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つかわしめ戦記ゆめ語り  作者: りほこ
第一章 導かれて
19/23

俺と……

「どうかされたのですか?」


 昂をぽかんと見上げていた難聴系美少女の睡蓮は、不思議そうに小首を傾げた。


「ど、どうかされたのかって……。いやだって、いつの間にか襦袢なんかに着替えているし……」

「そうですね。昂くんがこちらに入られた瞬間お姿が変わったので、私もとても驚きました」

「え?」


「メタモルフォーゼです!」と瞳を輝かせる睡蓮に、今度は昂が頭に疑問符を乗せる。

 だが自分の着衣に視線を移してみれば、その理由はすぐに判明した。昂は思わず()()って叫んでしまう。


「なんで勝手に⁉」

「ふふっ。昂くんとお揃いなんて久しぶりです」


 睡蓮は子どものような顔で笑った。

 しかしその無邪気な声が反響するのは、泣沢ノ泉の一帯だけであって――。


「おおおおおおお揃いとか、い、言うなよ……」


 昂は動揺を見せまいと、手で顔を覆ってみたり、視線を逸らしてみたりした。でも睡蓮が心配そうに顔を覗き込むと、昂はもっと平静さを失った。指の間から覗く昂の眼球が、睡蓮の身体をなぞる。


「こ、こら。かかか、屈まないっ」

「昂くん……。もしかして、お寒いのですか?」

「さ、寒いなんてそんなことあるか。だ、だってさ、ここ結構暑いだろう? あ、暑いよな⁉」

「暑い……そうですね。立派なお風呂ですものね……」


 睡蓮の口から発せられた“お風呂”というワードが、昂の頭の中を悪戯に響いていく。この状況下に加え、年相応に成長プロセスを辿っている昂にとって、今の一言は追撃に等しいと言える。昂は目を回しながら、くらくらと身体を揺らした。

 なんとか昂は上体を起こして復帰すると、辺りを見渡しながら腕を広げた。


「はは、睡蓮ったら何を勘違いしているんだ。こ、ここは、おふ、お風呂じゃないぞ? い、泉だぞ~?」


 そんな風に昂が、懸命に理性を保って睡蓮へ訴え掛けた時。

 なんの前触れもなく、二人の身体が重なった。


「へ……? す、睡蓮⁉」


 突然自分の(ふところ)に飛び込んできた睡蓮を、昂は咄嗟に抱き留める。

 大胆とも思える行為だが、睡蓮は単によろめいた拍子に身を預けただけのよう。

 とは言え胸元に顔を(うず)めたまま動かない睡蓮に、昂はひどく困惑した。まあ密着が出来ているのだから、本心は嬉しくないはずがないのだろうけれど。


「ど、どうした睡蓮。疲れ――……」


 昂は何かを察したようで、ドギマギしていた表情を正した。

 そして「ごめん」と一言断ると、遠慮気味に抱いていた手を肩から腕に向かって滑らせる。


「身体が冷たい」


 名前を呼んでみても、睡蓮はぐったりとしているだけで返事をしない。

 昂は睡蓮を抱きかかえると、すぐに泉へ向かった。昂は躊躇(ためら)いもせずに泉の中へと入る。


「本当に温泉みたいだな。……よし」


 体感的には、泉質に問題がないようだ。

 昂は慎重に腰を屈めて、睡蓮の体勢に配慮しつつ足先から泉に触れさせる。


「睡蓮、熱くないか? ……うん、そうか」


 頷く睡蓮を見て、昂は額に玉のような汗を掻きつつも胸を撫で下ろすことが出来た。

 睡蓮を抱きかかえたまま泉に浸かると、腕の中で眠る彼女の頭を撫で、慈しむように髪を梳いていく。

 それから昂は、泉に浸かっていない肩の部分にも掬った湯を丁寧に掛けてやった。耳当たりの良い音がせせらぎ、泉には波紋が広がる。肌に張り付く長襦袢が次第に泉へと溶け込んで、十分に水分を含んでいった。


