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地獄恋愛 その4

「……舞、数雪さんは私のものだってまだ分かんないようね。数雪さんのことは舞でもゆずらないからね」


ドスの効いた声が杏から聞こえるけれど……。


「その話は終わったはずじゃ……」


「それでも!」


山原が言い返そうとするも、杏が遮った。


「それでもまだ数雪さんにちょっかいだすっていうなら、舞。死刑だから。もちろん数雪さんも同罪だから」


「せ、せんせー、二人で死刑だって!」


山原が顔を青くしながらも、僕に笑いかける。


僕はといえば、太ももに杏の爪がくい込んでいて目を白黒させていた。


「私以外に数雪さんを性的な目で見ることは誰だろうと許さない」


こ、こらー!

僕の教え子になんてことを!


心で叫んでみるが、口を開いてしまうと痛み?を訴えるうめき声しか出ないような気がしたので止めておく。


「せんせー!杏、頭がおかしいんですけど。付き合ってんならちゃんと教育してよっ」


山原、引っ込みつかなくなったのは分かるけど、一応、君のお姉さんだよ?


「数雪さん、舞に言ってください。数雪さんの気持ちを……はっきりと!」


杏の爪から太ももが解放される。


「何を……」


言うというのだ、と続けようとしたら山原が一瞬、つらそうに表情をゆがめた。


杏はそんな妹を、さっきまでの牽制が嘘のように冷静な眼差しで眺めている。


杏は山原を観察していたのだ。


山原がどんな精神状態なのか、僕へのちょっかいの注意と共に。


「数雪さん、はっきり言わないと舞は分かってくれません。私がいくら言っても、数雪さんの言葉じゃないと舞には届かない」


「……杏」


爪をたてた太ももに杏は優しく手を置いた。


「僕に何が言える?僕の言葉は山原や他の子供たちをおとしめるだけだ」


うつむいて山原から目をそらす。


「おとしめたとしても、好きな人の言葉はずっと残る。それって、人生の中で必要なことだと思います」


「……」


「指針とか基準的なものがあれば、何もないよりはずっとこれから変わっていけます」


「っ……」


杏の言葉で僕の心がふわりと確かに持ち上がった。


「いい男は数雪さんだけじゃないってね!」


ガクッと僕と山原が上半身だけずっこける。


「杏、バカ」


山原が呟く。

でも、その顔は姉に対する気安さがにじんでいた。


人は変わる。


杏の言葉に、目が覚めたように僕は顔を山原へ真っ直ぐ向けた。


「山原」


「……はい。先生」


僕の様子をいつもと違うと感じ取ったのか、山原が背筋を伸ばした。


「僕は……僕は山原をうまく生きられるようには導けない、間違えることが怖い大人だ。

でも、山原や他の生徒が僕に言いたいことがあれば何でも聞かせてほしい。正解は出せないかもしれないけれど、聞かせてくれたこと、一緒に考えさせてほしい」


「せんせー……」


「僕も君たちに言いたいこと、これからはちゃんと言うから……」


僕は本当にだめな大人だ。


だって、テーブルの下では僕の緊張で冷えきった右手が杏のあたたかい左手をぎゅっと握りしめていないと、こうして本音も言えないのだから。


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