満腹令嬢は料理がしたい ~こんな貧乏くさい料理など食えるか! 婚約者に初めての手料理を罵倒され、料理を禁止された私。約束を守るため家出を決意しました~
初めて料理を作ったのは五歳の時。
お母様の誕生日だった。
「お母様! これシスティーが作ったんです!」
「本当? すごいわねシスティー」
お母様は料理がとても上手だった。
貴族の令嬢に料理の技能は必要ないのだけど、お母様はほとんど趣味で料理をしていた。
ただ楽しくて、美味しいと言ってもらえるのが嬉しいから。
私はそんなお母様が大好きで、同じように料理をしたいと思ったんだ。
「どうですか?」
「……うん、とっても美味しいわ」
初めて作った料理は、たぶん美味しくなかったと思う。
味見を知らなかった私は、どんな味がするのか知らないままお母様に食べてもらった。
お母様は嘘をついたり誤魔化すとき、決まって同じ笑い方をする。
その時も、そんな笑い方だった。
気付いたのは後になってからだけど、お陰で私はもっと料理が上手くなりたいと思うようになった。
「お母様! 私も料理が上手くなりたいです!」
「なら一緒に練習しましょう。練習すればちゃんと上手くなるわ」
「本当ですか?」
「ええ、もちろん。でもどうして料理が上手くなりたいの?」
お母様は幼い私に尋ねた。
それに私は、偽りない言葉でこう答えたんだ。
「私のお料理を食べてくれた人に、美味しいって言ってもらいたいんです!」
その時はお母様に。
ある時はお父さんや友人に。
親しい誰かに料理を振る舞って、美味しいと言ってほしい。
だから私は、料理がしたい。
「そう。とっても優しい理由ね」
お母様は嬉しそうに微笑んでくれた。
その日から少しずつ、時間を見つけてお料理の練習をした。
最初はお母様に美味しい料理を食べてもらいたいから。
だけどいつの間にか、料理をすることが楽しいと思えるようになって、気づけば夢中になっていた。
そうして意識に変化が生まれてからも、私は料理を続けた。
お母様が病気で亡くなった……その後も。
◇◇◇
「――なんだこれは?」
「え?」
「君は僕に……こんな物を食べろと言っているのか!」
セドリック様が大声で怒鳴る。
彼がこんなにも激しく怒った姿を、私は初めて見た。
その怒りは私と、私の作ったお弁当に向けられている。
「な、なぜ怒っているんですか? まだお食べになってもいないのに」
「馬鹿にしているのか君は! こんなもの食べる以前の問題だ!」
私には彼がどうして怒っているのかわからなかった。
だけど、意味はすぐに理解できた。
彼が自らの口で言い放つことで。
「こんな植物の根っこが入っている料理など食べられるか! 君は貴族である僕を何だと思っているんだ!」
彼が植物の根っこと表現したのは、ゴボウというお野菜だった。
確かに見た目は木の根っこだし、実際その部分を使っている。
でもちゃんとしたお野菜の一つで、とても美味しいのに。
そうだ!
説明すればわかってもらえるかも
「これはゴボウというお野菜で」
「まだ言うのか! 君は僕に木の根を食べろと?」
「ですからちゃんとした野菜なんです。とっても美味しいので、食べてみればわかります」
「いい加減にしてくれ! それだけじゃない! どれもこれも貧乏臭い見た目の料理ばかりじゃないか!」
そう言って彼は、料理の入ったお弁当箱を強く地面にたたきつけた。
衝撃で中身が飛び散ってしまう。
「ああ! なんてことをするんですか!」
「こちらのセリフだ! 君が僕のことを庶民と同列に見ているなんて思わなかったよ!」
私は腰を下ろし、ぐちゃぐちゃになってしまった料理をかき集める。
せっかく作ったのに。
食材や調味料だって無駄になってしまう。
そんな私を見下して、セドリック様は冷たい言葉を言い放つ。
「汚らしい」
それは散らかった料理に対しての言葉?
