悪意の存在
他の学校の生徒はぜいたくだとうらやましがるそうだけれど、あたしの学校にはちゃんとシャワーがあって、汗を流してから着替えることができる。
よりこちゃんはちょっとだけ男っぽいので、がばぁとシャワーから出てきたらもう着替えをはじめていた。
シャワー室は部活棟の端っこにあって、シャンプーとかはないけれど一応温水が出る。プールのシャワー室みたいな感じだ。
「いちか。てつだおうか?」
「近寄らないで」
よりこちゃんはこういう時にいつもあたしをからかう。
あたしはよりこちゃんにタオルを奪われないようにしながら、バッグの中をさぐった。
ん? あたしは違和感を感じて手を止めた。バッグの中にわたしの持ち物とは違う手触りがあった。
手にした物を取り出してみると、それは最近女の子雑誌で人気の、有名時計ブランドのスポーツウォッチだった。キッチュな色使いとプリントでネイルアートみたいに可愛く出来ている。
それはよりこちゃんが誕生日に買ってもらって、大事にしていたのと同じものだった。
わたしは時計を取り落としてしまって、それを見たよりこちゃんが息を飲むのがわかった。
「……どうして」
かたまってしまったあたしに、よりこちゃんは無理矢理に笑顔を作って言った。
「……わたしと、おそろいだね。偶然かな?」
そんなわけない。あたしはよりこちゃんが時計を失くしてがっかりしていたことを知っている。これはよりこちゃんの物だ。
「ごめん、なんかわからないけど……まぎれてたみたい。これは返すね」
「ち、違うよ。わたしのは見つかったもの。それはいちかの物だよ」
よりこちゃんは優しいので、嘘をついた。
あたしは浅葱さんの言葉を思い出していた――その人が、他の誰か、わたしの大切な人に何かするかもしれないと思うと、たまらなく怖くなるの――まさか、そんな。
あたしは確かに悪意の存在を感じた。