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リアル異世界転移 お約束のチートはないんかい!  作者: 木浦木ロロ
ここは異世界?
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どうやらオレは死んじまったらしい

突然だが、どうやら俺は死んじまって、異世界転移をしたらしい。


ハ?何言ってんの?あんた、なろう小説読みすぎ!厨二病(ちゅうにびょう)なん?とツッコまないで欲しい。これマジな話だから。


じゃあ、死んだんなら異世界転移じゃなくて、異世界転生なんじゃね?と思うかもしれない。


確かに死んだんだ、と思う。なぜならさっき包丁で刺されたから。何度も何度も。それはこれまでに経験したことのない激痛だった。


いや別に、オレが誰かに恨まれて刺されたってわけじゃない。まぁ、オレも31歳。まったく他人から恨みを買うことなく生きてきたってわけでもない。オレが知らないうちに、多少の恨みや(ねた)みを買ったことぐらいはあるだろう。それは否定しない。


だが、オレは断言できる。オレが包丁で刺されまくったのは、そんな理由からじゃないってことを。


オレを刺したのは、このコロナ()で、職や家を失ったのか、それとも精神を病んでいたのか、恐らくそんなこったろう、自暴自棄になった若者だった。若者っていってもさすがに十代じゃない。オレよりちょい若いぐらいだ。まぁ、見た目まんまな年齢だったらの話だが。


オレはそいつが包丁をブン回している現場に居合わせただけだった。そいつを取り押さえようとした勇者、勇敢なる者でもない。本当にその場に居合わせただけだった。


どうせこうなるって分かってたら、そいつから包丁を取り上げるぐらいしておけば良かったな、と少しは思うけどな。ま、それは済んじまった(あと)の話だから、いいけどな。


オレは某大手運送会社の社員で、配達をしている最中だった。包丁をブン回したそいつは、人通りの多い交差点でいきなり包丁を振り回し始めた。不幸にもオレはその瞬間にそいつの(そば)を通過していたんだ。


まさにとばっちり、巻き込まれた人、不運な人、である。


その日、オレは会社が固定契約しているクライアントさんの荷物を集荷するために、事件現場となった交差点近くのビルを訪れていた。


そのビルには業者が出入りできるだけの狭い駐車スペースと、搬入・搬出用のシャッターが(もう)けられていた。オレのトラックはすでに全開にされたシャッターに、後方から突っ込む形で停まり、リヤドア(※後方の扉)全開、リフター(※荷物を積み降ろしする際の昇降装置)着地で、荷物よ、さぁ来い!って感じの状態でスタンバっていた。


ところが待てど暮らせど、搬送用エレベーターが動く気配はない。オレが不思議に思って、この会社の担当者にスマホで連絡しようとしていると、ちょうどサイドにあるドアからその担当者が姿を現した。


彼によると、通常より出荷量が多い上、パートさんの何人かの家族が新型コロナ感染が疑われたため、濃厚接触者として自宅待機になってしまい、急きょ派遣を呼んだものの、慣れない作業のため、荷物の準備が大幅に遅れている状態なのだそう。そのためもう少しかかるので待ってくれないかと泣きが入った。


オレは、え?今ごろ、それ言う?前もって連絡くれれば・・・と思わないでもなかったが、そこは多少なりともご贔屓(ひいき)なお客様だし、ここの会社は滅多に時間に遅れるようなこともなかったし、コロナ禍という時節柄(じせつがら)、それは大変ですねぇ、って同情の言葉をかけておいた。明日(あす)は我が身、我が会社かもしれないのだ。


加えてオレの担当は、固定契約先の集荷や配達がメインで、その(あと)に勤務時間が残っていれば、通常集荷や配達に回るんだが、固定契約先に関しては、だいたいの時間が決まっているし、当日回る順も厳密ではないものの、ある程度決められている。次の集荷先へ行くにもまだ微妙な時間帯であった。


まぁ、あと1時間ほどで済むってことだったんで、一応、オレが所属してる営業所に連絡入れたら、次の集荷先には他のヤツを行かせるから、ここでそのまま待機してていいってことになった。ふぅっ。やれやれ、だな。


まあ、そんなことはよくあるこの業界。オレだって他のヤツの代わりに行くことだって珍しくないしな。


で、その待ち時間。そういや昼休憩がまだだったなと、辺りをキョロキョロ見回すと、そのビルの反対側(はんたいがわ)、交差点の向こう(がわ)にコンビニを見つけた。このクソあっつい炎天下、お客さん(がわ)のビル内にも自販機があったんだが、食い物がねぇってことでコンビニに向かっている最中だったんだ。


本当にいきなりのことだった。誰だってそんなこと、我が身に降りかかるだなんて思ってもみないだろ?