ううん、彼の目は私を見ていた。
まるでゴミを見るみたいに冷たい目で……
「君がそんな女性だとは思わなかった」
「セドリック……様?」
「君のような女性とこれ以上一緒にいられない。悪いが、婚約の話は考えさせてもらうよ」
セドリック様は立ち去っていく。
私はただ、彼に美味しいと言って貰いたかっただけなのに。
後日、セドリック様から正式に婚約破棄の申し出があった。
◇◇◇
「どういうことだシスティーナ!」
屋敷でお父様に呼び出された私は、地響きがなるような怒声を浴びせられた。
お父様が怒っている理由は明らかだ。
「セドリック殿が婚約を破棄したいといった理由! それが君の料理にあるというじゃないか!」
「それは……」
事実ではある。
だけど、最初に料理が食べたいと言ったのは彼のほうだ。
会話の中で私が料理を得意としている話をしたら、それなら是非食べてみたいと言ったんだ。
だから私はお弁当を作った。
メニューも任せられて、得意な料理を出来るだけ詰めて。
その結果が……
「あれほど言っただろう? もう料理はするなと!」
「それは!」
お父様が料理を嫌う理由は知っている。
亡くなってしまったお母様を思い出してしまうから。
それを知っているから私も、お父様の見える場所で料理はしなくなった。
お父様も陰で私が料理を続けていることは知っていたと思う。
何も言って来なかったのは私のことを尊重してくれたからなのだろう。
だけどそれも、今日が最後になりそうだ。
「いいかシスティーナ。金輪際料理はしないでくれ。これ以上……私を困らせるな」
「お父様……」
「お前は私の言うことに従っていれば良いんだ! 余計なことはするな!」
「……はい」
この場では頷くしかない。
お父様の怒りに満ちた視線を前に、否定なんて出来ない。
それでも私の本心は、料理をやめたくなかった。
なぜなら……
約束したんだ。
お母様と。
散々怒られた私は、部屋で一人きりになって考えた。
真っ暗な部屋のベッドで横になり、殺風景な天井を見上げる。
「お母様……」
貴女が病気で亡くなられて、お父様は変わってしまいました。
昔から厳しい人だったけど優しさはあって、私たちのこともちゃんと見てくれていた。
それが今は……家柄や地位のことばかり考えている。
貴族らしさに固執して、私の料理も食べてくれなくなってしまった。
きっとお母様と一緒に、優しいお父様もいなくなってしまったのね。
「お母様……このままだと私、約束を守れそうにありません」
お母様が病気で亡くなってしまう前。
私は約束をした。
たとえ一人になっても、お母様がいなくなっても、料理の楽しさを忘れないで。
料理を食べてもらったその人に、美味しいと思ってもらいたい。
その優しい気持ちを失わないで……と。
私はお母様が大好きだった。
料理をするお母様の姿を見て育った。
一緒に料理をしていたら、私も料理が大好きになった。
ご飯を食べると幸せな気持ちになれる。
満腹になったらもういらないと思っても、次の日にはまた食べたいと思えるんだ。
毎日が満腹なら、それだけ幸せが続いてく。
私の幸せをみんなに分けてあげたい。
幸せの輪が広がって、大きくなって、いつか天国にいるお母様にも届いたら。
「私……まだお料理をやめたくない」
お父様に怒られても、セドリック様に見放されても。
私は料理をやめたいとは思わない。
だって料理だけが、私と天国のお母様を繋ぐものだから。
何より私が心からやりたいことなんだ。
でもこのままじゃ、私は料理が出来なくなってしまう。
貴族のお嬢様らしく振舞って、お淑やかに生きて。
また誰かの婚約者になって幸せな日々を送る?
そんなこと、私は望んでいないのに。
「お父様にお願い……しても無駄だわ」
きっとさらに怒られるだけだ。
今度こそ勘当されてしまうかもしれない。
貴族の中には不出来な子供を追い出して、外から養子を貰う人もいるという。
今のお父様ならそういうこともしかねない。
そんな危うさが、怖さがある。
三日後、その予想は的中してしまう。
偶然だった。
私はうっかり聞いてしまったんだ。
私を王都の伯爵様の所に、側室として嫁がせる話を。
王都では有名な貴族らしい。
お父様は私を嫁がせることで、その貴族と良好な関係を築こうと考えていた。
すべては家名を守り、大きくするために。
娘である私を利用しようとしていたんだ。
「そんな……お父様が……」
最初は信じたくなかった。
だけど信じられないわけじゃなかった。
今のお父様ならやりかねないと、最初から気付いていたから。
セドリック様に婚約を破棄された話は、すでに貴族たちの中で広まっている。
彼も有力貴族の一人だったから、発言には強い影響力があった。
故に確かな噂として広まっている。
システィーナという女は、貴族の男に泥のついた木の根を食べさせようとした。
脚色された噂の所為で、周囲が私を見る目が変わってしまった。
当然家にも影響を与えてしまっていて。
だからお父様は早々に手を打ったんだ。
この屋敷を追い出され、見知らぬ屋敷に入れられたら最後。
今度こそ自由に料理なんて出来なくなる。
屋敷を追い出されたら……
「……違うわ」
そう……そうよ!
