地獄恋愛 その6
年が明けて初詣に杏と訪れた後、大家のじいさんの所でじいさん特性のおせちを一緒に囲んだ。
奥さんにずいぶん前に先立たれてからじいさんは家事一般を一人でこなしている。
じいさんは杏をたいそう気に入っており、口を開けば僕と早くここで暮らせと九官鳥のように繰り返した。
「妹が高校生になったらすぐに押し掛けます」
杏はまんざらでもなさそうにいつも答える。
ピザ屋の一件からも山原は夜になるとたまにふらりと徘徊するらしく、杏はまだ僕の部屋に泊まったことはなかった。
結局、夕方頃までじいさんの部屋でだらだらと過ごし、杏と僕で後片付けをしてから二階の部屋に戻る。
「数雪さん、明日、ご実家に帰られるんですよね」
玄関を閉めるなり、杏が訊いてくる。
「ああ、昼からだけどね」
「すみません。私がわがまま言ったから……仕事も最近、忙しそうだったのに」
一緒に初詣に行きたい、杏からの提案だったが僕も同じ気持ちだった。
それに、実家には弟夫婦が同居しているので律儀に帰らなくても親からうるさくは言われない。
まあ、僕はこの歳でまだ独身だから色々と諦められているのだ。
仕事も少しずつだが、思うところある生徒にさりげなく声をかけたり、そっから悩み事など相談されたりもしていた。
一介の塾講師が大したことはできないが、生徒が納得できることを模索しながら自分の経験などを教えたりしている。
今までとは違う苦しみが確かにあるが、僕はちゃんと機能していた。
「気にしなくても大丈夫だ。僕もそうしたかったんだ」
杏の手を引き抱きしめながら言う。
「嬉しいです」
僕を見上げた杏が目を閉じキスをせがんだ。
冷えてきた身体をあたためる為にヒーターを点けた。
ジー、と音が鳴り始めるが温風が出るまでしばらくかかりそうだ。
再び布団へもぐり、杏の身体を抱き寄せる。
「数雪さん」
薄暗い部屋に杏の声がにじんだ。
「ん?」
杏の汗が残る額に唇を付けながら僕は安心しきって目を閉じる。
「私、舞が自殺してもいいって思ってるんです」
「………」
僕は目を開けた。
「極論ですけどね」
身体を離し、杏の顔が見えるようにする。
目が暗さに慣れていたので表情は確認できた。
さみしそうな表情だった。
「どうしてそう思うの?」
「……舞の命は舞のものだから、私や他の家族がどうこうできない」
「……でも、山原が、舞が死んだら悲しいだろ?」
僕は当たり前のことしか訊けない。
「私がいくら悲しんでも舞は分からない。そういうことなんです」
突き放したような印象を僕は受け、杏のこれまでが少し裏切られたように感じた。
「ピザ屋に一目散に駆けつけても、夜中の徘徊について行ったってそれは私の自己満足で、舞はそれが分かっているから今も夜に出て行く」
「自己満足だけじゃない、確かに杏は舞を心配してる」
「心配してます。怖いから……おぼえてますか?数雪さんのこと少し嫌いになりたいって言ったこと」
「……ああ」
好きすぎると怖いから、と杏は言っていた。
舞も、杏が自殺されるのを怖がっていると言っていた。
「信じきることが嫌なんです。誰に対しても、何に対しても、どっかに落とし穴があるような気がする。そう思う私自身の心が落とし穴なんでしょうけど」
杏がこんなに自分の思いを喋ることは初めてだ。
いつもはそろそろ僕をからかうように困らせることを言い出す頃なのだが、そんな気配はない。




