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第90話 戦士バル(2)


「厨房に異常はありませんね。ただ、異物を混入するとしたらマスター、もしくはウェイトレスのどちらか……になりますね」


 俺の所見を伝えるとミーナはマスターとウェイトレスを尋問するためにギルドへと連行するように言った。


「シュー、呪術の類はどうだ?」


「ないにゃ」


 そうか。

 俺は集中して様々な場所の香りを嗅いだ。

 洗脳薬、鬼姫薔薇の香りはしなかった。つまりはあのマスターもウェイトレスも洗脳はされていないという可能性が高い。

 もちろん、尋問前に洗脳解除薬を使うが。


「ソルトさん、何かおかしいことはありませんでしたか?」


「そうっすね。戦士部のやつらが入って来てやりたい放題って感じでした。女の子にセクハラしたり……女の子は途中で奥に引っ込んで、マスターが酒や料理を運んでた。それくらいっすかね」


 マスターが作ってたのは主に酒。

 ウェイトレスは料理を運んでいた。厨房のスタッフが料理を作っていたがバーなので基本的には盛り付けだけ。


「これがやつらの食い残しっすね」


 俺は戦士たちが飲み食いしたテーブルを調べることにした。酒、チーズに魚、露店でテイクアウトしたオードブル」


 幻覚を見せる作用がある植物なんて死ぬほどあるが、それを上手に加工するなら酒に混入させることだろう。

 酒は香りも強く毒物の混入がわかりにくい。


「ミーナさん、戦士たちは幻覚を見るだけ……なんすよね?」


「ええ、そうよ」


「ならこの目覚め岩のコケを使った薬で治りますよね?」


「ええ、おそらく」


 なら、片っぱしからこうするしかない!

 俺はピッチャーに入った酒をがぶ飲みした。驚くミーナの顔と呆れるシューの顔を交互に見ながら飲み込んで目を閉じる。

 こい……こい……。

 俺は目を開いた。


「もふもふ……の天国じゃねぇか!」


 目の前にある大きな胸の犬娘を抱きしめて顔を埋めると女はヨシヨシと俺を撫でてくれた。

 なんて可愛いんだ!

 もふもふ最高! 獣人に会いたかったんだ!

 フローラルな香りと柔らかい感触。思わず鷲掴みにして感触を楽しんで……


「もごっ!」


 一瞬にして俺は現実に引き戻された。気色の悪い感覚が胃を襲って思い切り嘔吐した。しばらく戻し続けると、俺の脳みそは夢から覚めるように現実を受け入れる。


 真っ赤な顔で胸を押さえているミーナ。

 呆れ顔のシュー。


「俺、なんかしました…?」


 あのとても良い夢を見ている間俺は何をしていた?

 ミーナに斬りかかりでもしたんだろうか?


「ええ! 絶対にそのお酒が原因です! ソルトさんのバカ!」


***


 俺は酒樽からワイングラスまで全てを徹底的に調べた。俺の夢は恥ずかしながら俺が一番幸せだと思う瞬間。

 それを考えると……戦士が一番快感を覚えるのは戦って魔物を倒している時か、もしくは女とよろしくやっている時だ。

 つまり、酒場で戦士が戦闘を始めたり一般の女の子を襲ったりしている事件が多発していることとつじつまが合うってわけだ。


「だとしても、雑すぎるよな」


 俺の独り言に答える奴はいない。

 どうしても、あの洗脳薬を作った鑑定士たちがやったとは思えないお粗末さだ。だとすれば……


「なぁ、マスター。あんた何がしたかったんだ?」


「俺は知らないよ、誰かが勝手に酒に混ぜたんだろ。なぁ勘弁してくれよ」


 マスターはしらばっくれているのか、本当に知らないのか。


「幻惑魚。もしくは幻惑魚に寄生するキノコを使ったんだろ」


 俺の質問にマスターは表情を変える。


「俺はさ、それを売っている奴らに興味があるんだ。あんたは金を払っただけ、そうだろ? こんな男にもらったんじゃないのか」


 俺はツクヨミの似顔絵をマスターに見せる。

 マスターは「しらねぇよ」と言った。


「あんたは迷惑をかけてくる冒険者が嫌いだった。一般人からすれば戦士なんてのは腕っ節が強いだけで得をしているバカだからな。捕まればいいってそう思ったんだろ?」


 マスターが顔を歪める。図星だったか。


「一般人だし、お前がこいつらに操られてなら刑は軽いはずだぜ。だから話してくれ。俺らはコイツを追ってる。なぁ、マスタ……」


 マスターは人が変わったように顔を真っ赤にして恐ろしい表情を浮かべ俺を睨んでいた。あまりの気迫に俺は言葉が出ない。


「お前ら冒険者はいつだってそうだ。俺たちをバカにして……バカにしやがって!」


 マスターは鼻息荒く怒鳴り続ける。

 あまりの異常な光景に俺は何か新しい薬を盛られたんじゃないかと疑う。


「お前らみたいなクズに頭をさげなきゃなんない俺の気持ちを誰がわかる? 冒険者に操られた? ふざけるじゃねぇよ! 俺は自分で……自分で」


「あんた、鑑定士だな」


「そうだ、俺は元鑑定士。差別に耐えかねて引退しバーを開いた。そこでもバカ戦士に悩まされるなんてな。幻惑魚? ふん、さすがはS級まで粘ったドM野郎だな。そうさ、俺はあの日あのお方から買った幻惑魚からキノコを取り出した」


 マスターは鼻で笑うように説明をした。


「あのキノコの胞子は危険だ。だから火を通して幻惑だけが見えるように加工してそれを粉砕して酒に混ぜた。証拠が残らないように俺が持っている酒のいくつかにな。あんたに出したワインには入れられなかったよ。うまいワインだった」


「あんたに声をかけたのはこいつか」


 俺はツクヨミの似顔絵を叩いた。だが、マスターは俺の目をじっと見つめるだけだった。


「言うかよ、俺は俺に幻惑魚をくれた人のお考えに賛成だ。お前らなんかに死んでも教えてやらねぇよ」


 お考え……か。


「もっと死ねばよかったのに」


 殴りかかった俺をミーナは止めなかった。

 こいつを迎えに来た保安部にこっぴどく叱られて、それでも俺はあのマスターが許せなかった。


***


 今回の事件のせいで鑑定士の評判は一般人たちからも下がる羽目になり「くろねこ亭」にも閑古鳥が鳴くこととなった。

 

「お給料、少しあげられるように交渉していますよ。それに、くろねこ亭の子達もできるだけ流通部で仕事をできるように配慮しましょう。あなたが頑張ればきっとまた鑑定士の評判はあがります」


 ミーナの言葉は優しくて、そして辛いものだった。

 これがツクヨミたちが仕掛けた俺に対するいやがらせてあるならば、俺はツクヨミだけでなく裏にいる鑑定士と薬師の足取りを掴めない自分が情けなく感じた。

 俺には仲間を守る義務がある。責任がある。

 

「ミーナさん、流通の全てを俺に監視させてください。絶対にツクヨミたちを捕まえてみせます」


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