・16
しばらくは、他愛もないお喋りを楽しんでいた。
「あ、あれってもしかして、魔石?」
友人のひとりが、リビングに置かれていた魔石を見て声を上げた。
「ええ、そうよ。エーリヒが買ってくれたの」
何気なくそう言うと、友人たちから歓声が上がる。
「えっ?」
理由がわからずに首を傾げると、友人のひとりが教えてくれた。
「魔石って宝石よりも高価だから、結婚指輪の代わりとしても人気があるの。でも、これが買える人はなかなかいないのよね」
「あれだけ美形で、しかも魔石を買えるくらいの資金があって、しかも妻以外の女性には目もくれないなんて、本当に素敵ね」
うっとりとそう言われて、クロエは戸惑いながらも微笑む。
(そういえば、最初の魔石は意味のあるものだって言っていたような気がする……。まさかね)
結婚指輪の代わりに買ってくれたなんて考えるのは、さすがに考え過ぎだろう。
今はあまり深く考えないことにして、友人達が帰ったあとは、また魔法の本を読むことにした。
クロエが読んでいるのは、魔法図鑑のようなものだ。
どんな魔法が開発されているのか紹介しているだけの、簡単なものである。
実際にここに書いている魔法を使えるようになるには、ひとつずつ魔法書を購入して、その魔法の仕組みを勉強しなくてはならない。
そして内容を完全に理解できるようになって初めて、その魔法を使うことができるのだ。
簡単な魔法ならば図書館で借りられるが、高度な魔法書ほど高額で取引されている。
貴族の中には魔法が使えないにも関わらず、希少な魔法書をコレクションにしている者もいるらしい。買い集めることで希少価値を上げ、値段をさらに釣り上げるつもりなのかもしれない。
中には、魔法書の解説を職業にしている者もいる。もちろん、高度な魔導書の解説はかなり高額となる。
試しに初期魔法の魔法書を購入してみたが、なかなか仕組みが難しく、理解することができなかった。
でもエーリヒに言われて、クロエには理解する必要がないことに気が付いたのだ。
魔法は、その仕組みを理解しなければ使えるようにならない。
でもクロエは魔女だ。
どんな魔法があるか知りさえすれば、理解しなくても願っただけでそれを使えるようになる。
だから魔法書は不要であり、魔法図鑑があれば充分なのだ。
「やっぱり転移魔法って便利そうよね。うーん、使えるようになりたいけど……」
理解する必要がない代わりに、使えるようになるには、実地訓練あるのみである。
でもさすがに、失敗したらどこに飛ばされるのかわからない魔法の練習は、少し怖い。
(エーリヒが一緒にいるときに、練習しようかな?)
ふたり一緒に飛ばされるのなら、まだ何とかなりそうだ。
(あとは……。空を飛べる魔法もあるのね。これもやってみたいわね)
でも失敗して地面に落ちてしまったら、それも大変なことになってしまう。いくら理解する必要がないとはいえ、最初は初期魔法を地道に練習するしかなさそうだ。
(うーん、残念。でも、高価な魔法書を買わずに魔法を使えるのは、いいわね)
夢中になっているうちに、いつのまにか太陽が傾いていた。
オレンジ色の光が窓から入り込んでいることに気が付いて、慌てて立ち上がる。
「大変。そろそろ夕食の支度をしなきゃ」
本を片付け、すっかり馴染んだ黒髪を手早く纏めて、エプロンを付ける。
「今日の夕飯は何にしようかな?」
遊びに来た友人からもらった卵と、今朝商店から買ってきた野菜。そして、アイテムボックスには味噌漬けにしておいた魚があるはずだ。
「味噌漬けの魚を焼いて、野菜はスープ。あとは、たまご焼きにしようかな」
夕飯の準備ができる頃には、エーリヒも帰ってきた。
約束していた通り、水晶をたくさん買ってきてくれたようだ。
「ありがとう。これで魔石を作る練習ができるわ。あ、ご飯もできているよ」
「いい匂いだ。焼き魚かな?」
「うん。味噌漬けにした魚を焼いたの。すぐにご飯にしましょう?」
ふたりで食卓を囲む。
後片付けは、エーリヒがすべてやってくれた。
その間にクロエは、魔石を作る練習をすることにした。
連載再開します~。