将来の夢はお花屋
帰宅途中の二人が将来の夢について語るお話
「わかりました!お花屋さんですぅ」
沙莱がそんなことを突然言い出すので、僕はどうして良いか分からなくなった。
二人並んでの帰宅中、色々と過程をすっ飛ばされて、突然「花屋さんですぅ」
と言われても僕わからないですぅ。
「物事には、ちゃんと順序ってのがあるだろ?」
僕の言葉を聞いて彼女が目を輝かせて頷いた。
「そうでした!すっかり忘れていました。将来の夢です」
「はぁ?」
ダメだ。
なんだかペースが乱れてしまう。
沙菜のことだから、これでいつもの調子なんだろうけど、ダメダメだ。
相手にしてはいけない。
「あのですね!将来の夢ですよ。何がやりたいかって訊かれたじゃないですか。きょう」
「ああ……」
そういえば、と思い出した。
そういえば、担任が何をやりたいのかを考えてこいって。
……それが、花屋さん?
「沙菜って親戚にそう言うことやってる人いるの?」
「いないですけど」
「じゃあ、どうして?」
その質問を待ってましたかと言うように彼女は僕に輝いた目を見せた。
やめてくれ。
そんな目で見つめられるとなんだか照れくさい。
「どうしてって、決まってるじゃないですか。みんなの笑顔がみたいからですよ!お花のパワーは凄いんですよー」
「お花のパワーねえ」
そらすごいだろうけどさ。
担任が求めるのってこういうことで良かったのか?
僕たちは高校生だ。小学校の将来の夢とは性質が違う。
進路希望調査の回答を担任は求めているはずだけど。
「その……あれ? お花屋さんってデザインとかそういうセンス、いるだろ? その辺はどうよ」
「任せてください!」
彼女はどんと胸を張った。
いやいや、お前美術4だったろ?
10段階で。
「生け花とかそう言うの好きなのか?」
「いいえ!全然」
僕は頭を抱えた。
なんだ、どうしていつもこうなんだ。
「なんだか、面白くなさそうですね。三谷くん」
となりを歩いている彼女は突然僕の顔を覗くように下から眺めた。
彼女のあどけない表情に一瞬どきりとしたため、僕は視線を外した。
「おっおもしろいとか、おもしろくないとか。そういう問題じゃないだろ? お前、大学で何するかとか考えてるの?」
「はい!薬学です」
「だろ?」
彼女は薬剤師になるために勉強している。
たしか志望校も決して夢ではないそれどころか、射程圏内に十分は行っているはずだ。
僕よりも成績は良い。
「それより、三谷くんこそ! 何を考えてるんですか? きょうのことについて」
「そりゃ……」
なんだろうか。
僕は何も言えなくなった。
僕は工学部に行きたかった。
工学部建築学科。
志望校である地元の国立大学もこの間、A判定が出て安堵していた。
なのに、何も言えない。
なぜなのだろう。
答えが見つけられず、何も言えずにいた僕を、沙菜は横からじっと見つめていたと思うと、
「そうでした。三谷くんは建築屋さんになるんでしたね」
と笑った。
こいつ。
知ってるくせに。
「わたしはですねー。花屋さんがやりたいです」
さっき聞いたよ!
「違うんですよ」
彼女はすぐに打ち消した。
僕何も言ってないんですが。
僕の心が読めるのですか。
「甘いこと言ってるって思われるかもしれないですけど。前線を引退したらのんびりお花屋さんをしたいなって思ってたんです。別に評判のお店! とかにならなくいいんです。通りすがりでも良いです。立ち寄った人がちょっとお店を見て、お店を視界に入れただけで、ほんの少しでも幸せな気分になってくれればなって思うんです。どうです? いいと思いませんか?」
彼女は遠くに話しかけるようにそんなことを言った。
僕はほとんど間をおかず
「すごくいい夢だ」
と答えた。
決してお世辞ではない。
ギスギスした人間関係、トラブル、家族の問題。
雑踏の中で生きて行くことは、決してのんきではいられない。
自分もその中の一人になるだろう。
そんな人たちに、一瞬でもそんなことを忘れさせて上げる仕事ができれば。
彼女の言っていることは、なにかしらうらやましくも感じられた。
「あー。わかりました。三谷くん、店長になりたいんですか。いいですよー。わたしが看板娘です!」
その言葉で僕は立ち止まる。
彼女は何かを確信した自信を持った表情をしていた。
そんな彼女の思わぬ発言と疑うことのない瞳に、僕は彼女から視線をはずせなくなった。
昔作った練習用短編を修正したものです