二少女の願いと不思議な交流
季節は夏。子供たちが肝試しをする季節。
ゆりたちは肝試しを見るのが大好きだ。たいてい驚かすのは人間だが、ゆりたちも一緒に驚かす。見えてないだろうが。
たまにゆりや優子をさして、「お化けだ!」という子もいるのでびくっとする。人間には子供の時だけ霊感がある人もいるとか。霊感が大人になっても残った人が霊媒師などになる。ゆりたちのような無害な霊を祓うことはない。怨霊などを祓う。
そんなある日のことだった。優子たちと一緒にスイカを食べていると、声が聞こえた。
「こんにちは。」
「!?」
それはただたださまよっている幽霊でもなく、体温が低い人の形でもなく、青白い獣でもなかった。
「人間・・・。」
幼い少女だ。
「あらら、どこから来たの?お嬢ちゃん。」
長いこと幽霊の余生を送っている美香が聞く。
「私、近くの神社の巫女の娘なんです。」
神社といえば・・・近くの日水神社だろう。ならこの子の苗字は日水というのか。
「名は葉月と言います。神社の娘なので、霊感があるのです。そして私が皆様にお聞きしたいのは・・・。」
月はさみしそうな笑みを浮かべた。
「死んだ父の行方を知りたいのです。」
優子は考え込んで、呟やいた。
「自分ではわからなかったの?占いみたいなやつで、知ることが出来るんじゃないの?」
「ええ。残念ですが、私は半人前なので。私は今十三歳なので、父が死んだ五年前は八歳でしたね。その時から霊感はあって、地上でのびのび暮らしている幽霊の中に、父様が混じっていると考えたら、知りたくてたまらなくなって。」
そして葉月はうつむく。
「でも、いくら水に、花に、星に、炎に祈りをささげても、わからなかったのです。母も自分で答えを見つけろというばかりで。だからお願いします。私と一緒に父様を探してください!」
目の前で頭を下げる少女に、ゆりは微笑む。
「いいよ。まず、閻魔のところへ行きましょう。」
「は、はいっ!」
葉月は嬉しそうに微笑む。
地獄へ行くにはある場所から地面をすり抜けないといけない。閻魔と言っても複数人いて、それぞれの地獄の入り口にいる。なので地獄へつながる地面はたくさんある。
(幽霊は簡単にすり抜けられるけど、人間は大丈夫かな?)
しかしその心配はいらなかった。霊が周りにいたことと葉月の巫女の力が重なって、無事みんなすり抜けられた。
閻魔の裁判が丁度終わった時のようだ。
「閻魔様。お久しぶりです。」
ゆりと優子、その他もろもろの幽霊が頭を下げる。葉月もそれをまねる。
「人間ですか?」
閻魔は葉月より背が少し高いくらいだ。でも、何百年も生きている。
「は、はい。葉月と言います。」
「命あるものが、何の用で来たのです?」
「それは・・・。」
葉月の代わりにゆりが説明する。
「・・・その父の名前は何です?」
「日水光春です。」
そして閻魔は鬼と一緒に書物をめくり始めた。
「これでしょう。」
閻魔はあるページを開いて葉月に見せた。名前、死んだ年齢などが載っている。
「これだと思います!」
葉月は内容に目を通した。
「へえ・・・転生ですか。」
葉月が呟く。
「光春さんは転生しても娘の葉月と妻の涼香と家族になりたい、と言っていましたね。今はある空間で転生の時を待っています。」
閻魔が言う。
「じゃあ、父様は地上にはいなかったんですね。」
「そうなるね。仮に地上にいたらとっくに再開していたでしょうに。また家族になりたいなんていう意思を持つ人ならきっと地縛霊になっていたわ。」
美香が口をはさむ。この話題に興味を持ったようだ。
「ですね。そして、実は会えないこともないです。私や鬼たちが転生待機の空間の結界を緩めれば入ることが出来ます。」
そこで閻魔はため息をつく。
「しかし、制限時間があります。三分ほど。それを過ぎたらあなたは帰ってこられなくなるかもしれません。結界を緩めるのは簡単じゃないのです。短時間にポンポン緩めることは出来ません。」