 昂は只々夢中で介抱に努めていたが、睡蓮のあられもない姿にぎょっと目を見開いた。口を真一文字に結び、目を瞑って昂はやり過ごそうとする。


「昂くん……? あの、私……」

「睡蓮! 大丈夫か⁉」

「はい。すみません、少し貧血気味になってしまったみたいです。でももう大丈夫ですよ。とても楽になりましたから。昂くんのお陰です」


 微笑む睡蓮。その笑顔は、普段よりも幾らか弱々しかった。


「無茶していたんだな。ごめん、俺……睡蓮?」


 睡蓮は昂の額に触れ、親指の腹で汗を拭った。


「ありがとうございます」

「え……?」

「こんなに汗をお掻きになるまで、一生懸命にしてくださって」

「これくらいなんでもないよ。むしろさっき、須佐神と対峙した時、俺なんの役にも立たなかったからさ」

「そんなことありませんっ。私は昂くんが傍に居てくださると、とても安心できるのです。それにあの――」


 身体を引き離して向き直ろうとする睡蓮を、昂は抱き寄せて止めた。


「昂くん?」

「ごめん。襦袢が透けてんだ」


 睡蓮は状況を呑み込めずに一度きょとんと昂を見上げたが、それは一瞬で、すぐに赤面した。

 泉の効き目のお陰で調子を戻して来た顔色は、元を通り越して一段と熱を増したようだ。恥ずかしそうに顔を俯かせ、睡蓮は黙り込んでしまう。


「温かいな」

「はい……」

「ちょっと熱いくらいか?」

「ふふ、そうですね。それはきっと、今だからかもしれません」

「今だから……そうだな。長湯しないようにしないといけないな」

「はい」

「陰陽術のことさ、びっくりしただろう? 黙っててごめん」

「はい。でも少し知っていました」

「ああ、そうだな」

「はい」

「……なぁ、睡蓮」


 一呼吸置いて昂は睡蓮を呼ぶと、視線を外したまま口を開いた。


「俺とこうしているのって……嫌か?」


 不安げに訊く昂へ、睡蓮は思案することなく「いいえ」と首を振って返事をする。


「そっか」


 昂は安心したようにそう言うと、睡蓮の額に自分の額を合わせた。睡蓮は目を丸くさせて驚く。


「睡蓮、俺の目の中をよく見てみな?」

「目の中をですか……? あ」

「あ……!」


 少し大袈裟に自分の真似をする昂を見て、睡蓮は嬉しそうに瞳を潤ませる。

 瞳の中に互いを映して、二人はしばらく時間を忘れて微笑み合うのだった。



「あっ、帰ってきた! ねー巫女さま~! たーすーけーて~!」

「太秦さんと狛のやつが、しつこいんだ~!」


 二人並んで泣沢ノ泉から戻ると、元の姿に戻った白狐と黒狐が駆け寄ってきた。

 少し離れた場所で、何か意見を交していたしつこい二人とやらも、睡蓮たちに気付くと同じように寄って来る。


「陽の巫女。穢れが取れたようだな」

「はい。私たちのために泉をご用意して頂き、どうもありがとうございます。お風呂みたいで気持ち良かったです」

「風呂? ああ、あれのことか。確かに似ているな……」


 瞼を閉じて、(おも)(ふけ)るように顎を撫でる太秦に、狐たちが群がる。

 話によると、睡蓮に憑依した日。烏のフォルムで色々と偵察をしていたらしい。つまり入浴中の睡蓮も見て来ていたとのこと。


「はあ⁉」と眉間に皺を作った昂が、狐たちと束になって太秦に詰め寄るが、ここでも睡蓮は難聴を発動する。

「皆さん、どうしたのでしょう」と、あわあわとした。


「まったく……。おい美月、穢れは払われたみたいだが体調はどうだ?」

「え? ああ、はい。大丈夫ですよ、狛さん。昂くんが献身的にしてくださったので、もうすっかり元気です!」


 それを聞いて昂が振り返る。ちょうど向けた睡蓮の視線とぶつかった。


「……そうか」


 頬を染め合う二人を見て、狛は言葉少なになる。昂が再び太秦へ向き直って問い質し始めると、狛は睡蓮の視界を塞ぐように立って言った。


「次は俺を選べ」

「え?」

「それから、泉にも俺と……」


 そう睡蓮の耳元で呟くと、狛は背を向けて部屋を後にしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昴くんにはちょっと混浴「泉」は遅かったかな?と思いつつ、思春期を超えてしばらく経つまで、混浴はすごく気まずいし、変に意識してしまうだろうな、と感じてしまいました。しかも睡蓮さんは何も考えてい…
2023/09/24 20:55 退会済み
管理
[良い点] 睡蓮の天然っぷりに昴もタジタジですね♪ そして良い雰囲気に……。 と思ったら狐二人の帰還。 更に嫉妬する狛、これもある意味リア充ですね!
[一言] 泉に昴と入った睡蓮ちゃんฅ(´꒳`໘̳)ꪆ。 それを見て次は自分を選べという狛。 そりゃそうだろう! 俺だって睡蓮ちゃんいたらそうしたくなりますもんね笑 これは楽しい神回ฅ(´꒳`໘̳)ꪆ。…
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