「この戦いから帰ったら結婚して欲しい」と言われてしまった悪役令嬢はハッピーエンドを全力で目指す
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「この戦いから帰ったら結婚して欲しい」
白とトルコブルーのタイルで埋め尽くされた美しい教会の前で、大好きな幼なじみが微笑む。これは間違いなくスチルになるシーンだ。
ルディ大好きないつものリーゼなら飛び上がって興奮するだろう場面だった。でも、素直に喜ぶことができない。
「……穏やかじゃないわ」
「リーゼ?」
「いいわ。ルディ。結婚してあげる。……必ず!」
「うれしいよ。リーゼ待っていて?」
ここに来て特大のフラグを立てられたリーゼの心境は、あまりにも穏やかではなかった。
―――ここまで、悪役令嬢フラグを必死に叩き折ってきたのに、最後の最後でこのフラグ?!
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『夜空に輝く星々と君に捧ぐ』
通称『夜星』は王立学園が舞台の乙女ゲーム。
魔族との戦いで疲弊する王国。そんな中、ヒロインのミーシャは光魔法の素質を見出され平民でありながら特待生として入学する。
『夜星』は、ありきたりなストーリーでありながら、魔族と戦う描写の凄惨さとミニゲームの過酷さで、幾人ものプレイヤーが心を折られたゲームとして名を馳せている。
リーゼは、そんな『夜星』の悪役令嬢だ。
7歳の誕生日、公爵家令嬢リーゼ・ジアンは王宮から訪れた王子に一目惚れする。そして、権力を使い無理やりに王子の婚約者になる。
リーゼは学園や魔族との戦いの中、ヒロインのミーシャに悪質な嫌がらせを繰り返した結果、最後にはどのシーンでも破滅か断罪エンドを迎えるのだ。
――――唯一の例外を除いて。
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リーゼがその事を思い出したのは、その日を翌朝に控えた6歳の真夜中のことだった。
「うそ。私、悪役令嬢だ。……いや、まだ王子に会わなければ回避できるかも?」
リーゼとしての記憶と、転生前の記憶が激しく入り乱れ、リーゼは混乱した。
仮病を使えばそれは叶うだろう。でも、そうするとリーゼはともに幼なじみとして育っていく、王子の学友とも会えなくなる。
「……ルディ様にお会いしたい」
この世界はサヤカと呼ばれていた前世でプレイした乙女ゲーム『夜星』の世界。そして、サヤカが最も好きだったキャラクターが、王子の学友ルディだった。
彼はその立ち位置にしては珍しく、最も攻略しにくい最難関キャラだった。まず第一にとにかく彼は死にやすい。そして第二に闇堕ちしていく悪役令嬢リーゼに、最後まで手を差し伸べるのだ。
「ハッキリ言って、ルディエンドはバッドエンドの方が好きだわ」
――――リーゼ、愛してる。ともに堕ちよう?
2人は結局命を落としてしまうのだが、一部のルディ×リーゼファンからは、涙ながらにこれこそが『夜星』のトゥルーエンドだと語り継がれている。
「私……2人の幸せなトゥルーエンドが見たい」
眠れない夜。ひとりリーゼは決意をした。
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「お初にお目にかかります。リーゼ・ジアンと申します」
「初めまして。王太子ジークハルト・イーリスです」
たしかに金髪碧眼の王子様は、第一攻略対象だけあって子ども時代でもカッコいい。けれど、王子様より気になる人がいる。
(ルディ様は何処?)
思わずリーゼはキョロキョロしてしまった。
(……いた。ルディ様!幼少期のルディ様!可愛い!)