葉月は動揺したようだった
「・・・でも、入れるなら、父様に会いたいです。大丈夫。家には母様が残っています。巫女の結衣もいます。必ず帰ってきます。」
閻魔は笑みを見せた。
「決意は固いのですね。わかりました。連れていきましょう。」
そしてゆりたちは上へ登って行った。葉月も閻魔に引っ張られる形で浮かび上がる。
これを持っていて、と閻魔に言われ、葉月はタイマーのようなものを手に取った。
葉月はぎょっとした。これは鬼の世界の代物である。無理はない。牙と角が生えているのだから。
「では、準備はいいですか?」
「はい。」
そして閻魔は何かの呪文を唱えながら手をあげた。すると、赤い地獄の空に青い波のようなものがあった。結界だ。
次の瞬間、そこに隙間が現れた。
「向こうに行けば自動でタイマーが動き出す。時間を気にするんじゃ。気をつけろよ。」
赤鬼が葉月に声をかけた。みんなも葉月を見送る。
結界を頑丈で、隙間があっても入るのは一苦労だ。でも、何とか潜り抜けた。
そこは異様な光景だった。たくさんの霊が花の咲き乱れる空間を飛んでいる。所々に人間・・・いや人間の姿の幽霊がいた。それ以外はみんな白くてふよふよしている。どうやらこの白い霊がいるのは地上だけではないらしい。
葉月はとりあえず歩くことにした。でも、光春はなかなか見つからない。
幽霊だらけのこの空間では巫女服姿の少女はとても目立った。みんなが葉月を見つめる。お祓いされるのかと恐れるものもいる。
とうとう葉月は動けなくなってしまった。周りを囲まれている。時間はあと2分20秒だ。
葉月が焦っていると、「まさか、葉月!?」という声が聞こえた。
「父様・・・。」
「みんな、ちょっとどいてくれ。私がこの子と話をする。」
みんなは一歩引いた。光春は権力があるようだ。いや、生前が神主だったからみんな恐れているだけかもしれない。
「葉月…お前、死んだのか?生きているように見えるが。」
「いや、生きているよ。父様に会いにきたの。近所の霊や閻魔と協力してね。」
光春はほっとしたようだ。大事な一人娘にはまだ肉体を失ってほしくないのだろう。
「にしても、さすが日水家の巫女だ。強い霊感を持っているんだな。これならあれを渡しても大丈夫そうだな。」
「あれ?」
「お札や大幣は見たことあるだろうが、神鏡を見たことはないだろう。神鏡は日水家を継ぐ者に継承されている。」
そこで春光は間を置いた。
「日水家は有名ではないが特別な家だ。強い巫女と、賢い神主が生まれる。宿るのも強い神様だ。神具も強力だ。ところが今神主である私がいない。だから力が弱まった。だからお前も早く家を継ぐことになるだろう。新しい神主を連れてこないといけないからな。それまで修行を怠らないように。」
葉月は聞き入った。
「新しい神主は歴代のように賢く、強い力を持つ人にするんだ。さて、そろそろ時間だろう。裂け目までいっしょに行くよ。」
「うん。」
そして二人は他愛のない世間話をしながら歩いていた。別れの時が近づいてるなんて思えなかった。
「じゃあ、さようなら。」
「ああ。元気でな。」
もう、会えない。二人にはそれが分かっていた。だから、また、という言葉は使わなかった。
みんなのもとへ帰ってきて、葉月はニコッと笑った。
葉月と別れて、光春は心の中で笑った。
幽霊に顔や表情はない。周りを見ることが出来ても、会話することが出来ても、相手から目や口は見えない。自分からも見えない。確かに、死人に口なしだ。ところがここは、言葉でにぎわっている。死人に口はなくても、言葉があるのだ。せいぜいクチナシの花を摘んでいればいい。
口があるのなんて、生けるものと特別な霊くらいだ。
死人に口なしでも、言葉はあるんだなあ。葉月はにやにやする。
口がないのなんて、白い幽霊くらいだ。
・・・二人がなんで笑っていられるのか?
大丈夫、また百年後くらいに会える。
そう思っているから。