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 新居で迎えた朝。

 クロエは、窓から降り注ぐ朝陽に照らされて目が覚めた。

 今日も良い天気のようだ。

「うーん、よく寝たかも」

 そう呟きながら身体を起こすと、長い黒髪がさらりと揺れる。

 馴染みのある色に、つい自分が異世界に転生していたことを忘れそうになってしまう。

 今日は何曜日だろうか。仕事に行かなくては。

 そう思ってしまい、慌てて首を振る。

(私はクロエ。元侯爵家の令嬢。ただいま逃亡中……)

 自分に言い聞かせてから、立ち上がった。

「……クロエ?」

 隣で眠っていたエーリヒも、目を覚ましたらしい。

 目覚めはあまり良くないようで、まだ少しぼんやりとしたような眼差しでこちらを見つめている。

(イケメンは、寝起きも綺麗なのね)

 思わず感心してしまう。

 寝室が一緒なのは家の構造上仕方がないとはいえ、大きめのベッドがひとつしかないのは、さすがに問題だった。

 でもエーリヒはこれでいいと譲らなかった。

「今さら恥ずかしがるような仲でもないだろう」

「いや、そういう仲だから。いつのまに私達、そんな関係になっていたの?」

 そんな問答をしたことが、もう懐かしい。

 エーリヒは店でとても寝心地の良いベッドを、それもかなりお手頃な値段で売っているのを見つけて、どうしてもそれが欲しかったらしい。

 たしかに睡眠は大切だ。

 結局クロエも、一度寝てみたらその寝心地に夢中になってしまって、結局一緒に寝ることを承諾してしまった。

「もう少し寝ていてもいいよ。朝ごはんを作ってくるから」

「クロエが作ってくれるのか?」

「うん。簡単なものだけどね」

 感激した様子のエーリヒに笑顔を返して、クロエはキッチンに向かう。

 食べ歩きが趣味だった前世では、よく料理もしていた。

「何がいいかな。やっぱり朝は、目玉焼きかな?」

 キッチンのテーブルには、食材の入った籠が置かれていた。昨日の夜、エーリヒが買ってきてくれたのだ。

 そこから卵とハムを取り出して、調理を開始する。

「あとは……。何がいいかな。味噌汁……は無理だから、野菜スープとか?」

 食材は、ほとんどが前世と同じもののようだ。

 この国の食文化はそれなりに発展しているようで、そこはとても嬉しい。各国の料理を食べるのが、今からとても楽しみだ。

 ただ、やはりこの国には西洋風の料理しかなかった。元日本人としては日本食が恋しくなってしまうが、ないものは仕方がない。

 ゲームや小説の中だと、主人公たちは何とかして手に入れていた。でもエーリヒに話を聞く限り、この国では難しそうだ。

「ああ、せめて味噌と醤油、そしてお米があればいいのに」

 両手を組み合わせて、祈るようにそう願う。

 エーリヒは聞いたことがないと言っていたが、彼もこの国しか知らない。広い世界のどこかには、もしかしたら存在しているのだろうか。

 各国を巡れば、いつか巡り合えるかもしれない。

「あっ、焦げちゃう」

 料理を再開しようとして振り返ると、ふと目の前にアイテムボックスの画面が出てきた。

「え、何?」

 驚いて画面を凝視すると、アイテムボックスの中に、今までなかった文字が見えた。


 醤油×∞

 味噌×∞

 米×∞


「……へ?」

 その文字を読み取って、思わず間の抜けた声が出る。

「もしかして……。魔法、使っちゃったの?」

 魔力を込めたつもりはないが、声に出して願いを言ってしまった。

 欲しいと願ったのはたしかだが、こう簡単に叶えられてしまうと、嬉しさよりも戸惑いのほうが大きい。

「クロエ?」

 声が聞こえたのか、まだ寝ていたはずのエーリヒの声がした。

 振り返ると、心配そうにこちらを見つめている青色の瞳と目が合った。

「どうかしたのか?」

「エーリヒ。どうしよう。私、ちょっと怖い……」

 思わず、自分の肩を抱きしめるようにしてそう言う。

「何が怖い?」

 ふとその手に温もりを感じた。

 いつのまにかエーリヒが傍にいて、クロエの手をしっかりと握っていてくれた。

「ちょっと欲しいなと思っただけのものが、勝手にアイテムボックスに入っていて。何だか怖くなって」

 願いが叶った嬉しさよりも、そんなことを無意識にやってしまった自分の力に恐怖を感じた。

「そうか」

 エーリヒはクロエの手を引いて、椅子に座らせてくれた。彼はその前に跪き、クロエを覗き込む。

「力が制御できないのが、怖いのか?」

 優しい声で尋ねられ、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

「……うん。そうかもしれない。制御できないから、どのタイミングで願いが叶ってしまうのかわからなくて」

 願いを声に出してしまったのは、自分が迂闊だった。

 でも無意識に言ってしまったことが、あんなに簡単に叶ってしまうなんて思わなかった。

「何を願った?」

「異国の、ちょっと珍しい調味料よ。料理をしていて、作ってみたいと思ったから」

 さすがに前世の話は、まだできない。

 そう説明すると、アイテムボックスから取り出して見せる。

「これと、これ。味噌と醤油って言うんだけど、エーリヒは知っている?」

「いや、聞いたことはないな。異国の調味料なのか」

 それを珍しそうに眺めたあと、エーリヒはそれを机の上に置くと、もう一度クロエの手をしっかりと握る。

「こんな小さな願いを叶えて怖がっているクロエなら、大丈夫だ。俺の知っている魔女……。王女は、貪欲だった。次から次に願いを叶えて、自分の思うままに振る舞っていた」

 王女を騙るときだけ、エーリヒの端正な顔が少し曇る。

「クロエならきっと、無意識に自分で力をコントロールしている。だから、怖がらなくても大丈夫だ」

 子どもに言い聞かせているような優しい口調の言葉に、不安が消えていく。

「うん。ありがとう」

 むやみに恐れるよりも、前向きに考えて、自分でしっかりと制御できるように頑張らなくてはならない。

 やっとそう思えるようになって、クロエは笑みを浮かべる。

「頑張る。自分の力だもの。私が頑張らないと」

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