夜学
閲覧ありがとうございます。ぜひ感想お願いします。
うーん僕はうなりながら本を読んでいた。譜式に関する本だ。譜式は秩序だった紋様や文言のことでうまく使えば、不可思議な現象を起こすことができるのだ。
しかし、まだまだ未解明な部分も多い。
コンコンとドアがノックされた。僕はふっと本から目を上げるとドアの方に向かって声をかけた。
「どうぞ」
ドアを開けて女性が入ってくる。女性は薄い青色のワンピースを着て、足は素足であった。ブロンドの髪の毛を編み込みまとめていた。相貌もまたワンピースと同じ色をしていた。
冷たい印象を与えるように口元が引き締まっていた。
寮長のミラさんだ。
彼女の右手には小さな燭台があった。
「そろそろお休みになるように。」
彼女は部屋に入るなりそういった。ああ確かに窓の外に映る月は煌々と光を部屋の中にもたらしてくれているが、その位置は僕が思っているよりも高かった。ずいぶんと時間が経っていたようだ。
「ミラさんすいません。本に夢中になっていたものですから。」
「そのようですね。ノエルさん熱心なことは私個人としては好ましく思いますが、これも規則なので。」
今晩は月が出ていることもあり、夜でも明るかったが本来学院の就寝時間は日没後そう長くはない。
この学院は比較的恵まれた環境であるとはいえ、ろうそくの消費などはできるだけ避けなければならないのだ。
「わかりました。もう寝ます。すみません。」
僕がそういうと彼女は口元を少し和らげた。
「いえいえ、おやすみなさい。」
彼女は部屋を出て再び学院の見回りに行ったようだ。
僕は本をたたんでベッドの上に寝転がった。
ふとこの学院に入学してから半年がたったが僕はどれほどのことができるようになったのだろうか。半年前、難関試験を突破して学院に来たが何かできることが多くなったのだろうか。
確かに僕には魔法の才能があった。しかしそれは周囲の人に比べてといったところだ。僕が生まれた王国北部の寒村は魔法の力に目覚めた人はそれほどいなかった。村にあった小さな教会の神父が多少譜式についての知識があり、回復魔法が使えたぐらいだ。
魔法は親の才能に依存していることが多い。実際に王都の貴族には魔法の才が庶民よりもあるものが多かった。この国で貴族や上流階級のものは同じ階層のものと結ばれ、その血はどんどん濃くなっていくのだ。実際地元で才児と呼ばれても王都ではそれほど優れていることが感じられなかった。
いやいやそんなことを考えてはいけないのだ。つてもコネも金もない僕にはこの学院で魔法の開発に身命をかけ何とか王国騎士団への推薦を得るしかないのだ。
だがしかし、、、、
チュンチュンと鳥の鳴く声が聞こえる。
木漏れ日が顔に当たっているのを感じる。
朝だ、、、
朝から嫌な気分だ。昨日の晩はこれまでのことこれからのことを考えている間に眠ってしまったらしい。
才能、金、チャンスのなさ、選択肢のなさそんなことが僕の頭の周りをよぎっては消え、時間を奪ってくる。
こんなことを考えてしまうときは本を読むに限る。僕はベッドから出ると図書館に向かった。石造りの学院のうねった廊下を歩いて歩いて、学院の真ん中にある図書館に入った。
図書館の入り口には秘書がいて軽く会釈をした。
図書館には秘書のほかには人がいなかった。
この学院は王国の中心となる名家の子弟や商人、騎士団関係者の子息が通っていることが多い。僕のような魔法の才能を見出された庶民もいることはいるが、珍しいのだ。
やはり、生活基盤や今までの生活があまりにも異なる者同士が一緒にいると摩擦が生まれてしまう。それに彼らの学院生活の目的は魔法の研究ではないのだ。
贅沢なことに、、、
そんなことを考えながら本を選んだ。
【我が国とラン国の譜式発展の違い】
僕は隣国の魔法に関する本を手に取って読み始めた。
本を読んでいるとコツコツと足音が聞こえてきた。生徒が入ってくるとは珍しいこともあるもんだと思った。
学院の生徒の多くは貴族の子弟で未来のコネクションを作るために在籍していることが多い。つまり僕のように魔法やその譜式の研究にいそしんでいるものは珍しいのだ。
足音はどんどん近づいてきて僕の目の前で止まった。顔を上げるとミラさんがいた。
「ノエルさん。こんにちは。」
彼女は笑顔で話しかけてきた。
昨日は編み込まれていた髪は降ろされ、日光をキラキラと通したブロンドの髪は美しかった。昨晩の彼女は固い印象を与える顔だったが、昼間の彼女は朗らかな雰囲気だ。ミラさんは公私を厳格に分けるタイプだった。
「ミラさん、こんにちは。昨晩はすみませんでした。」
「いえいえ、昨日も言いましたが頑張っている方は素敵だと思いますよ。ルールは守らないといけないですが」
口調も随分と柔らかい。昨日は男性的な言葉遣いだったが、今は優しい言葉遣いだ。
「ノエルさん、今日は何の本を読んでいるのですか?」
「ああ、今日はラン国についての本を読んでいるのですよ。クリサンタームのものとはずいぶんと異なるようですね。」
「、、、ノエルさんはずいぶんと熱心ですね。いつも実験か、本を読んでいる姿が記憶に残っています。」
ミラさんがそんなことを言うが、そんなことはないのだ。
「そんなことはないですよ。やらなければならないことをしているだけですよ。それに、、、3か月ほど前は譜式の組み立てに失敗しまい魔法で校舎に穴をあけてしまいましたし、、、」
「そうは言っても努力することに意義があるのだとおもいますよ。特に私たちは学生なのですから」
彼女は僕のことを慰めてくれた。
ミラさんは優しいのだ。貴族としては異常なほどにそんな彼女に僕は惚れている。
入学したころに慣れない王都での生活を教えてくれた帰り道のことだ。彼女は路地裏にいる浮浪少年に市場で買った果物を分け与えていた。
聞いてみると目につく限りは助けてやりたいそうだ。
「私が貴族として生まれたことには意味がある。私の人生の意味は不平等な世界に生まれた弱者のためにあるのだ。」
彼女の目には信念が宿っていた。彼女の声には思いが込められていた。その時の彼女は美しかった。
僕も彼女に並び立てる人間になりたいと思ったのだ。どうすればよいかは簡単だ。力を得るのだ。この国には幸い一代爵位もある。やることをやるしかないのだ。
「ミラさん、ありがとうございます。僕はまだまだ未熟者ですが、いつか実を結ばせて見せます。その時を待っていてください。」
彼女は少し考えているようだった。沈黙が気になり始めたころ彼女の口が動いた。
「ええ、待っています。」
彼女は寂しそうに笑った。
彼女と別れて部屋に戻った僕は決心した。彼女には時間がない。卒業するともう間もなく嫁に出てしまうのだろう。やはり僕の目標のためには譜式の研究をするしかないのだ。
幸い夜は長くなっている。1人研究に打ち込める時間は取れるだろう。僕は机に向かうとペンを走らせた。
コンコンと今晩も扉が鳴った。