私は料理が辞められない。
どうせ追い出されるかもしれないなら、自分から出て行けばいい!
この屋敷に拘る必要は……もうない。
見知らぬ誰かの、しかも側室になるつもりだってないんだ。
「今こそ決意の時ね」
自分が何をしたいのか。
何者でありたいのかを考えてみよう。
答えは最初から決まっている。
私がやりたいことは、あの日からずっと同じなんだ。
料理を続けらるなら、私は貴族としての地位なんていらない。
家出を決意した私は早々に動き始めた。
こっそり厨房を借りてお弁当を拵え、動きやすそうな服をバッグに詰め込む。
お金は家の物だから持っていけない。
私が所有している物で、お金になりそうな物だけ持っていこう。
あとは荷物になるから置いていく。
一番大切なお母様が映っている写真をしまい込んで、朝になる前には準備が終わっていた。
「……あとは出発するだけ……ね」
私は自分の部屋を見回す。
十六年間過ごしてきた部屋には、思い出が詰まっている。
未練がないか、と聞かれたら答えは「ある」だ。
あるに決まってる。
ここで私は生まれて、育ったんだから。
それでも……
「いってきます」
だからこそ、旅立つ覚悟を決めたんだ。
自分自身を貫くために。
誰かの言いなりになんかならない。
口では行ってきますと言いながら、私の心は別の言葉を告げていた。
さようなら。
きっともう、私はここに戻ってくることはないのだろう。
◇◇◇
ちょうど朝日が昇りかけて、東の空が明るくなった頃。
屋敷を飛び出した私は、王都の隣にある街に向かうことにした。
これから何をするにしても、まずはお金を用意しないと生活できない。
物を売ってお金にする。
それで後は……
「あとは、何すれば良いのかな?」
勢いで飛び出してきたものの、これからのことは何も考えていなかった。
プランなし。
私に出来ることは料理だから、それを活かせる仕事を探す?
ありそうだけど、身元も不確かな私を雇ってくれる所なんてあるのかな?
そもそも働くって……私に出来るのかな。
急激に不安が押し寄せてくる。
と、同じタイミングでお腹が空いてきて……
ぐぅ~
お腹の虫が大きく鳴った。
のだけど、私からじゃなかった。
「え? 今の音……」
聞こえてきたのは道端の草むらの奥だった。
恐る恐る覗き込んでみると、そこにはなんと――
「うぅ……」
茶色い髪の男の子が倒れていた。
「え、えぇ!? どうしてこんな所に人が……」
「……」
どうやら意識はあるみたいだ。
その人は蹲ったまま苦しそうな顔をしている。
初対面の知らない人だけど、見つけてしまった以上放ってもおけない。
私は小さな声で囁きかけるように声をかける。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「……た」
「た?」
助けて?
