運動神経ないって言ったじゃん。
「いってぇ。」
オレは木の根本にしゃがみこんで、唸った。
やっぱ、マッパで木登りは無理だ。あちこち擦って痛い。おまけに木の皮が少し毛羽立っていたのか、手のひらにトゲが刺さってしまったようだ。
オレが登ろうとしていた木は、枝が上方にしかなく、下の方は皆無だった。そのため、オレは、わずかにあるコブだけを足掛かりに、登らなくちゃならなかった。木登りなんて、一体、何年、いや、何十年ぶりだろう?
もし、オレのばあちゃん家が鹿児島じゃなかったり、オレのおふくろが帰省をそんなにする人じゃなかったりしたら、オレは木登りなんて一度もしたことがない大人になっていただろう。そりゃあ、小学校の校庭の隅っこにあった、のぼり棒は経験あったけど、それと、リアルな木登りとじゃあ、ぜんぜん違う!
親父側の地元には、おふくろ側と比べると、そこまで行った回数もないし、滞在日数もすごく短かった。義実家に行ってあれこれ気を使うよりも、自分の実家の方がくつろげる、おふくろの方が、親父より強かったんだろうな、とも思う。
親父もそうだが、親戚のおっちゃんたちを見てたら、男って、彼女っつーか、恋人や奥さんに、絶対、尻にしかれちまうんだなー、って子供ながらに思ったもんだ。まあ、実際、オレも成長していくにつれ、彼女ができたりして、なぜ男がそうなっていってしまうのか、が何となく理解できた。これは男性あるあるに違いない。
さて、現状、裸足でマッパなオレ。当然、覚悟はしていたものの、その覚悟の程は甘かったようだ。
脛や太もも、手のひら、腕は擦れ、足の裏は、ささくれだった木の皮に当てられて、非常に痛かった。まあ、痛いと言っても、こっち、異世界に来る前に、包丁でやられまくった時の痛みに比べたら、全然軽い痛みではあるんだが。それでも地味~に痛いんだから、しょうがない。オレに痛み耐性はないんだ!
「ううっ。」
オレは、あちこちの痛みに耐えながら、トゲが刺さった手のひらを、顔面、眼前まで近づけた。トゲが刺さったとおぼしき箇所を、じぃっと見る。
み、見えねー。トゲが思ったより小さかったらしい。だが、反対側の手でその辺りをつまんだら、痛みがある。
絶対にココやん!ココにトゲが刺さっている!見えんけどな。
オレは仕方がないので、その辺りを摘まんで、痛みに耐えながら、トゲをつまみ出すように、両側の肉をゆっくりと摘まみ寄せた。
ラッキーなことに、一発で、ほっそいトゲが出てきた。良かった~、取れて。オレはホッとした。
トゲが刺さったままだと、地味に痛いしな。過去、なんか経験あったらしいオレ。なんか、幼稚園だったか、小学校だったか。公園か校庭ですっ転んで、トゲを刺したことがあったんか。図工の時間にでも、彫刻刀でなんか板を削ってて、刺さったことがあったんか。あるいは、鹿児島のばあちゃん家での事件なのか。知らんけど。なんか感覚は覚えてる。
マジ、刺さったままだと、地味にじわじわ、じんじん、痛くって、気になってしょうがなくなるんだよな、あれ。で、なんか、小さい頃、おふくろだったか、保健の先生だったか、ばあちゃんだったか忘れたけど、ピンセットで取ってもらいながら、大泣きしたことを覚えている。
ふぅー。あっさり取れてよかったぜ。
オレはしゃがみこんでいた尻を地面に付けた。もう、虫とか、いてもいいや、見えないんならオッケー。オレはその場で体育座りをして、登ろうとしていた木を見上げた。
あちこち擦れてしまい、この状態でまたあの木に上るのはキツイ。かといって、このままマッパはつらい。オレはまたチラリと花ビラへと目を向けるが、やはりあいつらの花ビラを千切る度胸はない。確実にオレはあいつらに食われる!
