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挨拶、そして最も他殺に近い自死

作者: 蠍座の黒猫

1/


 あの人と挨拶を交わしたけれど、確かに交わしたけれど、それ以上の何かを感じて。それは挨拶?起きたとか眠るとかの報告だとすれば何の意味も無い言葉だけれど、語尾に柔らかさを足したり、印象をスタンプで動かしたりして、わたしはあの人に何かを伝えようとしている。はっきりとしない繋がりを求めて手探りしているのは、きっと在処。お互いの?いいえ。わたしにとってあの人の、あの人にとってわたしの中にある在処。どんなに身体で深く繋がっても、近づくことの出来ない距離があるから。まるでタイムトラベラーみたいに、見えていて触れるのに、話しかけて答えるのに、此処にはいないから。どっちが?わたしが?あの人が?きっと形の残らない出来事ばかり繰り返しながら、それはまるで形而上的に続いてる裁き手のいない陳述みたい。この法廷で誰も嘘を吐けないのは、お互いに言葉になる前から聞こえているから。わたしもあの人もその答えを知っているから。そして嘘じゃない言葉が挨拶に籠められた言い回しになって、お互いの間を行き来してる。


「おはよう」7:01

既読7:02「おはよ」

既読7:02(スタンプ)

……

既読23:32「おやすみね」

既読23:32(スタンプ)

「おやすみ。また明日。」0:11


 ああ、まるで下手くそな鶯の鳴き声みたい。この世界の他の鶯の声は決して聞こえないから、真似することなんて出来ない。正しい鳴き声を知らないままに躊躇いを繰り返してる。


 

一/


 海が見たいと言って、やっぱりいいと言った。彼女の言葉は嘘ではないだろう。でも決して晴天の朝の砂浜のように爽やかな光を帯びてはいない。いや、もうきっとお互いにそれは失ってしまったものなのかも知れない。純白のカモメが海上を低く飛ぶように、波打つものに触れないようにしている。そして時折思いがけない波濤に羽が濡れたなら、その感情がすっかり乾くまでわたしたちは黙り込むのだ。もしもわたしにとってわたしが嘘でない程に、彼女が嘘でないなどと言っても、彼女は悲しく睨むだけで信じないだろうし、わたしも到底信じられはしない。けれどそれは繰り返しを望む故の方便から出た言葉ではなくて、彼女にある美しさと不可解さを見ている故から思わず聞こえた言葉なのだった。

 わたしは彼女の上に、やがて失われるだろう光を見た。美人が不幸であることは珍しくないことだが、彼女もまたそうであった。彼女は本来造作を超えるための表情でそれを崩してしまう。それは短所でありながら親しみやすさを印象に加えているが、わたしはそのことが惜しいとかなり強く感じながらも口には出せないでいる。あの表情に表れる彼女こそが彼女であって、もしそれを上手く綺麗な笑顔に直してしまったら、わたしはその責任を取ろうとするだろうし、お互いの関係は最早抜き差しならぬものになってしまうだろう。

 きっと男女には越えてしまえばどちらかが、または両方が死んで終わるしかない一線があるのだ。彼女もまたそのぎりぎりのところを知るからこそ、曖昧な言葉たちを繰り返しているのだろう。或いは待っているのかも知れない。お互いに相手が或いは事故として、或いは愉快犯となって最果てへの口火を切ることを。いや、しかしこれはわたしだけなのかも知れない。だからこれをもし卑怯というならば、これは自死への欲求なのかも知れない。但しこれは逃避のための逃避というよりは、光線のようにただ真っすぐに進みたいという欲求に近い。わたしを出ることの出来ないわたしと、彼女でいるしかない彼女は、そのとき溶融するだろうか。一つの何者でもない何かに溶け合うための行為は、恐らくこの地上において最も他殺に近い自死である。

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