オレはそいつ、犯人の後方から左側に追い抜いたんだが、その背中を見た時に一瞬、なんかこいつ、足元がやけにフラフラしてんなぁ、とか、なんか小声でブツブツ言ってんなぁ、とかは思ったよ。思ったけど、それ以外、特に気にはしなかった。ここは東京。そんなヤツ、たまに見るからだ。いちいち気にしてらんねぇ。


だが、その時に限ってオレは気にすべきだったんだろうな。


そいつ、その犯人、もうイカれちまってたんだろうな。どこに隠し持っていたのか、いきなり包丁を取り出して振り回し始めたんだ。


田舎の交差点なら良かったんだろうが、ここは駅近(えきちか)の、大勢(おおぜい)の人たちが行き交う、東京の交差点だった。


オレのように犯人の周囲に偶然いた人たち、特にヤツに背を向けて歩いていた人たちは、ヤツの包丁の餌食(えじき)になった。背中、肩、(うで)、夏の薄い服、はあっという間に()け、うっすらと赤い直線が(にじ)み出る。


「きゃぁぁぁ~!」


「いやぁ~!」


切りつけられた人たちよりも早く、犯人側へ顔を向けていた人たちの叫び声が周囲に響き渡った。四方八方に人々が散っていく。


背中を切りつけられた人たちも、届かないまでも背中を押さえながら必死で犯人から遠ざかっていく。


オレは腕を切りつけられた一人だったが、情けないことに、オレは恐怖のあまり、(こし)が抜けて尻餅をついてしまっていた。だってそうじゃん?包丁ぶん回してる男が目の前にいるんだぜ?そりゃ、腰も抜けるさ。だがこれが失敗だった。


犯人は、標的(ターゲット)たちが(あり)の子を散らすようにいなくなってしまったことに(いら)ついたのか、訳の分からない雄叫(おたけ)びを上げて、何度も包丁で(くう)を切った後、その場で動けなくなっているオレに、ゆっくりと視線を向けてきた。


バチッ。


オレは犯人とバッチリ()が合ってしまった。うわっ、やっべぇ!と思ったものの、時すでに遅し。オレの腰はもはや力を()れることは(かな)わなかった。


ヤツは離れていった群衆を(あきら)め、オレだけを標的にすることに切り替えたらしい。


何か訳の分からないことを言いながら、ヤツは何度も包丁を振りかざしてきた。オレは反射的に両腕を上げた。


ザクッ。シュバッ。ビシュッ。


なんかそんな筆舌(ひつぜつ)しがたい音とともに、強烈な痛みが走る。痛みというより熱だ。オレの両腕に、これまで経験したこともない熱が走った。


包丁が振り下ろされる瞬間、オレは両腕を上げると同時に両目を閉じていた。自分が刃物で刺される瞬間を見てられるかってんだ!それはもう本能。


オレは抵抗できず、ヤツにされるがままだった。すでに両腕を何ヵ所も刺されたオレは、立ち上がって逃げることが出来ず、ただ、そいつの攻撃を両腕を犠牲にして防ぐしかなかった。


くそ痛かったが、恐怖のあまり声すら上げられない。周囲にいた人たちが逃げ回っている喧騒が、はるか遠くに聞こえる。オレはうっすらと片目を開けた。そうして相も変わらず、包丁をオレに向かって振り下ろしてくるヤツを、自分の腕越しに見た。


こんな時にどこか冷静な自分がいることに驚く。ヤツは特にオレの頭や心臓といった場所を狙っているわけでもなく、やけくそで適当に包丁を振り下ろしていることに気づくと、オレはそこでようやく両目を大きく開けた。


だが、もはや辺りの景色は目に入ってこなかった。そいつと、そいつが振り下ろしてくる包丁だけしか目には写らない。


オレはこのまま死ぬのか?と、どこか他人事のように遠くで思ったオレがいた。


それでも勇気ある人たちがいたんだろう。もしくは誰かが呼んで駆けつけてくれた警察官かもしれない。


オレは振り下ろされる包丁が、数人の腕で取り押さえられるのを、薄れ行く意識の中で見ていた。


ああ、これで助かった。


オレはそこで心底ホッとしたことを覚えている。


オレはすでにこの時、まったく痛みを感じていなかったが、実際には両腕を超えて、肩や首、そして胸を、包丁で刺されていた。途中までは痛みがあったんだ。


どこまで刺された時だったのか覚えていないが、もういっそのこと一息で殺してくれと思ったほど、痛かったんだ。けれども、犯人が取り押さえられたその時には、もう何も感じられなくなっていたんだ。


ああ、オレは死ぬのかな?と思わないでもなかったが、それでもやっぱり根底には生きたいって思う本能があったんだろうな。


徐々に意識が薄れいく中、オレは自分が路上に仰向けに倒れているんだな、とか、ザワザワする喧騒(けんそう)の中で、オレを心配する人たちが、オレを取り囲んで、しっかりしろ、大丈夫か?頑張って!とかそういった心配やら励ましやら、声を掛けてくれるのが分かった。


それから遠くで救急車なのか、パトカーなのかのサイレンも聞こえていた。救急車が来てくれたんだ、ああ、これでオレ助かったな、って。


オレの意識はそこでプッツリ途切れている。で、気がついたら今、ここにいた。


え?ここってどこかって?


知らん。だが、言えることは、ここがあの交差点の路上じゃないってことだ。俺が住んでいたのは東京都内の中心部だ。決して田舎じゃない。なのに、だ。


気がついたここは、目の前に澄んだ小川が流れ、セミや鳥の声が響きわたった山の中だったんだ。

【作者より】



【更新履歴】


2023.10.17 Tues. 19:36 読み上げアプリ修正(句読点・ルビ位置修正)

      

2022. 9.11 Sun.  6:14 加筆・矛盾修正等

2021. 8.23 Mon.  9:53 初投稿

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