どうして今この瞬間のスチルはないの?!リーゼは興奮してしまい思わず、ルディに駆け寄った。
「リーゼ・ジアンと申します。お慕いしています。どうか私と婚約してくださいませ」
「えっ……」
「あっ……」
ジアン公爵が青ざめている。ジークハルト王子も唖然としている。ルディに至っては真っ赤な顔になってしまった。
(やってしまった……)
そう反省したが、コンティニューはなく、冒頭シーンをやり直すことはできなかった。
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リーゼとルディが王立学園に入学し、一年が経った。新学期に見かけたヒロインは、ふわふわのわたあめみたいな可愛らしい少女だった。
毎日、リーゼは悪役令嬢フラグを全力で折っている。決して回収するものかと強い意志を持って。
(ふふ。これはまさにモブキャラ)
フラグを折ろうとした結果、ヒロインの代わりに池に落ちたり、ワインをかけられたり、階段から落とされたりしているが、リーゼは自分の立ち位置が既にヒロインに近いことには気づいていない。
そんなリーゼは、今は学園のカフェテラスで、ルディとランチを楽しんでいる。
「初対面でそんなこと言われて本当に驚いたよ」
「お恥ずかしいです」
「ねえ、あれって王子と僕を間違えたの?」
「チガイマス……」
初対面の時の話をしながら赤くなってしまったリーゼを見て、ふふっとルディが笑う。
(笑った顔も素敵。スチルにしてずっと毎日眺めていたい。ゲームの中のルディ様とは違うところも多いけど、それよりも今のルディがもっとずっと好き)
あの日から、婚約はしてないもののリーゼとルディとはとても仲の良い幼なじみとして過ごしてきた。
それから、最近はルディの死亡フラグを折るために、影の組織を作ったり、幅広い商売で大陸中に情報網を構築したりとかなりリーゼは忙しく過ごしている。
ジークハルト王子ルートでは、闇落ちした悪役令嬢リーゼが真のラスボス。ポテンシャルは隠しているが、闇魔法の能力も剣の腕もカリスマ性もチートレベルなのだ。
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(それにしても、今回のフラグは極大だわ。しかも、本編に存在しないオリジナルのフラグ)
リーゼが平和的に暗躍しているせいか、王子とヒロインの仲は進展したものの、ヒロインが光の巫女として覚醒する気配が全くない。
このため、魔族との戦争は泥沼化の道を辿っている。そして、王立学園を卒業したルディにも、前線へ行く指令が降りたのだ。
「あの、お嬢様。本気で実行なさるのですか?」
「もちろんよ。この日のために力を蓄えてきたと言っても過言じゃないわ。それでは私の影武者役よろしくね?」
目の前に、自分と同じ姿形の人間がいるというのは、準備したリーゼであっても不思議な気がした。
「もし失敗して、帰らぬ人になったらそのまま貴女がリーゼでいてね」
「お嬢様が、そうなる未来が浮かびません」
今のリーゼは、フルフェイスで白銀の甲冑。男性にしては少し小さめかもしれないが、剣や魔法の実力からすればそんなのは些細なことだろう。
「では、騎士団の入団試験を受けてくる。あとはよろしく頼む」
「……ふふん。せいぜい足掻けばよろしいわ」
「…………えっ!?私ってそういうイメージなの?!」
悪役令嬢は、やはり悪役令嬢なのか。モヤっとしたままリーゼは試験会場へと足を運んだ。
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騎士団試験。体は小さいが物凄く強い男が現れ会場は騒然となった。
「まさか、ここまでとは。君は本当に新人か?」
珍しい闇魔法を駆使して繰り出される剣技により、審査官の副団長すら試験終了時には地に伏していた。
実技だけでなく、筆記のテストでも満点というのは、騎士団が始まってから、王子の学友、天才と噂されるルディ以来の快挙だった。
(ルディと名前が並ぶのが嬉しくて、学業も猛烈に頑張ったもの)
成績が張り出されると、いつもルディが学年1番でリーゼが2番だった。
白銀の鎧とフルフェイスの男は、決して顔を見せない。しかし持っている推薦状は、最近裏にも表にも広大な情報網と組織を持つと噂されているジアン公爵直筆のサインがされていた。
(こんなこともあろうかと、お父様の若い頃の弱みを握っておいて良かったわ。『お母様に言っちゃおうかな?』って言ったら白紙にサインを書いてくれたもの)
父であるジアン公爵がガチ泣きだったので、少しだけ良心が痛んだがルディの命のためだ。リーゼは、心を鬼にした。
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それから1ヶ月。月が高く登った頃、野営地に張られた天幕の中で2人の男が内密の話をしている。
「ルディ。あの魔王軍を次々と下す白銀の甲冑を纏った騎士についてどう思う?」
「殿下。…………先日、戦場で戦う姿を、観ました」
「ああ、それでどう思った」
「いや………………リーゼですよね?」
「うん。どう見てもリーゼだな?」
リーゼはバレてないと思っているが、以前から詰めが甘いリーゼの行動は2人に筒抜けなのだった。
「リーゼ、待っていてって言ったのに」
「落ち着け、ルディ?」
「俺は落ち着いてます。……殿下?白銀の騎士はもちろん俺の直属部隊に配属していただけるんですよね?」
目に光がない未来の宰相候補に詰め寄られ、王太子には応と答える以外の選択肢はなかった。
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(戦場でもルディの勇姿が堪能できる!スチル!)
