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フェイク・リアルム  作者: 大園らくむ
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第十五話

「そろそろ帰ろっか。あんまり遅いとレンにからかわれちゃうし」

「そうだな。マンションまで送っていくよ」

「うん。ありがとっ。凛太くんは、そのっ、ヘビに餌をあげなきゃだもんね」

 完全におれを気持ち悪いものを見る目で見ている。ヘビなど飼ってはいないのだが、秘密を知られるよりはマシだろう。

 仲良く手を繋ぎ、夜の小道を歩く。少し湿った風が磯の香りを運んでくる。

「あっ、いけない。今朝冷蔵庫から出した牛乳、出しっぱなしだったかも」

「そんなこと、よく今思い出せたよなぁ」

「レンに電話して直してもらっとこっ」

「いやいや、あと十分もすれば家に着くんだし……」

 かすみは何かを思いつくと、実行に移さないといられないタイプで、いそいそと通話アプリを立ち上げてレンにつなげた。

「あれ? おかしいなぁ」

 かすみは足を止め、右人差し指を唇に当て、首を傾げている。

「どうしたんだ?」

「レンに通話しても繋がらない。そんなことって普通ないよね? BIMって自らオフラインにはできないはずなのに」

 確かに、おれたちの脳に埋め込まれているBIMは、強力な電磁波やジャミングがかけられない限り、インターネット接続や通話がオフラインになることはない。たとえ富士の樹海にいたとしても圏外にはなり得ない。

 ということは、レンは今、強制的にオフラインにさせられている。そんなことが可能なのは警察や自衛隊、国防相などの国家機関に限られている。例外を除けば……。

「かすみっ! 急ぐぞ!」

 かすみの手を取り、おれは家路を急いだ。

 走っている間中、ずっとおれに理由を尋ねてきたが、答えるわけにはいかなかった。なぜならその理由を伝えると、かすみはおれについてくると言って聞かないからだ。

 マンションにたどり着き、大急ぎでかすみの部屋の扉を開く。

「やっぱりな……」

 レンが帰ってきた痕跡がない。あのときおれたちと別れたレンは、この家に帰ってきてはいない。

「ねぇ、凛太くん……どういうことなの? いい加減、説明してよ」

 肩で息をしながら、弱々しい声でかすみが訊いた。

「ごめん。理由を話すことはできないんだ。でもおれが必ずレンを連れ戻す。だからかすみは家から一歩も外へ出ないでほしい。戸締りをして、安全な家の中で待っていてほしい。お願いだ」

 かすみの肩に手を置き、かすみの瞳を真っ直ぐ見つめてそう言った。するとかすみはとても悲しげな表情で口を開いた。

「凛太くん、今、安全な家の中って言ったよね。てことは、外は危険なんだ。そんな危険な場所へ、凛太くんは飛び出そうとしてる。また怪我して帰ってくると思うと、とても辛いよ。苦しいよ。でも、きっとレンは今、もっと苦しいかもしれないんだよね。だったらこの心の苦しさに耐えなきゃ……いけないんだよね……」

 かすみの肩に置いたおれの手に、かすみが手を重ねた。

「……かすみ……」

「私、ちゃんと凛太くんを信じてるから。だから、自分を大切にしてね」

 そう言って、優しくおれにキスをした。

 おれは無言でかすみの頭を撫で、力強くうなずき、外へ飛び出した。


 今すぐにレンの元へ行き、恐怖に支配されているであろうレンを助け出してやりたい。しかし、そうはいかない。いくらなんでもおれ一人でなんとかできる問題ではないのだ。

 レンは今、オフライン状態だ。仮に警察に補導されたのだとしても、BIMにジャミングをかけるようなことはしないはず。ならば、レンはどこにいるのか。国家機関以外でBIMにジャミングをかけられる団体が一つだけある。それはダチュラだ。

