた、クラスメイトの名前も覚えていないの?」

「申し訳ないけど、人の名前覚えるの苦手なんだ」


 別に他人に興味が無いわけではない。ただ、昔から他人の名前に関する記憶だけがうまく記録されないのだ。


「アリスよ。春宮アリス」


 春宮アリス。その言葉を胸の中で繰り返した。覚えられるかどうかは微妙だが、とりあえず覚えるように心がけよう。


「あなたに会えて良かったわ。それじゃ、もう時間だから。じゃあね、奥菜(オキナ)君」


 彼女はそれだけ言うと止める間もなく席を立ってしまった。


 クレープを食べて、バナナミルクを飲んで、それから家に帰った。

 リビングに行くと既にお風呂に入った母親が「こんな時間までなにしてたの?」と聞いてきた。確かにもう9時を過ぎてる。普段寄り道せず家に帰ってくる息子の帰りが遅いというのは心配なことなのかもしれない。


「別に。友達と遊んでた」


 冷蔵庫から牛乳を出しつつ、親に言った。嘘ではなかった。ただ春宮という言葉に友達という言葉を代入しただけだ。


「今日お父さん遅くなるって」


 母親の話を聞きながら、今日は早く寝ようと思った。どういう訳だが体が疲れ果てていた。


 次の日になって、学校に行くとそこはいつも通りだった。


 いつも通り朝のホームルームが始まって、いつも通り午前の授業を終わらせて、いつも通り昼食を食べた。教室には空席がいくつかあったが、それも日常の風景だった。


 だが、それも昼休みで変わった。

 なんというか、空気が変わったのだ。いつもはなんとなくワイワイガヤガヤという感じだが、今日はなんだかいつもよりそれらが尖っていた。同じ落ち着きのなさでも、秩序がなくなってしまったかのような感じだった。


「なんでもホテルで殺されて──」

「やばそれ。ビッチじゃん」

「うちの高校にそんなのが──」


 耳を澄ますとそんな声が聞こえた。

 なんとなくスマホを開いてニュースを見ると、速報が届いていた。


『女子高生遺体で発見 殺人か』


 そんな見出しで書かれた記事だった。

 それによると今日の午前7時頃、市内のホテルで一人の女子高生が遺体で見つかったようだ。まだ被害者の名前など詳しいことは書かれていなかったが、現場の状況からして殺害されたと警察は見ているようだ。


「よいしょ……」


 俺はスマホをポケットにしまって席を立った。昼ごはんを買いに購買に行くためだった。時間的にそろそろ人混みも減ってきた頃合だろう。


「俺、さっき教頭が先生たちと話してるの聞いちゃったんだけどさ。その殺されたやつってうちのクラスの西島らしいぜ」


 今日の売れ残りは何かな、なんて考えながら教室を出ようとすると、そんなヒソヒソ話が聞こえてきた。


 西島……確かそんな女子がいた。確か西島凪紗とか言ったか。確かオドオドした様子で背が低くて、最初見た時は小学生か中学生みたいだ、なんて思ったのだ。

 そこまで辿り着いたとき、あっ、と思い出した。


 そういえば昨日のショッピングモールのトイレで見かけた女子、あれは思い返せば西島凪紗だったんじゃないか?

 なら西島はあの後数時間で殺されたのか。

 そう思うとあの時話しかけなかったことを後悔した。何やら思い詰めた顔をしていたし、声をかけるだけでも結果は変わっていたのかもしれない。


 そう思うとやるせない思いも募った。しかし済んだことを気にしても仕方のないことだった。


 やり切れない思いを感じつつも教室から出ようとする。その時、わっ、と驚いたような声が聞こえ、続いて顔面に衝撃が走った。俺の意識はそれで簡単に途切れてしまった。

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