そうとは知らないリーゼは、ルディの隊しかも直属いう嬉しい知らせにただ浮かれていた。
張り切ったリーゼは、嬉々としてチート能力を発揮し、白銀の騎士とルディを先頭に、人族の快進撃は続く。
「白銀の騎士殿、今日の戦果も素晴らしかった」
「は、ありがたき幸せ」
リーゼの扮する白銀の騎士に、ルディが吐息がかかるほど近くに顔を近づけた。
「ひえ?」
「どうしました?白銀の騎士殿?」
蕩けるような笑顔で、ルディが話しかけてくる。
(ち……近い。何なのこの距離感?!まさか……ルディはそういう……)
ルディは、いつも白銀の騎士のすぐそばで戦っていた。リーゼが思っていた以上にルディは強かった。そして距離もなんだか近かった。
(……悪役令嬢チートのはずの私より強いかもしれない。やはり、ルディが一番素敵ね)
乙女ゲーム『夜星』の世界でも、ルディは強かった。死にやすいため途中退場してしまうことがあるにもかかわらず、その強さからメンバーにするプレイヤーは多かった。
ルディを最強にした挙句、ラスボス戦では使うことができず多数のプレイヤーが涙を呑んだのだ。
そしてゲームで言う最終ボス、魔王との戦いの舞台が訪れる。
(ここで『夜星』のルディは8割がた死んでしまう。私が守る!)
リーゼは、固い決意を胸に秘めていた。だが、運命は強制力という試練を与えるのだった。
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魔王と戦う直前に、リーゼ扮する白銀の騎士の元にルディが現れた。
「光の巫女なくして、俺は今回の戦いは厳しいと予想しています。あなたが戦う義理はない」
「ルディ隊長……。私は私の進むと決めた道を進むだけです」
「あなたは……。いえ、分かりました。共に戦いましょう」
しかし、光の巫女なく魔王に勝つことは叶わない。
魔王の足元には、ジークハルト王子、ヒロイン、そのほか多数の攻略対象たちが倒れている。ヒロインが覚醒していないのだから当然の結果だった。
今、魔王と相対しているのはルディとリーゼ扮した白銀の騎士だけだった。しかし無情にも、リーゼに魔王の攻撃が襲い掛かった。
(現実の戦いは、ゲームとは違う。悪役令嬢チートがあったって……)
「リーゼ!」
その時、誰かがリーゼの上に覆いかぶさった。フルフェイスの兜が外れて遠くに転がっていく。
「ルディ……どうして」
「リーゼ。待っていてって言ったのに。本当に君は仕方がない」
背中に触れると手のひらにぬるっとした感触があった。
「ずっと好きだった……」
「だめ。せっかくフラグを折ってきたのに、ルディがいなかったら何も意味がないよ!」
―――そしてリーゼは光落ちする。
それは、ヒロインが光の巫女に覚醒しなかった世界が求める強制力だったのか。
まばゆい光が世界を包み込んだ。
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トルコブルーと白いタイルで埋め尽くされた教会で、世界を救った英雄と光の巫女の結婚式が行われる。
幸せそうな2人が壇上へと上がり、招待客の前で誓いの言葉を紡いだ。
「リーゼ、愛してる。これからも君を守りたい」
「私も愛してます。ルディ、あまり心配かけないで下さいね?」
「大丈夫。君が愛してくれる限り俺は死なない」
「どうしていつも死亡フラグを立てるんですか!!」
たぶん2人は、末永く幸せに暮らしました。
✳︎true end✳︎
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