オレはハァーっとため息を吐いた。
仕方がない、少し歩くか。幸いにも、足の裏は日頃、仕事で安全靴を履いて、さらには足首にはアキレスガードをはめながら、あちこち歩き回っているから、結構ぶ厚くなっていて、トゲはまだ刺さっていない。まぁ、若干、靴の形が合わないらしくて、ちょっと外反母趾気味ではあるがな。
立ち仕事をしている職業の人は、心当たりがあると思う。ずっと立って動き回ってると、一番最初にすぐに足に出る。足の裏が痛かったり、魚の目やタコなんかができたり。爪先、特に足の小指の爪だったり、外反母趾だったり。それはもう、ソッコーで足に変化が現れちまうんだ!
オレも小指の爪がちょっとおかしくなってるし。なんだろう?巻き爪っぽいって言うか、でも、巻き爪ってほどじゃないんだろうな。なんか、こう、爪の先が以前より、内側というか、下寄りになってるって言うか・・・。あ、あと、なんか途中から二重になってきたって言うか。うん。
だから、そういった職業の人たちは、仕事道具もそうだけど、靴にもこだわる。多少、高額であっても、自分の足にできるだけ負担がかからないような靴を探すのだ。
まあ、オレの場合は、よほどの理由がない限り、会社から安く支給される会社用の安全靴だったり、もしそれが合わなくっても、会社が指定したメーカーの、指定された型番の靴の範囲でしか選べないんだが。だからあんまり靴の冒険ができねぇ、ってぇーのが難なんだが。
まあ、オレもよっぽと痛くなったり、目に見えて変形してきたりしたら、病院に行こうとは思ってるけどな。何科なんだろうな。一応、皮膚科だと思ってるけど。
あ、でも、もう、こっち、異世界に来ちまったから、皮膚科どころか、どこにも行けねーんだよな。
OMG!(オーマイゴット!)
フュー・・・。しゃーない。もう、なるようになれ、だ。オレは再び、花ビラたちを横目に歩き出した。小川沿いに、だ。
こういう場合は、飲み水の確保も大事であることを、なろう読者のオレは心得ている。水、大事!水、大事!食い物よりも、まずは水!
あの小川の水が飲めるかどうかは怪しいところではあるけども、まあ、飲めるだろうと、楽観的に考えている。いや、飲めるっしょ?テンプレやん。異世界転移でまず川の水が飲めないってないやん?
というわけで、小川沿いにテクテク歩く。うん、相変わらず足元気持ち悪い。湿っているわ、変に柔らかいわ。うん、足元をあんまり見るな、オレ。虫、踏んでたやん。見るな、見たら、こっから一歩も動けなくなる。
人間、生死がかかってたら、オレの場合は、今パンツが重要事項だが、耐えられるもんだな。
でも、さすがに腹が減っても虫は食えねぇ!これは断言できる。オレは虫を食うぐらいだったら、死を選ぶ!きったねーし、そもそもうまいわけねー。そして何よりも、どんな未知の病原菌つーか、ウィルスとかバイ菌持ってるか分からねーじゃん。オレ、せっかく生き延びたのに、変な病気になっておっ死ぬなんて、ヤだよ!
しばらく歩くと、オレは、少しずつ冷静さを取り戻していった。
オレがもし異世界転移したら、元いた世界でのオレはどうなってるんだ?テンプレだと、オレがあっちの世界で生きていた時の、関係者たちの記憶や、生きていた証のあれやこれやが、神様の計らいで、キレイさっぱり忘れ去られ、無かったことにされているはずなんだが?
だが、今のオレじゃあ、そんなことは分からない。両親やばあちゃん、兄ちゃん、会社の同僚たちに心配をかけているんじゃないか?悲しませているんじゃないかってことばかりが気がかりだ。
それに、そもそもオレはここにいる。あっちの世界でのオレの身体はどうなったんだろう?病院で入院中とかで、こっちにいるオレは意識だけなんじゃないか?とも考えたが、そうであれば、こんなに空気や風、森の匂いを感じたり、地面や木の表面の触感を感じたりはしないだろう。
一体全体、どうなっているのか、それを教えてくれるはずの神様らしき姿は、どこにも見えない。
「いってぇな・・・。」
オレは思い出したかのように、擦り傷だらけの両腕を擦った。
【作者より】
【更新履歴】
2023.10.17 Tues. 21:52 加筆・読み上げアプリ修正
2021. 8.23 Mon. 12:46 初投稿