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「だから、この公式をあてはめるんです。」
「なるほどねぇ~。」
うんうんと、納得した様子で頷く美優。それを一緒になって、聞く俺。
そして、チラリと視線を彼女に向け、また自分がやっている問題集を一心不乱に解いている裕。
ここは、特進校舎の一室。この前、美優が沢田さんに頼んで勉強を教えてほしいという事にして、裕も一緒にこの部屋にいる。
というか…美優は、絶対に裕に対して意地悪心が出ていると思う。
特進校舎のこの集団学習室には、少し大きめのテーブルがあり、椅子が6人分会議するみたいな配置で3対3で置かれていた。美優は迷わず沢田さんを自分の隣に据え置き、沢田さんの鞄と自分の鞄を自分の左隣に置いた。俺は、美優と向い合わせの席に座り右側の椅子に鞄を置いた。勘のいい人ならお気づきだろう。必然的に裕は、沢田さんの目の前に座る事になる。裕は、あまりにも俺があからさまににやついた視線をなげかけるもんだから、一瞬、集団学習室を出ようとしたが、それに気づいた沢田さんの、えっ?という不安そうに放った、たった一言に、耳を赤くし気まずげに観念したように沢田さんの目の前に座った。
裕曰く、この勉強会が決まった日以来、この日がくるのを楽しみにしていたらしい。そりゃそうだろう。想い人である沢田さんが自分の目の前にいて、もしかしたらこの機会に仲良くなれるかもしれないという希望があるからだ。しかも、同じ部屋にいるのは、気心の知れた幼馴染みであり、裕の気持ちをいやというほど理解している俺と美優なのだから。
だが、勉強会が決まったからと言って、裕が沢田さんに声をかけることが出来たかと言えば、否だし、勉強会が今現在行われているが、裕と沢田さんの関係が、クラスメイトという存在から、なんの進展もない。しかも、沢田さんは美優にとられ、裕はそれを見ているだけだ。話し掛ける事などしない。…話しかけたそうではあるが…。
それを重々承知しているであろう美優のあからさまに彼女と仲が良いアピールを苦い顔でみているが、自分から話しかける勇気はないのだろう…。
こんなヘタレな裕をみるのは初めてで、多分美優は、それを少し楽しんでいるようにみえる…。ていうか、絶対楽しんでいる。いや、俺も楽しいけど、そろそろ裕にも彼女と会話できるチャンスをあたえてあげたほうがいいとおもうぞ。美優…。
「すっごいわかりやすい!七海の教え方!」
美優の言葉に、少し目を見開いた後、にこりと笑う彼女の表情をみた裕の顔は、見ものだった。
悔しいのと嬉しいのとごちゃ混ぜな複雑な表情だ。
「裕くんにも、よく教えてもらってるんだけど、わかりにくくて。」
「え。そうなんですか?」
「んー…。でも、七海だったら、裕くんの言ってる事わかるのかも。私と浩志には、複雑すぎるのよー。単純にこれだって言って貰えた方が私には、わかりやすいの。」
美優の言うことは、一理ある。裕の教え方は、わからなくはない…が、基本を理解できてない俺達にとっては、基本から理解する事も大切だと言うことはわかるけど、その基本を理解するために裕が懇切丁寧に教えてくれているが、それを聞くと余計に難しくなってしまうのだ。例えて言うなら、こういう問題にはこの公式を使えば良いと言ってくれればいいのに、裕の場合、どうしてこの公式を使うのか…という話になる。本当はそこがわかってた方が本当は良いことは俺達も理解しているから、裕に対してありがたいとは思っているが…。というのが本音だ。
美優がその事を彼女に告げると、裕があきらかに不満そうな表情をした。美優がその裕の表情に気づきありがたいとは想ってるってば!と念を押し…良いことを思い付いたと言わんばかりに満面の笑みで俺達の会話にまばたきを繰り返している沢田さんに言い放った。
「七海、わかんないところある?だったら裕に聞けば良いよ!私の言ってる意味わかるだろうし、七海は、わかんないところがなくなるし…。」
びくっと裕の体が揺れ、挙動不審な裕が戸惑いながらも、沢田さんに声をかけようと口をひらいた。
「どこか…解らないところある?」
一言、一言が不安そうに言葉を繋いだ裕が、沢田さんを見つめる。裕が緊張しているのがわかって俺も美優もつい、息を飲んだ。
「え。…えっと…。この問題集のここ…を…教えて貰えますか?」
沢田さんが、教わってもいいのかな?教えて貰えるのかな?という雰囲気で裕に答える。裕は照れ隠しに一つ咳払いをして、椅子を動かして誕生日席のような位置に置き腰をすえた。
沢田さんが裕に聞いてる問題集は、特進クラスのもので、見てわかるほど分厚い。それに、文字も小さい。あんなもんを普通にやってる特進の奴等ってやっぱすげーと思った。中間テスト3日前。
やっと…裕と七海が話する事できました(笑)