「た、食べ物下さい」
「……」
ぐぅ~
二度目の空腹音が響く。
どうやら彼は、お腹が空きすぎて倒れてしまったようだ。
私は呆れながら、カバンの中からお弁当を取り出す。
「……お弁当、食べますか?」
◇◇◇
「美味い! 美味いよこれ!」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
私のお弁当を彼は美味しそうに頬張っていた。
美味しいと言ってくれることは嬉しいのに、状況が微妙だから素直に喜べない。
自分ために作っておいたお弁当を、まさか見知らぬ行き倒れの男の人にあげるなんて。
家出して早々よくわからない状況に陥ったな。
「このお弁当って君が作ったの?」
「は、はい」
「全部?」
「そうです……けど」
私がそう答えると、彼は目をキラキラと輝かせた。
「凄いね君! 僕が今まで会ってきた中で五本の指に入る料理人だよ!」
「そ、そうですか」
ものすごく褒めてもらっている。
彼はパクパクとお弁当を食べながら、徐々に元気を取り戻していった。
「いやー助かったよ! 新しいグルメを探して放浪してたら道に迷っちゃってさ~ 空腹で野垂れ死ぬところだったよ」
「は、はぁ……旅の人、なんですか?」
「ん、ちょっと違うかな? 一応グルメ探しも仕事の一環だし。そういえば自己紹介がまだだったね? 僕はヘルフスト、君は?」
「私はシスティーナです」
互いに自己紹介をした後、ヘルフスト君はお弁当を綺麗に食べ終わった。
最後に手を合わせて挨拶の言葉を口にする。
「ご馳走様でした! 命の危険を感じたけど、君みたいな料理人に出会えたのは幸福だったね! なんというか、みんなに愛される味だったよ」
「みんなに……」
「あれ? 何か変なこと言った?」
彼は褒めてくれているのだろう。
だけど私は、みんなと言われて否定したくなった。
「そんなことないです。私の料理は……貧乏臭くて食べられないと言われましたから」
「え、どういうこと?」
不意に出てしまった本音に後から気付く。
ハッとして私は首を振り、誤魔化す様に笑顔を作る。
「なんでもありません。それじゃ私はこれで――」
「待った」
立ち去ろうとした。
そんな私の手を、彼は握って引き留めた。
「何か悩みがあるんだよね? 良ければ聞かせてもらえないかな?」
「……でも」
「僕はこれでも義理堅い男なんだよ? 受けた恩は三倍にして返せって言うのが、うちのボスから言われてることなんだ。だからお弁当の分、何か力になりたいんだ」
「……楽しい話じゃありませんよ?」
「だからこそ聞くんだよ」
「変な人ですね」
私は彼に、今日までの出来事を話して聞かせた。
別に、何かしてもらえると期待したわけじゃない。
ただなんとなく、誰かに聞いてもらえば気持ちが楽になるかなって。
そう思っただけだ。
「なるほどね、酷い話だな~ ゴボウだって立派な野菜なのにさ」
「そうですよ。でも彼には分ってもらえませんでした。こんな根っこなんて食べられないって」
「まぁ見た目はよくないからね? それに貴族を相手にするなら、確かに食材としては合ってないよ。いや、素材というより君の料理がね」
「え……」
彼は私が作ったお弁当、その箱を指さす。
「君の料理はとても美味しかった。味も良いし、とっても食べやすい。万人に愛される料理って感じだ。だけどそれは、一部の人間には好かれない。特に貴族とかにはね」
「……そうですね」
私の料理が合っていないのは、もうわかっている。
今さら言われなくても。
「料理は食べる人のためにある。だから相手との相性も結構大事なんだ。料理人なら相手が求める料理を出さないとね」
「それは……私が悪かったといいたいんですか?」
「違う違う。悪かったのは料理でも君でもなくて、それを振る舞った環境だ」
「環境?」
何の話をしているのか、まだわからなかった。
環境が悪い?
それは屋敷がよくないってこと?
私はわからないまま彼の話に耳を傾ける。
「君の料理は大衆の味だ。それが活きる環境で提供してこそ、みんなが美味しさを共有できる。逆に高級なレストランで出しても場違いなんだ」
「場違い……じゃあ料理を変えればいいんですか?」
「それも違うよ。だって君は、今ある料理が好きでやっているんだろ? だったら辞めなくて良い。無理に変わらなくて良い。それに合った環境を見つければ良いんだ」
そう言って、彼は私の正面に立った。
「システィーナさん、僕から一つ提案がある」
「提案……ですか?」
「うん! 君の料理人として腕を、僕に貸してくれないかな?」
一瞬、懐かしさを感じる。
彼のことを私は知らない。
短い時間で打ち解けられたのも、彼から感じる雰囲気のお陰だと気づく。
彼は……お母様に似ていた。
「うちの旅団で働かない? 料理人として」
「旅団?」
「そう。風と共に各地を巡る旅の一団……僕たち『秋風』においでよ」
それが私と彼の出会い。
運命の出会い。
お母様との約束を果たし、私とみんなが幸せになれる居場所。
私にとって『秋風』は、そういう場所になる。
これから。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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【連載版はこちらです】
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※こちらの三章として連載します。