 おれは急いで家に戻ると、キーパッドを開き、暗証番号を入力して門を開いた。

 おれの身長の三倍はあるであろう大きな門が、大げさな音を立てて開く。門から二十メートルほど先に家に入る為の扉がある。そこまで全力で走り、扉を開いた。

「おかえりなさいませ、凛太おぼっちゃま」

 黒いタキシードに蝶ネクタイ姿の白髪の老人が、凛々しい立ち姿でおれにそう言った。

「健人さん、大変なんだ。かすみの親友がダチュラに誘拐された。どうか健人さんの知恵を貸してほしい」

 息を整えることさえ忘れ、おれは健人さんにすがりついた。健人さんはうろたえる様子もなく、颯然とした笑顔で口を開いた。

「私なんかが凛太おぼっちゃまの力になれるかどうかわかりませんが、できるだけのことは致します」

 ダイニングルームへと移動し、作戦を練る。

 全ての席が人でいっぱいになることは一生ないだろうと思えるような巨大な長方形のテーブルの上に、健人さんはお茶の入ったティーカップをそっと置いた。

「こんなときこそ、一度落ち着いてみるものです。カモミールティーを飲んで、リラックスしてください」

「う、うん」

 そう言って、紅茶を一啜りすると、不思議と焦燥感が和らいだ。

 そもそも、なぜおれがこんな優雅な世界にいるのか。なぜ、町一番の豪邸に住んでいるのか。それは、おれの親父がデミゴットというソフトウエア開発会社の社長であるからだ。市場に出回っているゲームやアプリケーションは全てデミゴット製品であり、全人類の脳に埋め込まれたBIMというマイクロチップを開発したのもデミゴットである。おれは世界的なトップ企業の御曹司なわけだ。御曹司に執事の一人や二人は当たり前なのだろう。健人さんはおれの執事であり、おれの育ての親でもある。

「それで、ダチュラがレンさんを拉致する理由に心当たりはあるのですか?」

 真っ白な口ひげを指でつまみながら健人さんはおれに訊いた。

「街のダチュラメンバーの動向を探り、親父に報告するのがおれの役目。奴らがどこに集まるのかはなんとなくだけど、絞り込める。それに、最近やけに活発に活動してるみたいなんだ。ダチュラをこんな風に動かすのはトイローズの他にはいない」

 デミゴットは確かにトップ企業なのだが、裏の顔が存在する。開発したプログラムを秘密裏に裏社会の人間に譲渡したり、そのコネクションを利用してヒットマンを雇ったりしている。つまり事実上、日本を動かしているのはおれの親父、川津剛二郎なのである。絶対的な財力を武器に、気に入らない人間や、思い通りに動かない人間を暗殺し、日本を我が物としている。そんな親父に、おれを育てている時間があるはずもなく、育て役を健人さんが引き受けてくれたわけだ。

「ほぉ、トイローズですか。それは厄介ですねぇ。剛二郎様のお耳に入る前になんとかしないといけませんね」

 トイローズとは、闇社会を牛耳っていた秘密結社の類である。主に人身売買を生業としており、構成人数はおろか、本拠地の所在地まで不明なのだ。デミゴットの存在が大きくなったことで、トイローズは瀬戸際に追いやられている。

 そもそもダチュラはおれが指示してデミゴットに作らせた拡張現実、ARゲームだった。いかにも不良が好みそうな学内派閥抗争系の仕様で、BIMにダチュラがインストールされると、自動的にBIMが頭頂葉と側頭葉にリンクし、端末を介さずにダチュラプログラム通りのホログラムが目の前に現れる。これはもはや複合現実、MRゲームでもある。つまり、プログラムの不良と喧嘩をするゲームだ。

 ティナムイールが世界を統治してから、一方的に相手を痛めつける行為に対する刑罰が異様なまでに重くなったことで、表立った喧嘩がこの世から消えた。

 ダチュラをインストールすることで、合法的に喧嘩ができる。それを知った街の不良たちは一斉に飛びついた。そもそも、おれがダチュラを作った理由は、自分の思い通りに動かせる軍隊が欲しかったからだ。優秀な成績のプレイヤーを一箇所に集め、特別クエストと称して手玉にとる目論見だった。

