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第28話 報復(2)

「働きづめですね」


 ミーナが執務室の書類を整理しながら言った。あの事件以来、俺はこの執務室で調べ物をしている。

 その理由は、まだ疑うには脆弱すぎて誰にも話すことができずにいた。


 ゾーイはギルドの医師部で治療を受けている。一命は取り留めたが、片足の修復は不可能で、喉を切られており二度と声を出せなくなるかもしれないと言われている。

 冒険者としても、鑑定士としても……もちろん医師としても将来は絶望的だ。あの時、雌鶏に庇われずに死んでしまった方が彼女にとっては楽だったのかもしれない。


「どこにでもあるものですよ」


「でも、あれは……あの香りは同じものです」


 マリカの兄の死体を動かした時、かすかに香ったのは《《姫薔薇》》だった。

 確かに、ミーナと言う通りどこにでもあるものだ。

 でも、男がつける香水じゃないしあれは抱き合った時に移る程度の……違う、洗脳するために何か……無理やり……。


「なぜ、彼女の姉が彼女を殺すように仕向けるのです?」


 ミーナは分かっているのかいないのか、読めない表情のままため息をついた。


「ミーナさんの方が詳しいんじゃないですか。医師っていう生き物が、鑑定士になった家族を殺したいほど恥だと思うような種族かどうか」


 ミーナは唇をかんだ。誰も報われないのだ。

 ゾーイによって死ぬことになった俺の元仲間たちも、マリカの兄も。

 それにゾーイ自身もだ。


「そうかもしれませんね。でも、どうすることもできない。あの子が……全ての元凶。自業自得です」


 ミーナはまた書類へと視線を戻した。大きな判子を押したりサインをしたり、事務作業を淡々と進める。


——あなたたちは私を裏切らない。ふふっ


 牛糞くさい牛舎で乳牛ミルクカウを撫でるゾーイを見た時


——ねぇソルト! この子、初めて卵を産んだのよ。これ、もらってもいいかしら?


 彼女が育てた雌鶏が初めて卵を産んだ時


——ミルクとたまごが在ればどんな女の子も喜ぶ魔法の食べ物が作れるでしょ?


 これは【ぷりん】なるものを作り出した時の言葉だ。


 この数週間、俺の中で上がったゾーイの株は「自業自得」なんて言葉で簡単に崩せるようなものじゃない。

 と同時に彼女が幸せになることに納得できない人間がいることも理解できた。


「何が……正解だったんでしょうか」


 ミーナはペンを置いた。そして考え込むようにじっと目を閉じた。


「きっと、あのままあの女に引き渡していたらもっと早く死んでいたでしょうね」


***


 ゾーイをかばって死んだ雌鶏【ラビ号】の墓を建てた。ラビ号は卵をなかなか産まず、ゾーイが愛情をかけた鶏のうちの一匹だった。


「容体はどうだったにゃ」


 シューはゾーイとリアの代わりの仕事をこなして疲れているのかソファーで横になっている。フィオーネは用心棒失格だと部屋に閉じこもっていた。


「変わらずだ。自業自得だと思うか」


 シューは「人間のことはよくわからにゃいけど……」と言ってから


「ダンジョンで起きたことは全員の責任にゃ。あの時、マリカもアイラもソルトを追放する気満々でクスクス笑ってたにゃ。ゾーイは発端、でも責任は死んだ人たちにもあるにゃ」


 その通りだ。

 あの日、マリカとアイラは笑っていた。俺が追放されるのを見て、楽しそうに悪口まで言って。


「ゾーイは幸せになってもいいと思うか」


「そのための報復にゃ」


 ぽんっと音を立ててシューは黒猫の姿になった。俺の膝の上に丸くなりもふもふした尻尾で俺の手をくすぐる。

 あったかい、猫の後頭部の香りを吸うように嗅ぎながら俺は何度も何度も考えた。

 死んだやつらのこと、ゾーイのこと。

 今もゾーイの病床で回復を願っているリアのこと。リアが目の前で人が殺されるのを見たのはこれで2度目だ。

 もし、ゾーイがこのまま死ねばリアは明るく笑えなくなるかもしれない。鑑定士の無力さに絶望するかもしれない。


「お人よしのせいでのんびりなんて程遠いにゃ」


「ああ」


「弟子なんていらなかったにゃ」


「ああ」


「助けようとするべきじゃなかったにゃ」


「そうだな」


「ほんと……人間って馬鹿な生き物だにゃ」


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