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第一話

 ゴブリンを始めとする魔族と人間は有史以来戦い続けてきた。強靭な肉体を持つ彼らにダメージを与えるには並大抵のことではなく、打撃を与え骨を折るか、先端の尖ったもので比較的柔らかい腹部や眼球を突き刺すかしか手段はない。


 深い森の中からやってきた彼らと互角に戦えるのは専門の訓練を受けた一部の精鋭兵のみで、短期間の訓練しか受けていない徴集兵では使い物にならない。それ故彼らと戦争をすれば男が減るだけであり、損害に見合った利益を得ることはできない。


 魔族と戦える兵士は軍を辞め、ギルドを立ち上げた。時に馬車の警護、時に個体単位の魔族討伐をこなし、傭兵は魔族と今日まで小競り合いを続けてきた。


 傭兵ギルド『スカーミッシュ』のリーダー、カミールは街へ戻ると仲間は本部に帰らせ、一人で集会所に入る。


 彼の国では、傭兵ギルドは政府が管理する『集会所』に登録し、仕事をもらうのが法令で定められている。報酬は仕事によってピンキリだが、危険が高い程報酬も高くなる。


 今回の仕事もそれなりの数のゴブリンを相手にしたのだから高くついて当然なのだが、渡された銀貨を見て彼はため息をついた。


 後ろの扉が開きぞろぞろと男が入ってくる。カミールに仕事を依頼した新興ギルドだ。銃を抱え床を泥で汚し、大きな声で談笑しながらカウンターへ歩いてくる。


 カミールは受付嬢に礼をいい、カウンターを離れる。この集会所は宿屋と酒場を兼ねており、階段を上り二階の酒場へ行くと、カールが一人で酒を飲んでいた。


「よう、早かったんだな」


 所々に白毛の混じる髪に無精髭、大きな手のこの男は盗賊だったカミールを拾い一人前の戦士に鍛え上げたスカーミッシュの元リーダーだ。カミールにとっては父親のような存在だが、最近は歳のせいか戦闘任務をこなすことはほとんどなくなり、このように毎日ちびちびと酒を飲んでいる。


「銃手さまのおかげだよ」


 皮肉交じりに言うと、ウド達とは別のギルドがライフルを抱え階段を上がってきた。エプロンの女性に蜂蜜酒を頼むと、カールの向かい側に座る。


「どいつもこいつも銃ばっかり、そんなに便利な代物なのか? 俺には杖にしか見えんが」

「俺も使い方はわからんが、まあ便利なんだろうな」


 なんせ大きな音がしたと思ったらあっという間に敵が倒れていくのだから。それに鉛を直接撃ち込めるという点も大きい。


 彼らの使う剣では、例え切れ味をよくしたとしてもゴブリンを始めとした魔族に致命的な創傷を与えることは難しい。彼らの硬い皮膚を破るには弱点である鉛を使うのが一番だが、柔らかく剣にするには頼りない物質だ。


 しかし銃弾として使えば消費量こそ増えるものの、簡単に皮膚を破り内蔵に致命傷を与えることができる。すばらしい武器だ。


 ちなみにスカーミッシュでは銃は現在二丁しか保有していなく、その二丁も倉庫で眠っており実戦で使ったことは一度もない。ではそんな便利な代物である銃をなぜ使わないのか。理由は二つある。


 まず、カミールのギルドは戦闘能力が高く相応の経験もある者達が集まっており、依頼料は相場よりも高い。それでも仕事が絶えなかったのは、真面目な仕事ぶりと他のギルドでは代用できない危険な任務もこなせるためだった。


 しかし最近は銃の登場で少数精鋭から物量作戦にシフトされつつある。高く付く歴戦の戦士より農民上りの安い銃兵のほうが数が増えるほど戦術的に有利であり、単価が安いので好まれていた。


 その為、スカーミッシュの仕事は徐々に減っていき、第二の理由である資金難に陥ったわけだ。新兵器であるライフルは非常に値段が高く戦術的に運用できる程揃えるには莫大な資金を必要とする。首都ではもう少し安く手に入るらしいが、ここのような地方都市では近場に職人がいなく、製造元から離れるだけ高くなっていく。


