第2話 スローライフを目指して(1)
ギルドを出て、商店街を抜けると冒険者用の宿屋がある。最高級の宿屋で俺は最強戦士の名前を使い、長い間荷物を置かせてもらっていた。
この街は港と呼ばれ、世界中のダンジョンの入り口がある大きな街である。
といっても俺たち冒険者は与えられたダンジョンを攻略したり、ダンジョンの中に巣食うモンスターを倒して収穫物を集めたり、ダンジョンの中に自生する植物や果実やらを持って来るのが主な仕事だ。
じゃあ、そのダンジョンは誰が見つけて来るのか?
冒険者の中に迷宮捜査人という人たちがいる。彼らは世界中を旅して見つけたダンジョンの入り口に特殊な魔法陣を貼る。
その魔法陣は港につながっており、俺たちのような冒険者が様々なダンジョンに挑戦できるって仕組みだ。
と説明してみたところで俺にはもう関係ない。
俺はのんびり暮らすと心に決めたのだ。
「えっ? 退去ですか?」
「あぁ、エリー。俺はパーティーを追放されちゃったんでね」
受付のエリーとは長い付き合いだ。彼女はエルフでとても綺麗な子だ。年齢を聞くとものすごい火球を放って来るところ以外は完璧。
この冒険者用の高級宿で働く彼女は多分俺なんかよりもずっと優秀だ。
「えぇ……シューちゃんに会えなくなっちゃうのかぁ」
シューはゴロゴロと喉を鳴らしながら尻尾をピンと立て、エリーに頬ずりをしている。俺が抱き上げると唸って引っ掻く癖に……こいつは。
「っても冒険者は引退してさ。のんびり過ごすことに決めたんだ」
「そっか、ソルトさんは鑑定士だもんね。いいなぁ……回復魔法よりも最近じゃ鑑定士の方が儲けてるって話じゃない? 最近この街に来てるナントカ商会なんて鑑定士が戦士たちを雇ってダンジョンへ通ってるんですって」
本末転倒よねぇ。とエリーは肩をあげたが、彼女は気がついていない。でも、気がついていないのだから仕方ない。
——鑑定士なんて雇われる側だったのにね
そんな固定概念があるから、戦士が雇われる側であることに違和感を感じるのだ。目の前に鑑定士がいるってのに……。
「じゃあ、料金はこれで。元気でな」
シューは名残り惜しそうにニャァと鳴いてからカウンターから飛び降りた。とりあえずは、長期で借りれる安い宿か……。
腐ってもS級なんだ、冒険者カードがあれば大体の保険は効く。
「半年は働かなくてもいいな。家賃と食費。いや、食費は最悪いらねぇな」
ブツブツと呟きながら繁華街を抜けてとある建物の扉をノックした。
貧民街と呼ばれる一般の市民よりも少しだけ貧乏な奴らが過ごしている区画だ。親のない子供や退役して仕事を失った冒険者も多くいる。
「おう、ソルト。久々じゃねえか」
左目が使い物になってないイカツい親父は「尻尾巻いて帰って来やがったな」と憎まれ口を叩きながら俺に泡麦酒をご馳走してくれた。シューはミルクをもらって満足げで、客は一人もいない。
「ってなわけで、しばらく上の部屋を貸しちゃくれないか」
「しばらくって、てめぇもうパーティーには所属しねぇんだろうが?」
「自分の家建てるまでだよ。まぁ、こっから少し離れたとこに廃れた牧場があるだろ、あそこらへん買ってさ。のんびりな」
シューが丸くなって寝息を立て始めた。
親父はシューを撫でながら酒をあおった。
「はっ、戦士なんてぇのはそんなもんさ。女にころっといっちまう」
親父を遮るように俺が大声を出す。
「女は鑑定士が大っ嫌い!」
「俺たちの方が料理が上手いから」
親父と俺の言葉が綺麗に揃って二人して笑い転げた。
「戦士なんかクソくらえだ!」
***
二日酔いでグラグラする頭で俺はふらふらと足元がおぼつかない。ベッドから起き上がり、便所へ向かおうと思った時だった。
「いたいっ!」
キンとした高い声、女のそれだった。
「あれ、昨日は親父と飲んで……」
「ぼんくら! 見てわかんないの?! シューよ!」
黒い三角の耳、可愛らしい鈴がついた首輪、機嫌が悪いとブンブンと横振りする長い尻尾。見覚えのある黄ばんだシャツ……ん? それ俺の……。
「誰? お前」
パチンッ!
左頬から伝わった衝撃は俺の鼓膜まで伝わり、ピリピリと痛む。おまけに爪を立てられていて血が頰を伝った。
「なにすんだよ!」
「相棒のこと見忘れたなんて最低にゃ! ゴミクズ! 能無し!」
相棒……、俺の? シュー?
——はぁぁぁぁ???
混乱する心を抑え、俺は女の後を追って階段を駆け下りた。