 しかし、トイローズが密かにダチュラプレイヤーに接触し、徐々に取り込んでいった。取り込まれたプレイヤーは、トイローズの違法プログラムで改造したダチュラを、ただの拡張機能として現実で使用するギャングのような存在と化してしまった。残ったダチュラプレイヤーには男気に溢れた者ばかりになり、一般人には使えないダチュラならではのプログラムを使い、卑劣な行動に出るダチュラに怒りを感じている。

「おれは街の中央公園に優秀なダチュラプレイヤーを招集しようと思ってる。特別クエストと称して、おれのお願いを聞いてもらうんだ。もちろん、プログラムの敵と戦うのではなく、本物の人間と戦うということも提示する。敵が〝分家ダチュラ〟だと伝えれば、ほとんどのプレイヤーが参加してくれるはず」

 健人さんはウンウンと頷き、おれのティーカップに二杯目のお茶を注ぎながら言った。

「本家ダチュラと分家ダチュラが争いあっている隙をみて、監禁されているであろうレンさんを救い出す。といった感じでしょうか? とてもいい作戦だとは思いますが、念には念をと言います。須藤正人を連れていってはどうでしょう?」

 その言葉を聞いたおれは、プッと口に含んだお茶を吐き出してしまった。

「正人が手伝ってくれるはずないじゃないか……」

 そう言いながらおれは須藤に手伝わせることが可能なことに気がついた。それに、須藤は去年かすみが拉致されたときに手伝ってくれたと聞いている。須藤という存在が邪魔になるということは絶対にない。

「どうですかな?」

「いや、可能だ。さすがは健人さん。言われるまで正人を連れて行くなんて思いつかなかったよ」

「いやいや、とんでもない。それで? 今、分家ダチュラはどこに集まっているのでしょう?」

「ダチュラのシステムにプログラムしたジャミングシステムを使えば、特定できる。本来はプレイヤーの連携手段である通話システムを遮断させることで、作戦なしではクエストをクリアできないようにしたかったんだ。そうすれば、必ずプレイヤーの中に優れた参謀が現れる。その参謀の行動パターンをとりたかったんだけど、目論見通りにはいかないな」

「それで? ジャミングシステムでどうやったら位置を特定できるのです?」

「分家ダチュラはある特定の場所に集まっている。ということはその場所にいるメンバーたちは各々ジャミング電波を放っている。なら国家機関以外でジャミング電波が集中している場所を、電界カメラを通してみれば位置を特定できる。つまり……」

 おれはBIMにインストールしてあるARアプリを用いて、テーブルに半径五十㎞県内の衛生映像を映し出し、電界モードに切り替えた。警察、刑務所以外で同じような電波を示している場所は……。

「ここ、ですね? 臨海の廃倉庫」

 おれのBIMにリンクさせた健人さんが、テーブルに映し出した映像を指差した。

「なるほど、ここなら人目につかないし、元々は軍系の倉庫だったから、こんなにジャミング電波が飛んでいても不自然じゃない。よし、なら早速いってくるか」

「いつでも連絡できるよう、ナリフィケーサーを起動しておいてくださいね。クエストの作成は私がやっておきましょう。あと、これを」

 健人さんに黒いヘルメットケースを手渡された。これはいつかおれがダチュラプレイヤーの前に姿を現さなければならないときのために、デミゴットの開発部に作ってもらった変声機能付きのマスクだ。

「ありがとう健人さん。じゃ、いってくるよ」

「ご武運を」

 健人さんは丁寧なお辞儀でおれを見送ってくれた。

 早速通話システムを開き、須藤のIDに回線をつなげた。

「おう、凛太からなんて何年振りだぁ?」

 脳内に須藤の低い声が響く。

「須藤、朗報だぞ。レンに許してもらえるチャンスだ。今から中央公園まで来てくれないか?」

「な、な、なんだってぇ~。行くに決まってらい。顔拭いて待ってろぃ」

 なんのために顔を拭く必要があるのか、聞き返す間も無く通話が切断された。根は悪いやつじゃないことはおれが一番知っている。須藤の協力がどう役に立つのか、おれ自身、少しワクワクしていた。

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