 ではなぜ新興ギルドは満足に揃えられているのかというと、どうやらリーダーが貴族の関係者で魔族の積極的な討伐を条件に国から資金面での援助を受けているかららしい。


 新興ギルドに対抗する案も浮かばず、安い報酬でこき使われているわけだ。入隊して間もないマルクスに申し訳無さを覚えつつ、頼んだ酒を待っているとこの場にはふさわしくないような、幼い女性の声が聞こえ振り返る。見ると、少女が酒のグラスを傭兵の居座るテーブルに置いていた。


 置いた後も帰ろうとせず、何やら話しているようだがここからでは後ろ姿しか確認できない。別に目立った格好をしているわけでないのだが、どこか懐かしいような雰囲気を感じる。


「あの子、一昨日はいなかったよな」

「あぁ、彼女は昨日からここで働いてるんだ。名前は~なんだっけな」


 最近忘れっぽくてなと笑うカールだが、カミールはもはや彼のことは完全に忘れてしまったかのように、少女のことをずっと見つめていた。


「はい、蜂蜜酒」


 エプロンを付けた、四十歳程の女給がコップをカミールの手元へ置く。それでも彼は少女の方から視線を外さず、疑問に思った女給は彼の視線を追い少女を見ていることに気づくと、鼻で笑った。


「あの子の事が気になるのかい?」

「え? いや、子供の来る所じゃないと思ってな」


 誤魔化すように一杯仰ぐカミール。「彼女ね……」女給は彼に顔を近づけるとそっと耳打ちする。


「服屋の娘だったんだけど、隣町に行く途中魔族に両親を殺されて独り身になっちゃって。父親の友人だった店長の計らいでここで預かってるんだけどね、ギルドに入団して親の仇を打とうと考えているみたい」


 カミールは傾けていたコップをテーブルへ置く。空になった木製のコップの、乾いた音が会話の途切れた部屋に響き、無意識に振り返った少女と目があった。


「グレーテル……」


 一瞬、亡き妹の面影が少女と重なり目を見開くカミール。しかし雰囲気こそ似ているものの、全く別の顔をしていることに気が付き大丈夫か? と自分をたしなめた。


 そうだ、グレーテルはもう死んだのだ。ギルドに入隊する、一ヶ月前に。


 珍しく心が揺れるカミールだが、そんなことはいざ知らず、少女は彼の元へ駆け足で近づいてくる。


「あの、傭兵ギルドの方でしょうか?」

「旅人が皆こんな格好なら傭兵も必要ないだろうな」

「そうですよね、えへへ……あ、あの、わたしをギルドに入れてください!」


 なるほど。カミールは女給の言っていたことを理解する。手当たり次第に傭兵と交渉をしているわけか。確かにさっさとギルドに入隊するには手っ取り早い方法かもしれない。彼女が使える兵士ならばの話だが。


「君、名前はなんて言うんだ?」

「マルタです。今年で十四歳になります」


 十四歳で魔物と戦おうだなんて、まるで昔の俺みたいだなとカミールは彼女に同情する。しかし、リーダーとして情に任せることはできない。


「悪いな、経営難でとても人を増やせるような状況じゃないんだよ。それに、入隊したとして魔族と互角以上に戦えるのか? 俺のギルドは銃なんてないぞ」


「剣を握ったこともありません!」


 ガハハとカールは大笑いするが、カミールはただ呆れるばかりだった。


「わざわざ死に行くのか。せっかく酒場で雇ってもらえたんなら、大人になるまで待ってもいいんじゃないか? 素振りぐらいは一人でもできるだろう」


「それじゃ駄目なんです……今すぐにでも魔族に復讐したいって理由もありますが、両親が死んでから家の服屋は売られてしまって、大切な家なのでお金を貯めて取り戻したいんです」


「それは気の毒だが、しかしこちらも本当に金がないんだよ」


 カミールは申し訳なく思いながら彼女を見る。小さく華奢な身体で、触れただけで壊れてしまいそうだが、その瞳は覚悟を決めた新兵のものと酷似していた。一時の感情ではないだろう。きっと彼女は明日も明後日もここで傭兵に声をかけ続けるはずだ。


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